狩人現る
ちょっと今日は寒いな。そう思いながらバイクを自動販売機の前で止めた。
「ちょっと冷えてきたなぁ。」
天気予報では、たしか今日は晴れだったと思ったのだけど、朝から曇天が続いていて、走っているうちにどんどん体温が奪われて凍えてきた。ジャケットの中にウインドブレーカーを着込みながら、誰もいない広域農道で一人呟いた。
リアキャリアに乗せた大きなシートバッグを避けるため、サイドスタンドを立てたままサイドステップに立ち、足が引っかからないように降車しようとした。その瞬間体の中を稲妻のような痛みが走る。
「!!!!!!」
やばい。腰が、いや、骨盤が割れそうに痛い。ぎっくり腰を起こしそうなくらいの痛み。なんとかバイクを降り、自動販売機の前を行ったり来たりしてみたり、屈伸運動をしたりして応急処置をする。
走り始めてまだ1時間。慣れないポジションに身体がびっくりしたようだ。どこかに変な力が入っているより、どこにも確り支える力が入れられていないというのが原因だと思う。ニーグリップは効かないし、小学校の学習机に座るときのような直角姿勢を取らされるポジションにまだ馴染めていなかった。
ハンドリングは良く言えば軽快、悪く言うと落ち着きがない。エンジンは思った以上に走ると感じるけど、やっぱりパワーが物足りない。あんなに非力だと思っていたエストレヤがスポーティーに感じてしまうほど非力ではある。でも、交通の流れについていけないかと言われれば、まったく不自由はなく、必要最低限の動力性能はちゃんとある。60キロまでは簡単に出るが、そこから先は苦しくなってしまう。でも、法定速度は60キロなのだから、そこまでちゃんとしていれば、本当は何も困らないはずだ。
家から一番近いバイク屋さんの前を車で通ったとき、ちらっと一台限りのポップが目に入った。ベージュ掛かったシルバー、ちょっと暗めのシャンパンゴールドのような色のハンターカブ。僕が探していたのは、水色のクロスカブだったけど、ハンターカブならばこの色がいいなと思っていた。
「すみません、ここのハンターカブ見かけたんですけど、見積もり出してもらえます?」
「ああ、ちょうど一台入ったんですよ。どうぞ。」
店内には所狭しと修理待ちのバイクが詰まっている。ZZ-R1100の隣りにある椅子に腰掛け、店主が手を洗ってこちらに来るのを待っていた。
最近は少しずつ入荷してきているものの、まだクロスカブもハンターカブも入荷待ちが続いていた。長い人だと2年近く待っている人もいると言うから驚きだ。僕の欲しかったブコブルーのクロスカブも今年で無くなるカラーらしく、注文を入れていてもホンダが打ち切ると違うカラーを選択しなければならなくなるらしい。
「じゃあ見積もり作りますね。」
以前こちらでパンクの引き上げ修理をお願いしたことがある話をしたり、最近のバイク事情についての話をしながら見積もりを作ってもらう。
「値引きできないわけじゃないのに、最近の大手は値引きしないところが多くてね。じゃあ、これでどうですか?」
そう言って出してくれた見積もりは、予想以上の値引き額だったから驚いた。都筑のバイク屋さんと話した感じでは、個人店だとこのくらい引いてくれれば買いじゃないかなという値引き額より全然上だった。納車費用もかなり安く、オプションと5年の自賠責を付けた総額でも、定価を大きく下回った。
「じゃあ、買います。これでお願いします。」
後は保険だったが、やっぱり原付はファミリーバイク特約が良いよとおすすめされたので、レッカーサービスは付帯されないから怖かったが、JAFで十分だと言うのでそうすることにした。事故じゃなければ怖いのはパンクくらいで、あまりカブは壊れないらしい。
「ロードバイク乗るならチューブ交換できますよね。僕もカブでキャンプ行くんだけど、交換チューブと工具積んでいくから、それでなんとかなると思いますよ。」
そんな話で終わり、商談はものの30分も掛からなかった。納車は5日後。長く待った人にはなんかちょっと申し訳ない気持ちになった。
それから今日は二回目のドライブだった。
股の間がスカスカで、椅子にちょこんと腰掛けたようなポジション。ブレーキを掛けたときに身体をどういうふうに支えたら良いか分からずとても不安な感じがする。低音でドドドドと響く排気音は思った以上に心地よい。なにか物足りないような気持ちもするが、どこか不満があるかと考えると別に無い。エストレヤも究極の必要十分マシーンだったと思ったが、ハンターカブはそれ以上に虚飾を排除したプリミティブなバイクといえる。世捨て人マシンと言ってもいいかもしれない。
60キロまではきっちり素早く加速し、巨大なキャリアは難なく大型のシートバッグやボックスを載せられる。125ccだから高速や自動車専用道路は走れないが、よく考えれば年間に数回しか乗らないし、好んで下道を走る方だ。見た目の良いし、リッター60キロ走る。足つきは結構悪いけど、軽い車体で取り回しも楽ちんだ。車体は思ったより大きく、エストレヤと同じフルサイズだったが、エストレヤと相性が良かったのか、並べて止めてみたらそれほど場所を取られることはなかった。
屈伸運動や上半身を動かしていたら、びっくりしていた骨盤が少し楽になってきた。慣らし運転を早く終わらせなければもっとエンジンを回すことは出来ないので、もうちょっと休み中に走らなければ。
最初向かった246は上下線とも渋滞していて進まなかった。じゃあと思って向かった箱根も少しずつ混み合ってきていた。海沿いを伊豆へ向かう道路はまだ少し空いていたので、雨が降ってくるまでのあと二時間、根府川をグルっと回って帰るルートに決めた。
車通りの少ない根府川の道。ノスタルジックな昭和を思い出させるような田舎の雰囲気が懐かしい。ドドドドと穏やかで心地よい音を響かせながらワインディングロードを進んでいく。
ロータリー式のミッションにはまだ慣れないけど、慣らし運転が終わる頃には僕自身の慣らし運転も終わるような気がするくらい、懐の深いバイクのような気がする。
「ほんと、これからよろしくお願いしますよ。」
そうつぶやきながら、厚手のシートをぽんと叩く。
「はいはい任せてくださいよ。」
というかのようゆったりとした乗り心地のハンターカブは落ち着いた排気音を山中に響かせた。




