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1-20 侵入

 制服から私服に着替え軽く変装を施し、尾行や監視に細心の注意を払いながらガブリエル商会近くの拠点へレアニールとアンナの2人は昼前に戻った。アンナが来たからにはバーンズ曹長率いる分隊の面々もいるのだろうと思って部屋へと入ったレアニールをカーラが嬉しそうに出迎える。


「レア!6日ぶり!」


 そう言って抱き着いてくるカーラ。その様子をバーンズ曹長は鋭い眼光を少しだけ緩めて見ている。


「お疲れ様、どうだった?」


 隣の部屋から顔を出したロバートが軽い調子で聞いてくる。レアニールはバーンズ曹長たちの前でも口に出して良いか目線を泳がすようにして確認した。それを見てロバートは小さく頷き問題無いと告げ椅子へ座るよう促す。


「昨日店頭にいた白髪の男、あれがアレクサンドロ・ガブリエルでした・・・」


 レアニールは椅子に座ると丸テーブルを挟んで反対側へ座ったロバートに先ほどの役場での面会の様子を報告する。バーンズたち、監視についている者以外はその周りに立つ。


「・・・今晩、パーティーが開かれるという話です。規模や出席者は不明だけれどガブリエルの態度からして私に会わせたくない人物が出席すると思われます」


 皆が周りに立ったことから報告というより説明だなと、レアニールは意図的に丁寧な言葉を用いた。


「なるほどね、まずまずだな」


 うんうんと頷くように話を聞いていたロバートは満足気な顔をする。


「で、どうする?」

「今晩ガブリエル商会に侵入して証拠物件の捜索を行います。それとパーティー会場に誰か潜り込ませられれば良いのですが可能でしょうか?」

「わかった。パーティー会場の件は・・・シンにやらせるか。カーラ、そっちは頼めるか?」


 ロバートは頷き数秒思案するとシン、20代半ばくらいの男性兵士で上等兵だった彼とカーラにパーティー会場の件を振る。


「「承知しました伍長殿」」


 2人は声を揃えて返事をする。


「侵入の方は何人で行く?」

「建物内に入るのは私ともう1人、建物外でのバックアップが3人という構成で行きたいと思います」

「うん、悪くない。じゃあ侵入はレアと・・・バーンズに頼む。俺とテリー、それとアンナはバックアップだ」


 それを聞いてバーンズ曹長ががっしりとした身体をレアニールへ向け厳つい顔に笑みを浮かべて一礼する。


「少尉殿、よろしくお願いします。ところで少尉殿は夜目が効く方ですかな?」

「迷惑は掛けないと思います」


 視力には自信があるがベテラン下士官に認められるかは何とも言えないなと、レアニールは断言を避けた。


「はっはっはっはっ、それは重畳」


 それを聞いてバーンズ曹長は声を上げて笑った。その様子を士官らしく引き締めた表情で眺めていたレアニールだったが・・・


(あーあ、伍長が曹長に命令しているし・・・その辺りを取り繕う気がもう無いって事ね。それにしても・・・素直に従っているって事は、バーンズ曹長たちはロバートの正体を知っているのだろうな。という事はロバートの所属は神殿警護隊ではなく陸軍情報部かもしれないな)


 ロバートの指示に従う面々を見てレアニールは思った。ま、深く関わるとロクな事にならないかもだし・・・ならば自分から詮索するのは止めておこうとも思った。一貫してそれを続けているレアニールだったが、そのことが後にとんでもない悲劇に繋がることを彼女はまだ知らなかった。




 日付が変わって4月9日、時間は深夜の1時。パーティー会場へ行っていたカーラとシンも帰ってきたからバックアップ要員は5人となった。既に全員黒い装束に着替えている。レアニールも昼間の内に用意していた黒い衣服に着替えている。黒い上下ツナギに頭全体を覆う防寒マスクをバラクラバの代わりに用いるつもりたが、今それは閉じた状態でニット帽のように頭の上に載せている。それらは漁具の店で買ってきた。黒革の手袋は雑貨屋で、柔らかい革で作られた黒いローヒールのブーツは偶々見つけたダンス道具の店で見つけたものだ。他の者たちも共通項は全身黒いというだけで細かく見なくても統一感はまるでない。


「まるで寄せ集めの盗賊だね」


 思わず素直な感想を口にするレアニール。それに全員が歯を見せるようにして笑う。一様に顔へ炭を塗りたくり黒い顔をしていたからそこだけ白く浮き上がる。もちろんレアニールの顔も真っ黒になっている。


 カーラたちはパーティー会場に招待されていた第30歩兵連隊長の従兵として潜入していた。最初はシンだけ送り込む予定がカーラもそれに加わり潜入した。アレクサンドロの私邸で行われたパーティーでルクスの町の主だった者たちが出席していたとのことだった。


「国土開発室の課員と思しき者が1人、ルファールのテレンスティン商会の若旦那を名乗っていました。単独行動のように見受けられました」


 ・・・というのはシンの報告。その課員はアレクサンドロの私邸に滞在しているとのことだ。そうなると現状そちらは無視して構わないだろう。パーティーでのめぼしい収穫は以上かと、皆がこれからの侵入に向けて準備を再開しようとした時だった。カーラが小さく笑い始める。


「ふっふっふっ、じゃーん!こんなの取ってきましたー!」


 彼女は得意満面な顔で鍵束、4つか5つの鍵が付いたそれを高く掲げる。


「お前、ほんと手癖悪いよなー」


 ロバートは呆れたような声を出しながらも笑っている。


「ガブリエル商会の副商会長から拝借してきました。ちょっと触らせてあげたのだからいいでしょ別に」


 何でもないように言うカーラ。それを聞き、私だったら我慢できたかな?思わず殴っていたかもと、鍵束をかすめ取ってきたスキルよりそっちを気にするレアニール。ロバートは複雑な表情を浮かべているレアニールを見て、大体何を考えているか想像できたのか苦笑しつつカーラの働きを称えた。


「・・・というわけで楽に侵入できそうだ。カーラ、よくやった」


*****


 午前2時、三日月も沈み星明りだけの暗闇に包まれた人通りが全く無くなった街へとロバートとテリーが出る。テリーは老け顔の男性上等兵で、もしかしたら20代かもしれない。闇に溶け込んだ彼らは分散しガブリエル商会の周囲を確認する。拠点からは見えないが30秒ほどでテリーからロバートへ安全確認の合図が入ったようだ。それを受けてロバートが拠点へ向けて侵入開始のハンドサインを送る。彼ら2人はそのままの位置で、アンナとカーラは建物の上から周囲を警戒する手はずだ。レアニールとバーンズ、そしてシンが建物から出て音を立てずガブリエル商会の裏口へと走る。裏口に着くとシンがその鍵を、仕掛の有無を確認してから開ける。鍵束にはご丁寧に何処の鍵か札も付いていたから鍵を突き合わせる必要も無かった。シンは扉を少しだけ開けて保持すると侵入開始のハンドサインをレアニールに送った。それと同時にバーンズを先頭に建物内へと侵入する。入ったそこは外以上に暗い。数度瞬き目を慣らしたレアニールの視界に飛び込んできたのはちょっとした商品の置場だった。酒が入っていると思われる木箱が何個か積まれている。先へ進む前に2人は靴底の汚れを丁寧に拭き取る。そしてレアニールはバーンズに目配せすると意識を集中し書類ファイルの記憶を呼び出し小さくウェルフトー語を唱えた。


『探索』


 それと同時にレアニールの視界の中に書類ファイルが小さく写る。ここからは斜め上、それが垂直に立てられているという事は書架にでも入っているのだろうか。


「ここからほぼ正面の斜め上、書架か棚に仕舞われていますね・・・それにしても高さが中途半端だな・・・2階じゃなくて中2階、隠し部屋の可能性大」

「承知。では私の後に続いてください」


 バーンズは短く答えると慎重に、しかし素人が見たら大胆とも言える速度で進んで行く。彼の背中を見ていると何もかもがはっきりと見えているのではないかと思うくらい迷いなく進んでいるようにも見える。暫く進むと書類ファイルの真下まで来た。


「この真上ですね」

「天井に昇降口とかは無いですな」


 本当に見えているのかと疑いたくなるような暗さなのにバーンズは無いと断言する。


「上に行きましょう」


 レアニールはそう言って階段を指し示す。再びバーンズを先頭にして階段へと進む。吹き抜け状のそれは高い位置にある窓から差し込む星明りで他よりも明るい。踊り場まで昇ると視界の中の書類ファイルと同じくらいの高さになった。距離もさほど離れていない。


「ここで同じくらいの高さです」


 レアニールがそう告げるとバーンズは踊り場を確認する。階段がつづら折り状に向きを変えるその場の壁3面には風景画が飾られていた。その絵を引き立たせるように壁にも枠状の意匠が施されていたのだが・・・


「了解・・・これですな」


 バーンズは右に折れた面に掲げられた絵の額をズラす。すると壁に埋め込み状態となっている取っ手と鍵穴が有った。持ってきた鍵束に合致する物は無かったが鍵開け道具を取り出したバーンズが20秒ほどでそれを開けた。


「お見事です」


 手際の良さに感心したレアニールは無意識に言葉を発していた。


「開錠はあまり得意ではないですがね。これ以上扉に仕掛けは無いですな」


 機嫌の良い声でバーンズが答える。押戸を開けたその先には低い天井の暗闇が広がっている。目的の物はその正面に見えていた。


「あった、この正面です。バーンズ曹長、中に入ったら光を出して大丈夫ですか?」


 さすがに暗闇では書類の確認は出来ないとレアニールは光を出して良いか尋ねた。


「出来るだけ絞ってください。可能であれば赤い光で」

「わかりました・・・『聖光』」


 バーンズの要求に従い赤い光となるよう思いを込めて神聖力を行使する。それを受けてほのかな赤い光が隠し部屋の中に浮かんだ。その光に照らされた部屋の奥、天井高に合わせた書架が現れる。レアニールでも身を屈めなければならない高さの奥へと進み仕掛けが無い事を確認してから書類ファイルを手に取る。


「・・・間違い無い、これだわ」


 開いてみるとそれは仕入れた商品の内訳だった。飲んだ事はないが名前を聞いた事がある高級酒の名前がズラリと並んでいる。それらはムーサとグロップで卸した事になっているが税の欄が空欄になっている物もある。同じファイルにルファール王国発行の通関証明の写しも綴じてあったがそこには税の欄が空欄となっていた商品の記載が無い。もう一度仕入れの内訳を見ると下の方に馬車の搭載量の辻褄合わせなのか、ダミーという意味の記号と思しき印がついた商品が記載されている。そして実際に納付した税額も記されていた。高級酒の値段が思い付かないレアニールはどれくらいの差額を儲けているか想像できなかったのだが・・・


「ザッと見た所、実際は20万シーグ以上納めるところを9万8千シーグしか納めていないようですな」


 後から書類を覗き込んでいたバーンズがそれを察して教えてくれた。レアニールは礼を言うかのように頷く。書架に収められていた書類ケースはどれも同じような内容でそれぞれ取引日ごとに綴られていた。


「充分です、引き上げましょう」


 書類ファイルを元に戻しそれらを記憶に刻み込んだレアニールは撤収を告げる。


「その光量ならば裏口までそのままでいきましょう」


 バーンズはそう言って再び先導、開けた扉も元通り鍵を掛けた状態へと戻し裏口へ向かう。レアニールらが戻ってきた事を感知したシンが安全は確保されているとばかりに扉を静かに、必要最低限の量だけ開ける。レアニールから外に出てバーンズが続く。そして裏口を閉め、鍵を掛けると周囲に注意を払いながら拠点の建物へと、来た時と同じく音も無く走って戻った。


「はーっ・・・お疲れ様でした」


 拠点へ戻ったレアニールは大きく息を吐き出すとバーンズとシンに労いの言葉を掛けバラクラバ替わりの防寒マスクを脱ぐ。


「少尉殿、お見事でした」


 心底感心したかの様子の、今は真っ黒で輪をかけて厳つくなった顔に笑みを浮かべてバーンズがレアニールを褒めた。


「ありがとうございます。バーンズ曹長のご助力のおかげでした」


 ベテランの下士官に褒められると本当に嬉しいものだなと、レアニールは少し赤くなって答えた。とは言っても炭で真っ黒な顔だからその変化は誰にも分からない。そのやり取りをしているとロバートたちも戻ってきた。


「早っ」


 戻るなりバラクラバを取ったロバートが呆れたように言う。侵入・捜索・撤収に要した時間は7分に満たない程度だった。初めての体験だからそれが早いのか遅いのかレアニールには分かりかねる話だったがロバートの態度からして本当に早かったのだろうと思う。


「それで首尾は?」


 真っ黒な顔を向けてロバートが早く答えを聞かせろとばかりに聞いてきた。


「書類ファイルの中身を確認できました。税逃れの証拠に充分でしょう。それと他のファイルも覚えましたからもし隠し場所が変わっても対応できます」


 レアニールの答えに満足そうに頷いていたロバートだったが突然面白くなさそうな顔をする。


「・・・それにしてもなんだろう、首尾よくいって嬉しいはずなのに釈然としないこの気持ち」


 ボヤくような彼の言葉にレアニールを除く全員が失笑した。意味が解らずレアニールはきょとんとして首を傾げる。


「ま、いいや。俺とバーンズで監視を続行、他は休んでくれ。次の監視役は俺の気まぐれで俺の好きな時間に起こす。あっと、カーラとシンは鍵の始末をしてきてくれ」


 ロバートの指示に面々は軽く文句を言い苦笑しながら従う。レアニールは顔の汚れを落とすと隣の部屋にアンナたちと入りマットレスの上へ横になった。目を閉じながら先ほどの行動に落ち度は無かったか思い返す。


(上手くやってのけた・・・かな?)


 自分では気が付かないミスも有ったかもしれないが思い付かない。とりあえず今は休もうと思った。だが・・・


(あれ?疲れているのに眠れない・・・?)


 レアニールは自分が思った以上に気持ちが高ぶっていたのだ。それが今だ続いている事にようやく気付いた。





今回も読んで頂きありがとうございました。

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