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1-2 自覚なき運の悪い女

 レアニール・ニューロスは運が良い方ではない。それについて彼女自身にはあまり自覚がない。彼女の運の悪さは本人の預かり知らぬ所で発生することが殆どだからだ。


 フィオラーノ連邦士官学校を卒業し、陸軍で1年間勤務した後に神官騎士団こと連邦国家安全調査団に入団した彼女。4か月の新人教育を終え4日前に同期たちと4月1日からの内示を受け取った。だが彼女が受け取った内示は手違いでムーサ分駐所へ着任せよと書かれていた。これは担当した事務官が初めて新人の内示書を書いた事に端を発していた。彼は過去の書式を手本にしようと昔の書類綴を参照し、何枚か練習の内示書を書いた。その中には何の意図も無く、レアニールの名前の後にムーサ云々の文字を書いたものがあった。本来であれば破棄されるものであったのに、偶々レアニールの名前が記された練習のそれが本来の内示書と入れ替わってしまっていた。

 その交付の際、それを担当した教官は本来であれば中央勤務からスタートするはずの新人がムーサへ配属されるのは変だと思った。教官室へ戻ったら確認しようと思った彼だったが、身重だった奥方が産気づいたとの知らせを教官室へ戻る途中で受け取った。知らせを持ってきたのは彼の上司でそのまま奥方の元へ走れと言った。彼は確認の件を完全に忘れ急ぎ帰宅してしまった。もちろん通例からしてあり得ない人事にレアニールやその同期たちも疑問に思わなかったわけではない。だがレアニールらは新人教育の中で教官から聞いた話、同僚からパワハラを受け長期療養休暇を取らざるを得なかった過去を持つ彼が諦めのように口にしていた言葉、、、


「いいかい諸君、こうした組織に勤めた者は時には理不尽な人事にも従わなければならないものなのだよ。そうした時は珍しいことではない」


・・・という言葉を思い出し、なるほど、そういうことだったのかと納得した。



 そしてレアニールは1人僻地へと向かう羽目になった。

 最低限の用品、仕立てが終わっていた制服1式とコートにポンチョだけを受け取り、僻地へ向かう彼女を同情する同期たちが協力してかき集めた荷物、大型背嚢をパンパンに膨らませたそれを持った。彼らに残りの荷物の発送を頼むと、内示を受けてから2時間後にムーサへと出発した。着任までの時間が無いからと、団所有の貴重な魔導機関バイクを借りることが出来たのは幸運だったが、それを帳消しにするかのようにムーサへと向かう道中の殆どが予報外れの雨に降られてしまった。


*****


 レアニールはアンガレクの左斜め後方で馬を進めていた。

 出発直前に挨拶をして以来、アンガレクはレアニールに口をきいていない。最初は無駄口を開かないタイプなのだろうかと思ったが、同行の兵士とは気軽に雑談しているのを見て自分が無視されているのだとレアニールは理解した。もちろん新人である彼女から口を開こうとはしない。おかげでレアニールは今朝から無言を保ったままだった。


(新人いびり・・・なのかな?まさかこのまま帰るまで無言なの?それはそれで嫌だな・・・)


 小さく溜息を吐くとレアニールは隊列へと視線を巡らす。

 陸軍から派遣されてきた兵士たちは全部で6名だった。自分とアンガレク、そして4名の兵士は馬に跨っている。ロザリアの騎士団本部から借りてきた魔導機関バイクはムーサに置いてきた。船便とか何かしらの手段でロザリアへと戻すことになっている。後の2名、女性兵士たちだったが彼女らは2頭立て軍用馬車の御者席だ。馬車の荷台には各人の荷物と野営の道具や糧食の類が載せてある。レアニールの荷物はロザリアから持ってきた物がそのまま載っている。簡単な野営道具は入っているが任務に必要な荷物は殆ど無く私服やら着替えなど私物が殆どだ。


 事前にアンガレクと兵士たちは打合せを済ませていたのだろう、分駐所前に集合してすぐに出発した。レアニールには兵士たちへの挨拶の時間すら用意されなかった。


 兵士たちは時々小声で談笑している。弛んでいるわけではなく適度に緊張を抜いて疲れないようにしているようだ。兵士たちを束ねる40歳くらいと思しきベテランの曹長、確かバーンズいう名前だったが彼がそれを咎めようとしていないのが肯定している。出発前、そして途中の休憩の際の彼らの姿を見ていると兵士たちはバーンズ曹長に階級以上に忠実なようであった。常時編成か臨時編成かは分からないが良い分隊だなとレアニールは思った。

 その兵士たちは時折レアニールへ視線を向けてくる。だけれど彼らから話かけてくることはなかった。挨拶や自己紹介もなかったのだから無理も無いなとレアニールは思っていた。その内に小休止でもあるだろうからその時にでも・・・などと考えていた時だった。


「おい、新人」


 不意にアンガレクが話掛けてきた。


「はい、大尉殿」


 レアニールは姿勢を正しよく通る声で返事をした。アンガレクは馬上で振り返るとそんなレアニールの顔を不機嫌そうな顔で数秒見つめた後、馬に跨る彼女の足元から頭の先まで視線を何度か巡らす。


「お前・・・なんで1人だけそんな恰好しているんだ?馬鹿なのか?」


 レアニールを馬鹿にしたような声音でアンガレクは言う。確かに臨時編成の隊の中でレアニールの姿は浮いていた。アンガレクは陸軍の物とほぼ一緒である褐色の野戦服、陸軍の兵士たちはもちろんその野戦服を着ている。だがレアニールは神官騎士団の制服、主に内勤に使われる第1種制服と呼ばれるものを着ていた。その上に纏ったポンチョも神官騎士団用の白い物である。レアニール自身も褐色の集団の中で1人白い恰好というのは浮いているを通り越して悪目立ちしている気分になっている。そもそも第1種制服はスカート、馬に跨る事は想定していない。丈が長めの白い上着の下、黒い短衣のスカート丈は短いから馬に乗れないわけではなかったが、ポンチョでしっかりカバーしなければ見える物が見えてしまうのではないか?という恥ずかしい状態だった。

 これは野戦服や神官騎士団専用の外勤用制服の支給をまだ受けてなかったのが原因だ。もちろん彼女に支給されるべき被服の類は用意されていた。だがそれは彼女が本来着任するはずだったロザリアに用意されていた。もっとも、用意されていたとしても着替える時間が出発前に全く与えられなかったのだが。


「被服の支給をまだ受けておりません。お見苦しいでしょうがご容赦いただければと思います」


 レアニールは淡々と事実を述べた。気分の良い叱責ではなかったが我慢する。するとアンガレクは馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべた。


「言い訳だけはいっぱしだな。ちゃんと用意しておけってんだ新人!」


 喉まで出かかった言葉をレアニールは飲み込む。


「(何を言っても言い訳って断じるパターンだね。ここは我慢我慢・・・)はい、今後気を付けます」


 レアニールが口にしたのは当たり障りのない言葉だった。馬鹿にしたような目で見ていたアンガレクだが急に興味を失ったのか彼女から視線を逸らすと「使えねぇ新人だなぁ」などと言いながら今度はバーンズ曹長に話を振った。


(なんなのこの人!)


 沸々と怒りが込み上げてくるのをレアニールは感じ思考を切り替えるため頭をブンブンと振る。


(だめだめ、落ち着け私。そうだ、後で時間が有ったらポンチョだけでもどうにかしよう)


 思考を切り替えたレアニールは再び進行方向を見つめた。






ちなみに訓練生時代のレアニールたちを教えた教官、彼にパワハラ行為をしたのはアンガレクです。


*************************


読んで頂きありがとうございました。

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