得るもの失うもの
整理整頓をしようということになって、部屋を掃除。新しい棚を買ってきて、引っ越し依頼放置していた荷物を少しずつ整理していった。
引っ越し当初、とりあえずと本棚の中にいろんなものを突っ込んでいたので、それを取り出して本を収納、出された色々なものの中に、20年前に書いたエッセイノートを発見。恐る恐る読んでみることに。
当時、職場でスタッフと共に二人で一年間欠かさずにブログを更新していこうというチャレンジを始めた。最初のうちは仕事関連の話をしてクライアントさんにとって有益な情報を提供していったりしていたのだけど、そんなのは直ぐにネタが尽きてゆく。次第に、自分の生活や趣味の事も書き、それが尽きると新聞やニュースの時事問題など、気が付くものはすべてネタにしないと締め切りがやってきてしまう。そんな感じで、毎日必死にブログを更新して、一年間書ききることが出来た。
その中で、自分としても面白いな、この話はもっと文章を綺麗に校正して書き残しておきたいなと思ったものを、ツバメノートに自分の好きなインクを使い、万年筆で書き残した。そのノートを久しぶりに開いたら、今の自分には考えられないほどきれいにびっしりと文字で埋め尽くされていた。
「あの頃どんなこと書いてたっけ?20年も若い頃の自分の文章を読むのは恥ずかしいなぁ。」
そう思いながらページを開く。あれから20年がたったけど、自分なりに成長したり、年相応に丸くなったり、深みを増したりしたことを感じていたので、昔の自分の書いた文章は浅くて未熟なものかもしれないと思っていた。
「あれ、俺こんなこと考えてたんだっけ?」
読んでみると、今の自分も感心するような文章だった。確かに、数あるエッセイの中から選んで、さらに文章を綺麗にしてから書いたから、それなりの文章にはなっていたものの、それ以上に自分が伝えたい核になる部分の視点が、今の自分から考えても良い文章に思えた。
年を取って、色んな事をまとめる作業は上手になり、まあこの位で手を打とうと一番その時点で良い妥協点を見つけることが上手になった今。20歳若く、熱血で、根源的な正しさを追い求めていたような純粋さのあった昔。
今の方が当然に人生が深まって昔の自分が未熟な思考をしていたと思っていたら、今の自分がハッとするような視線で文章を書き残していた。
このノートに、20年前の僕はこんな思いを残したくて文章を書いたんだな。
そう思うと、その時の僕の肩に手を置いて、こう言ってあげたい。
「力み過ぎてるところもあるけど、結構いい文章書くじゃん。」
あの頃の僕は、振り返って、
「え、本当っすか?嬉しいっす!」
そう言って喜ぶだろう。
本当に人は忘れゆくものだと思う。自分の書いた文章の概略は覚えていたけど、そのニュアンスはすっかりと忘れていた。今の自分が得た様々な経験と、それによって醸成される思考。しかし、そうやって変わりゆくということは、変わった分だけ失っていくことも多いのだとも思う。
あの頃の良さ、あの頃の馬鹿さ加減。
今の成長、今失ってしまった感覚。
それを発見して、色々な時代の自分と交流することも、文章を書き残す楽しみかもしれない。
また今の自分が、過去の自分や未来の自分と交換日記をするかのように、今の自分の文章を書き残しておこうかなと思った。




