傷だらけの心
気が付くと、人とコミュニケーションを積極的にとる人間になっていた。
小、中、高と、あまり友達付き合いが上手ではなく、友達も多い方ではなかった。
東京に出てきてからも、なかなかコミュニケーションが上手くないなと自覚していた。
二十歳を過ぎた頃、気の合う仲間達と出会い、三つぐらいのグループの中で過ごしていた。あるグループの良い仲間を他のグループの仲間と引き合わせる。良い友達と良い友達が出会って、その二人が仲良くなることが楽しく思えた。それを繰り返しているうちに、良い仲間たちがどんどん増えていった。
大人数で遊びに行ったり、イベントをやってみたり、みんな楽しそうにしているのが友達の少なかった自分にはとっても嬉しかった。
ある時ちょっと忙しかった時期があり、いつものように仲間たちと遊ぶことが出来なかった。そしたら、あんなに一緒にみんなで楽しくしていた仲間達だったのに、僕がいない時期、僕抜きでみんなが集まって遊ぶことは無かった。一人一人と僕は繋がっていたけど、他の人達は僕以外の人達と繋がって何か行動を起こすことは少なかった。
大人になって、ネット上で趣味のグループを作った。
顔も知らない仲間と一人また一人と、僕がまず出会って、その後みんな一緒に出会う形で20名ほどのスポーツのグループを作った。最初は僕が誘って、色々教えたりもしたけど、みんなの方がどんどん上達して、最後の方はいつも引っ張ってもらっていた。結婚が決まり、生活が一変して仲間と練習する機会が少なくなってしまった。すると、数年もしないうちにグループで練習することは少なくなり、年に一度くらい、顔を会わせるくらいになってしまった。
「あした、一緒に遊ばない?」
多分、僕が他の人よりも、この言葉を掛けることが多かったのだと思う。
二十歳の頃、友達のいなかった自分に仲間が出来て、その仲間が繋がって、どんどん大きくなっていったのが嬉しかったから、僕は自分から誰かを誘うことが出来るようになったのだろう。
だから、今も出会う全ての人にオープンマインドで、自分から先に声を掛けて積極的に誘う。でも、本当の自分は、小学生の頃の引っ込み思案のシャイな人間のまま。だから、誰かに声を掛けるときはいつも心の中でドキドキしながら声を掛ける。
シラッとされると心の中で傷つき、楽しそうにしてくれたら無上の喜びで満たされる。
もしかしたら、他の人から見たら、誰彼ともなく人を誘えるコミュニケーション上手に見えるかもしれない。
でも、声を掛ける数が多ければ、その分、仲良くなれずに傷つくことも多い。
本当は傷つくことが怖くて、自己評価の低い自分が心をギュッと締め付ける。
この人を笑顔に出来たなら。この人を自分の大切な人に出来たなら。この人にとって自分が何かをしてあげられる人間になれたなら。
今まで沢山見せてくれた仲間たちの笑顔が、傷だらけの心の僕を揺り動かす。
震える足を抑えながら先に僕が声を掛ける。
「良かったら、一緒にドライブでもしない?」




