1-10 危険な馬車
レアニールとロバートがマーノに到着したのは昼過ぎだった。マーノもロガンと同様に昔の駅跡を利用した広場が街の中心部にあったが規模が少しだけ大きい。当時は複数の路線が分岐する大きな駅が有ったようだ。広場の外れにある円形の池は昔の鉄道施設の遺構らしい。
「検問やっていなかったね」
広場の一角、丸い池の近くで下馬した2人は今来た道、ロガンの方向を振り返る。レアニールはバーンズ曹長から貰った陸軍のポンチョを羽織っていた。青いベレー帽と裾から白いブーツが見えてはいたが一見して神官騎士には見えないだろう。
「毎日やっていたわけではないようだしなぁ・・・どんなもの見てみたかったけれど」
レアニールの馬の手綱を受け取りつつロバートが答える。
「そうだね。じゃあ私は宿を確保してくるよ」
馬をロバートに託したレアニールは広場に面した宿の内の1軒へと向かった。
*****
夕刻になり2人は確保した宿、灰色熊亭の2階にあるレアニールの部屋から広場に入って来る馬車の群れを眺めていた。
「やっぱりこの時間だと長距離の馬車ばかりだね」
床に膝立ちとなり窓枠に頬杖をついて広場を眺めていたレアニールは呟くように口にする。制服から私服に着替え髪を後ろで一つに纏めていた。
「北行と南行、さすがに国境近くだけあって賑やかなもんだな」
その横、窓枠にもたれかかるようにして立つロバートも私服に、いつの間にか買ってきた物に着替えている。彼の視線は街の北方から入ってくる南行の馬車たちに向けられていた。
「あれ?ガブリエル商会って現ルクス町長の・・・」
レアニールの呟きにも似た声を聴きロバートはそちらへと目を向ける。
(あらま、目も良いでやんの)
先にレアニールがガブリエル商会の文字が入った馬車を見つけたことにロバートは舌を巻く。
「そうだな・・・あの様子だとルファール王国からだろうな」
街の北から入って来たからと、至極真っ当な事をロバートは言う。それに頷きレアニールは立ち上がるとニット帽を被る。
「近くで見てくるよ。ロブは他に気になるのが来るかこのまま見ていて」
「了解、気を付けてな」
レアニールはジャケットを羽織ると宿から広場に出た。
広場に出たレアニールは宿場街を散歩している旅人という体でガブリエル商会の馬車、駐車場所を確保し停車したそれに後方から近付いていく。
(全部で3台、見たところ全て同じ構造の馬車だね。補助に魔導機関を搭載している4頭立てか・・・ん?)
よく見ると1台だけ構造が、懸架装置が異なっているように見えた。それだけなら仕様が違う馬車が混ざっていると説明は付けられるが感じた違和は何だろうとレアニールは観察を続けながらあらゆる記憶を掘り返した。そして一つの記憶に行き当たった。
(あの1台、偽装しているけれどルファール王国の軍用馬車だ)
分厚い板バネと頑丈そうなリンク、魔導機関からの動力伝達装置も他と比べてごつい印象だ。記憶の中にあったルファール王国の軍用馬車に酷似、いや同一だとレアニールは思った。荷台は民間の馬車然としているが描かれたガブリエル商会の文字と社紋は新しいものなのも気になる。荷台の枠に記された登録番号はフィオラーノ連邦のものだったが果たして本物かどうか・・・するとその馬車の後部あおり戸が開かれ荷台から数人の男たちが降りてきた。
(この人たち兵士だ!)
荷台から地面へ、1.5メートルほどの高さが有ったがそれを降りる時の身のこなし、そして後続が降りる際の補助など、服装はバラバラだったがそれは訓練された兵士の動きだった。大きな武器は携行していないが何人かは腰のベルトから刃渡り30センチ程度の片手剣のようなものを吊るしている。荷台の中が見えたが進行方向に対し平行のベンチシートが見え彼らの荷物と思しきものだけが確認できた。箱などに収められているのか武器は見えない。荷台には全部で10名の男が乗っていたようだ。
(この1台は護衛を輸送するためのものかな。他はどうだろう・・・)
荷台から降りてきた男たちを避ける為に遠回りをするようなフリをしたレアニールはその隣に停められた馬車の後方を抜けていこうとする。そちらも後部あおり戸が開けられ護衛然とした男たちが降りてきた。
(傭兵だけれど従軍経験の無い者たちかな)
彼らの身のこなしは先ほどの男たちとは異なっていた。簡単に言えば統率が取れた動きではなく自分本位の動きのようだとレアニールの目には映った。こちらの馬車には積載した荷物の後に護衛の者が座る席が申し訳程度に用意されている感じだった。乗っていたのは2名で刃渡り1メートル程度の剣を携行、残りの1台も同様の可能性が高い。それらの2台は御者台の後ろに小さな客室が設けられていたが誰かが乗っているような気配は感じられない。これ以上は怪しまれるだろうとレアニールはそのままガブリエル商会の馬車から離れた。
(ロブに相談だけれど、1台は増強された護衛だろうな)
念のため直接宿へは向かわず広場に出ていた露店で買い物をする。それからレアニールは宿で待つロバートの元へと戻った。
「お疲れ、下手に尾行を撒くみたいな動きをしないでさりげなく露店で買い物したのは正解だ。おかげで美味しいお菓子が食べられる」
レアニールが買ってきた焼き菓子を受け取ったロバートはニヤリと笑う。
「やっぱりあれくらいでも怪しまれちゃったか・・・」
自分も焼き菓子を頬張りながら頭の中でロバートへ伝える事を組み立てた。
「ああ、でも視線で追っていただけだったな。とりあえず今は問題無いよ。で、上から見ていて現役の兵士が護衛に付いているのが分かったけれど下からだとどうだった?」
現役かどうか自分には判断できなかったけれどロバートはそう断言した。自分が見てきたとおりの事を言うとロバートは頷き説明をする。
「上から、それも離れて見ていたから全体が分かったのだけれど、統率が取れていたのは勿論だが階級に従った動きをしていた」
「なるほど、それは見落としていたな・・・」
残念そうな顔をするレアニールにロバートは気にするなとばかりに軽く手を振る。
「そこまで確信持てた動きを見られたのはレアが離れた後だよ。ぶっちゃけレアが近くまで行ってくれたからだな。出来るだけ軍隊であることを偽装しようとしていたからね、連中は。一発でそう思える動きをしたのではなく、ちょいと眺めて該当箇所を繋ぎ合わせた結果ってヤツだ」
「うん、それで彼らが乗っていた馬車だけれどルファール王国の軍用馬車の改造だと思う。社名や登録番号とか・・・今回に合わせて急ぎ用意したって感じだった」
「ははは、検問や襲撃に備えて護衛を増強したってわけだな」
「武装は確認できなかった。逆にそれが気になる・・・」
レアニールは護衛の馬車、その荷台の様子を思い返していた。中には剣や弓などといった武器が見当たらなかったし彼らも装備していたわけではない。元からいた護衛と思しき傭兵たちは剣を装備していたのにだ。いや、でも何人かは片手剣を装備していたな・・・って、あれ?
「あ!アレって銃剣だ!・・・」
よくよく思い出すと何人かの兵士が装備していたのは銃剣だった。と言うことは・・・
「レアの想像通りだろうな。魔導銃を主体とした護衛だろうよ」
銃剣と気付いた後に黙ったレアニールを見てロバートは想像のとおりだと肯定する。それにコクリと頷くレアニール。剣や弓が見えなかったことからレアニールは彼らが、10名の兵士は魔導銃で武装していると判断した。
魔導銃、火薬を用いた銃や弾丸の製造が困難になったことから武器の一つとして全世界で使われているものであった。だが弾丸たる「魔弾」の価格が極端に高いことが難点だった。もちろん魔導銃本体の値段も高い。その上、魔弾は作られてから使用できる期限が良くて5日程度と短く「生鮮武器」などと揶揄されたりもする。魔弾の生産は専用の設備とそれなりの能力を持った魔術師がいれば出来るのだが・・・強力な武器であるが正規の軍隊でも頻繁に使用するのは制約の多いものであった。
「ルファール王国から入国したのが今日だが、魔弾をどうにか出来る場所は国境から離れた・・・そうだな2日ほどの場所に国営の生産施設が有ったな」
「そうなると明後日までしか魔弾は使えない・・・ってところかな?」
指折り数えたレアニールの言葉にロバートは頷く。
「だな・・・余裕を見ても消費期限は明々後日だろう」
「それでも危険地帯を抜けるには十分ね」
レアニールは腕を組み窓際へとゆっくり歩く。陽も沈みかけたマーノの街、宿前の広場を見る。ガブリエル商会の馬車はその後に入って来た馬車群に埋もれるようにして今は屋根しか見えない。
「襲撃側はガブリエル商会がここまでの護衛を付けた事は知っていると思う?知らないとしたら大勢の死傷者が出るわね」
レアニールは振り返ると顔をしかめながら言う。
「一方的な殺戮、死屍累々だな」
嫌だ嫌だとばかりに首を振り両手を肩の高さまで上げるロバート。そんな彼を見てレアニールは深いため息を吐いた。
「・・・だよね。彼らを止めよう」
「彼らを利用して何を運んでいるのか確認するつもりだと思っていたが、どうするんだ?」
「うん、最初はそのつもりだったけれど無理だもの。ルクスまで行くわ。ここから先は本当に私の独断、だからロブはここまでだね」
「何を言ってんの、乗りかかった船だよ。それに騎士には従者が必要だろ?」
「ごめん、ありがとう」
レアニールは感激で泣きそうになった。それを隠すように頭をペコリと下げた。
「でだ、誰が襲撃しようとしていると思う?」
ロバートは半ば笑い出しながら尋ねてきた。
「・・・前ルクス町長のロベルト・タルキーニ。商会を畳んでいるし町長への返り咲き狙いではなくさしずめガブリエルへの意趣返しってところかな?恐らく関税逃れの商品とか、そういった物に手を出している事を暴くのを目的にしている・・・と思う」
天井を見上げながら、途中から床を見て、最後は上目遣いにロバートをチラと見るレアニール。それを見てロバートは声を出して笑った。
「ははは!でも悪くない推察だと思うよ、ははは・・・(て言うか正解だ)」
「むーっ・・・」
ロバートの笑い声に頬を膨らまし唇を尖らせるレアニール。最後に彼が何か言ったのも気になる。
「はは、ごめんごめん。レアの態度があまりにも面白かったから」
そう言って爽やかな笑みを浮かべるロバート。それを見てレアニールは胡散臭いけれど仕方ないなとスッと力が抜けた。それから明日の段取りを打ち合わせその日はお開きとなった。
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