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「楽しさ」の基準

スタッフの出産に伴い、受付、薬局の手が少なくなり、裏方の僕の手も借りなければならない状態になった。



「主任が薬局業務の手伝いに入ってくれるので、Aさんは仕事を教えてあげてね。」



次の日の朝から、薬局につめることになった。Aさんは、僕にやるべきことを逐一説明して、直ぐに実践スタート。



うん。一回聞いただけじゃわかりません。三歩で忘れる自信あり。



「Aさん!このお薬どこでしたっけ?」



そう教えを乞うと、無言で棚を指さし、間に合わなければ自分で取っていた。



はい。私の長い先生生活の経験に火が付きました。



人にものを教えるというのがどういうことかわかっていない人間は、こんなことするんだなとびっくり。



あくる朝、薬局に行くなり、



「ここにいても楽しくないのでもう手伝いません。」



と言ってさっさと自分の部屋に戻ることに。



Aさんもびっくりしたのか、院長と僕を呼び、自分が何を間違ったのか教えて欲しいとお昼休みに言ってきました。



「主任が楽しくないって言ったのですが、笑わせたり面白いこと言うってことですか?」



と言われたので、本当にこっちがびっくり状態。



「楽しいってのは、この人のために頑張りたいとか、ここの業務をしっかり手伝いたいと思えるかどうかということですよ。」



僕にとっての「楽しい」は、必死に頑張ってスタッフと共に汗を流し、どうにかこうにか仕事をこなし、患者さんの笑顔をみることが「楽しい」と言うことだと思っている。仕事場は遊び場じゃないから、そりゃ面白いことを言って笑わせるってことじゃないくらい分かっているのではないかと思ったけど、反対にそういうことが楽しいということだと思っているということは、自分の仕事には僕が思う「楽しい」という充実感が無いのかもしれないと感じた。



誰かにものを教えるとき、やってはいけないことがある。


・失敗させること。(失敗するであろうことは、まだやらせない、見て覚えさせる、簡単な単純作業からやらせて、成功体験を積ませる。)


・緊張させること。(間違うかもしれないことは、こっちあっちと指示を出す。それが身について出来るようになってから判断させないと、一か八かで失敗したり、緊張させることになる。)


・考えさせること。(仕事の内容も把握していない人に、どうしたらいいのかと言う風に考えさせるほど放置してはいけない。点線を鉛筆でなぞらせるかのように、当たり前に出来そうなことからじゃないとさせてはいけない。)


そう言うことから始めなければ、一日のうちに何度も何度も失敗を繰り返す羽目になる。失敗をすればするほど、自信を失い、失敗できないという緊張感が生まれる。すると精神的にも追い詰められ、その時間が「辛い」時間になってしまう。


まずは、目を離しても出来るであろう単純作業をさせながら、全体像を把握してもらうために自分たちの仕事を見てもらいって覚えてもらう。一つの仕事がちゃんと出来るようになったら、次の仕事を与え、成功体験を増やしてもらって自信をつけてもらう。役に立ったという思いと共に、「楽しい」と思えるようにすることが肝要。



Aさんの教えたことは、もっともなことだったとは思う。



でも、だからと言って、人がそれをやった時にどういう行動に陥って、どういう感情になるかと言うことをまるで考えていない。



人と人の軋轢の原因はそういうところがほとんどなのではないかと思う。



今、僕はめったに人を叱ることは無い。



でも、昔は「怒りんぼ将軍」と言われるほど激情型で、あまりの怒号の大きさに近隣のお店の人達にものすごい恐ろしい人だと思われていた。



それは、そのスタッフとは本当に信頼が出来ているからこその説教だったし、そのスタッフも僕の気持ちが分かっていたから、怒られても僕自身を嫌うことは無かった。説教が終わった後はたいてい、彼女の好きなラーメン屋さんで晩御飯を食べ、また明日から頑張ろうと笑顔で別れた。「これから説教するから、一時間くらい叱られてください。」と先に宣言してから、「バカヤロー!何やってんだ!」と怒ることもあった。



でも今は怒らない。



いや、怒れるほど信頼関係のあるスタッフがいないと言った方が良いのだと、今になって思う。



信頼するスタッフと一緒に働き、喜怒哀楽を共にし、きつい仕事をこなした後に食べるラーメンの味は格別だった。僕にとって、「楽しい」と言うことはそう言うことだと思う。



この人と一緒に頑張りたい。この人と一緒なら自分は何でも頑張れる。そういう人間関係を構築するには、Aさんの教え方は入り口でしくじっているように思えた。



いつもはクールで無表情なAさんが、頬を赤らめながら必死に弁明していた。



そう、それでいいんだよ。感情をしっかり出して人と関わらなければ、人はその人のために何とかしようなんて思わない。感情が必要ないなら、機械だって良いのだから。



逆にもっとAさんの笑顔を増やせるように、僕も接さなければいけないなと反省することにもなった。



「楽しい」気持ちで苦労を乗り越え、その結果誰かを笑顔にして、その笑顔を見て自分が「楽しい」と思える循環が出来たらもっとこの仕事場が楽しくなるのになと思ったけど、その行く先はまだまだ険しいなと思ってしまう。



「先生、しょぼくれてちゃ駄目ですよ!私がいるんだから、元気出してください!」



そう言う昔のスタッフの声が、何処からか聞こえてくる気がする。

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