誰かを傷つけるとき、自分も傷つく
ようやく今年の交渉が落ち着きそうだ。
去年から大幅にシェアが変わり、栄枯盛衰、群雄割拠の態をなす結果になった。
栄えるものは、体力が続かず、昨年の汚名を挽回するべく襲い掛かる下克上になすすべなく、あれほどにシェアを誇っていた担当者が、泣きそうな顔で部屋を出ていく。
誰かが悪人で、誰かが善人ではない。
頑張ってシェアをとっていたナンバーワンが出していた価格はずっと続けられるわけでもなく、売り上げが下がっていた二番手三番手が出す戦略的な価格に太刀打ちすることが出来なくなる。仕事とはいえ、やはり魅力的な価格を出す会社が契約を勝ち取るという図式が毎年繰り返されるというのは、もどかしく感じる。それ以外の競争原理を働かすことが難しい業界だからか仕方がないのは分かってはいる。
そんな業界だからこそ、各社の営業担当者は、他の業種以上に人間が練られている人が多いように感じる。自分が仕事以外の場面で買い物をするとき、その店の担当者の対応が子供じみたものに感じられるくらいだ。出入りの業者の営業担当者さんたちは、みな50代、60代といった猛者たちだということもあるだろう。だから、車を買ったり、家電を買ったりするとき、ネットで見る値引き額より高い値引き額を引き出すことはそれほど難しくないように思えるのも、そんな熟練者たちにもまれているからだろう。
今日は、今まで売り上げトップで、二番手に倍以上の差をつけている会社の担当者に、契約しているものを他の会社に変えるという決定を伝えた。
価格、サービス、各社の情勢、扱う薬の品目など、色々な理由をしっかりと提示して、今回の決定をしたことを伝える。ほとんどのところでは、何の理由も分からず、時期もしらされないまま、引きはがされることも多いという。しかしながら、ちゃんと理由を告げて、相手の口から、
「それならば仕方がありません、お力になれず申し訳ありません。」
という降参の言葉を言ってもらうまで、ちゃんと説明するべきだと思う。そうしないで終われば、もう一度頑張ろうと思えないだろうし、こことのお付き合いは控えるようにしようと思われることもある。だから、しっかりと相手と時間を掛けて、今回は取引をしないという訳を話すべきだと思う。
相手が自分だったら、やはり契約を撤回されたら楽しい気分ではないだろう。悲しいだろうし、悔しいだろうし、嫌な気分になるものだ。だからこそ、その気分を少しでも違う気持ちに変えてもらうために、相手の気持ちを考えて、こちらも御免という気持ちで寄り添わなければならない。
契約をとれたところは、この先の一年頑張ろうという明るい気持ちでこちらと親密になるが、契約を外されたところも、来年は頑張らなければという気持ちになってもらって、少しでも何かできることには協力してあげることが大切だと思う。
契約を外すという言葉を聞いた時、担当者は本当に悲しい顔をしていた。
契約を外すという言葉を伝えた時、僕の心も同じくらい悲しい気持ちだった。
だから、そのあと数時間は何とも言えない気持ちになってしまった。契約をとれた会社の担当者の、明るい笑顔を見た時、それを素直に喜べない気持ちにもなったりする。
みんなを幸せに出来ればいいが、うちの予算の枠も決まっている。だから、シェアの取り合いは致し方が無い。それでも、うちに顔を見せに来るのが少しでも他より来やすいなと思える場所にしたいと思っている。
もし僕らがこの仕事から離れたら、ただの人と人なのだから。
その時に、笑顔で自分のままに話が出来なければ、何のために交渉を頑張っているのかが分からなくなる。そこに仕事の顔など、もう通用しないのだ。
通年で営業担当者さんたちとは顔を合わせているが、この2か月は本当に大変だった気がする。あとは細かいことを決めるだけ。
相手の気持ちを考えると、契約を解除することを譲歩したくなる。でも、自分の信念が、それをさせない。だから、その相反する気持ちに挟まれて、心が傷ついていく。
僕は交渉役には向いていないのかとも思ったが、でも、こうやって自分も傷つく姿を見て、ここまで営業担当の気持ちを分かってくれる取引先はいないと言ってくれる。そういわれると、もしかしたら、交渉役という仕事が一番向いているのかもしれないとも思える。
明日からまた、新しい付き合いが始まる。
勝者を讃え、敗者を慰め、そして、ちょっとだけ一息ついて、心を休ませたい。




