エストレヤRSの行方
「こんにちは!」
「あ、どうしたんすか!」
「いや、ちょっと相談があって。」
久しぶりに見る店主は、変わらず元気そうだった。いつも通り、一人で頑張っている感じで手を黒くして働いている様子。
「あの、エストレヤなんだけど、どうしようかなと思ってね。」
先日電話で色々とアドバイスを聞き、あれからどうしたものかと悩んだ。とりあえずカブを買って暫くそれで過ごす、カブを買ってエストレヤを引き取ってもらって違うバイクを買う、カブを買ってエストレヤを直してもらう。電話をした後はカブをそのお店で買って新しいバイクもそのお店で買うつもりだった。
「色々考えたんだけど、とりあえずここにレッカーで入れて、状態を見てもらおうかと。」
「それでどのくらい掛かるかによって直すか売るかにします?」
その刹那、一瞬で僕の中にいろんなことがよぎった。そして、僕の口から僕の考えが自分が認識するよりも前に、まるで誰かが語るかのように自然と口から出ていった。
「エストレヤをこのお店で買って本当に良かった。久しぶりにバイクに乗る練習で大型免許取って、ドゥカティ買うまでの繋ぎでエストレヤ買ったんだよね。」
「あれから何年経ちましたっけ?」
「7年くらいかな。」
「そんなに経つっけ!」
「でね、その間にお袋が亡くなって、親父も亡くなって、叔母や義理の父も亡くなってね。その時のどうしようもない気持ちを癒やしてくれたのがエストレヤだったんだよね。生きているときは、あまり色んなところには連れて行く機会がなかったから、親父がずっと行きたいって言っていた富士山も行けなかったんだ。そんなこともあって富士山に走りに行くんだけど、後ろのシートの親父とお袋に語りかけながら走ったりしてね。居るわけ無いんだけどさ。」
「そうか。それじゃあ、それほどかからないと思うし直しましょうよ!」
「うん、直してずっと手元においておこうと思う。カスタムしてもいいしね。だからガッチリ重整備してもらっていいかな?」
「うんうん、任せてください。」
「で、カブはやっぱり地元で買った方がいい?」
「ウチで買ってくれたらそりゃ利益が出るからありがたいけど、でもやっぱりなんかあったときのこと考えるとそっちのほうがいいよ。その近くのバイク屋さん、悪くないんでしょ?」
「うん。で、昨日通りがかったらね、クロスカブじゃないけどハンターカブが一台特価って書いていたから、それを買って縁を作っておくのもいいかなと思うんだよね。」
確かに悪い人じゃなかった。腕もいいし、個人店だし、人が悪いわけじゃない。だから、その人と縁を深めてもっとコミュニケーションを取って、自分にとっても相手にとっても良い関係を作るのは、お客の役目でもある。それに、仕事ではいつもやっていることなんだから、臆せずにいつも通り自分をさらけ出せばいいのかもしれないと思った。
「ごめんね、本当にお金にならない客で。」
「いやいや、エストレヤ買ってくれたじゃないですか!」
「車両21万の乗り出し28万だったよ?全然じゃん!」
一番底値の時期だったかもしれない。SR400も30万代で程度の良いのが買えた。今は倍以上。
「バイク買ってくれたお客さんってね、5年以内に乗らなくなる人が殆どで、たった5%しか乗り続けないなんですよ。だから、うちで売ったバイクに乗っていてくれるだけで本当に嬉しいんですよ。」
ああ、ここのお店で買ってよかったな。そう思うし、そのまま言葉にして伝えた。彼も嬉しそうにしてくれた。今日まで4、5回ほどしか顔を会わせたことがないけれど、僕はこの店主と波長が合う。
彼にとっての僕が同じように、そう思ってもらえる人間だったら僕も嬉しい。
近くのお店で新車を買うとして、割引はどこまで入れられるのか、僕の知らないバイク屋さんの仕切り価を教えてもらう。ディーラーと違って、サブディーラーは車ほど利益率は良くなく、車ほど売れず、キックバックも無いらしい。
「じゃあ、特価って書いていた気がするから、そのまま買った方がいい?」
「でもね、ちょっとなんとかなるって聞いてみて。で嫌な顔するならあまりいい感じじゃないなぁ。」
値札に書いているであろう値段を見てから決めよう。そこもまた嫌な顔させないように聞くのも、客側の腕の見せ所なのだろう。
気がつけば1時間半ほど話し込んでいた。仕事のじゃまをしてしまって申し訳ない。
「じゃあ、レッカー呼ぶ日が決まったら事前に連絡しますね。」
「よろしくお願いします!」
細身で高い身長。青い縦縞の繋ぎにキャップを被ったいつもの姿で入り口まで見送ってくれた。
高速道路で30分。車で来るとあっという間。
少し距離は離れているけど、いつでもどんなことでも相談できるバイク屋さんを僕は知っている。
自分が売ったバイクを乗り換えずに、ずっと乗ってくれることを喜んでくれる。
グーグルの口コミに、横柄な態度で嫌な気分になったとか、適当にあしらわれたとか書かれているものがあるが、全く信じられない。深いところまで人を観察する癖のある僕が、この人なら何でも正直に話せるし、正直なことを言ってくれると信じて疑わない。
その人にとって、自分がお金の利益だけでなく、気持ちの利益も生み出さなければ、気持ちの良い相手にはなれないのではないかと思う。コンビニの店員さんを笑顔にするくらいの雰囲気をもっていなければ、その人に会いたいなと思えるような人間にはなれないのではないかと思う。
僕の心を救ってくれたエストレヤRSを直してもらうなら、そんな僕の気持ちを大切にしてくれる人に直してもらいたい。
帰りの東名高速。
もう何も悩むことはなくなった自分に気がついた。
僕は、頼もしいバイク屋さんを知っています。




