輪っかと輪っか
輪っかに一つ、輪っかがつながる。
自分という輪っかが、誰かの輪っかにつながったり、誰かが自分の輪っかにつながってくれたり。
20代のころから長年同じ美容師さんに髪を切ってもらっていた。学生時代、就職、独立、転職、いつでも同じ人に髪を切ってもらった。自分も早稲田、高円寺、世田谷、町田と様々な場所に引っ越し、美容師さんも早稲田、目白、白山と店舗が変わったけど、同じ人にずっと切ってもらった。
少しずつ、少しずつ、美容師さんの輪っかに沢山くっついている無数の輪っかの中で、僕という輪っかが太く大きくなっていく。
ある日、
「○○さん、今おいくつでしたっけ?30歳くらい?」
と聞いたら、彼女は吹き出しながら笑った。
「●●さんとあまり変わらないですよ!」
あれから15年もたち、20代が40代になったのにもかかわらず、僕の中ではまだあった時からそれほど時間がたった気がしていなかった。
僕と彼女の接点は、月に一回、遠くなってからは数か月に一回髪を切る一時間の間だけ。あまり話す方ではないのだけど、その数か月に一回彼女の顔を見て、髪を切ってもらうことでどこか心が落ち着く気がしていた。
人生の中には、自分の輪っかに強く太くくっつく人もいるけれど、こうやって、時間を掛けながら、関係性は変わらないけども、ゆっくりゆっくり成長する輪っかもある。
自分が結婚するとき、是非○○さんに髪形をお任せしたいと伝えると、本当に喜んでくれた。新人さんが入社してきた時は、僕が彼女に切ってもらってから20年近くにもなると話すと、遠方から通う古いお客さんがついているということに驚き、その仕事の面白さと責任を感じてもらえた。
そんな彼女が昨年、長年勤めてきた美容師の仕事を辞めてしまった。
ここまで髪を切ってもらっていると、他の人に切ってもらうということを考えたこともなく、戸惑った。若い時から今の今まで、モテるもモテぬも外見の部分は○○さんに責任を負ってもらっていたのだから、どうしていいものか考えあぐねた。それほど、僕の中の彼女の輪っかが太く強く大きくなっていたに違いなかった。
なかなか重い腰が上がらず、行く当てもないまま髪を伸ばし放題にしていたら、肩にかかりそうなくらいまで伸びてしまった。そんな時に、母親の三回忌を迎えることになり、どうしても切らなければいけなくなった。
どうにかこうにか近場で探し、思い切って電話を掛ける。そんな大したことじゃないと思われるだろうが、何しろ20年以上他の美容院に行ったことが無いのだ。僕にとっては一大事。思わず予約の電話の声が上ずってしまった。
ドキドキしながらも、入った近場の美容院の担当さんはとても話しやすく、落ち着いた感じの人。○○さんも落ち着いた感じだったけど、ちょっと違った雰囲気で、髪形もいつも通りお任せにしてもらったら、○○さんとはまた違った感じに切ってくれた。それもそれ、プロが一番いいなと思った感じに仕上げてくれたのなら、それが一番僕の魅力を活かしてくれたに違いないので、なにも文句は無い。奥さんには好評だったから、良かったのだろう。
そうやって、新しい美容師さんの輪っかに僕というちっぽけな輪っかがつながった。
相手にとっては無数にある輪っかの中の一つに過ぎなくて、自分という輪っかにとってもそういう輪っかが沢山繋がってきたりする。自分の中で、その人がとても頼りになる存在だと思う人ほど、その人にとって自分は沢山あるうちの一つに過ぎなかったりする。若い時は、そのことが不安だったり、もっと太く強くなりたいなと思ったりすることもあったけど、相手にとって自分が太くなくても、自分にとって相手が太いなと思える人を得られることが大切なんだなと思う。
そして、どんな形でも、自分と繋がってくれた輪っかを、自分自身が太くすることが大切なことなのかもしれないなと思った。
辞めてしまった美容師さんとは、SNSでつながっていて、こちらに来るときには美味しいお店を紹介したり、東京に行くときはどこか良い所を紹介してもらったりしている。
長くつながった輪っかは、縁が途切れたように見えても、離れることはない。その相手と、もしも2度と出会うことが無いとしても。
そのつながりを感じることが、自分がこの世界とつながっている証なんじゃないかと思う。




