心優しき動物のお医者さん
ある休みの日、ふと思い立って高速道路を西へと向かう。しばらく会っていない友達に会いに行こうと思いついた。連絡はしない。平日なので、彼は仕事中かもしれないから、ちょっとだけ顔を見せて驚かせれればそれでいい。僕と彼とはそういう間柄だ。
うちの近くのインターから、東名高速に乗ってのんびり名古屋方面へ向かう。バイクだと風圧が厳しいので、どうしても90キロ前後くらいがちょうどいい。ゆっくりのんびりと高速道路を進む。峠道と違って退屈な時間だから、昔一緒に馬鹿ばっかりやっていた頃のことを思い出す。
大学時代、彼は海の近くに住んでいたから良く遊びに行った。その頃は電車や友達の車に乗って、夏の海へボディボードをしに行ったり、釣に行ったり、後はなんとなくみんなで集まって馬鹿な話をするという、若者にありがちな時間を一緒に過ごした。
ある日電話が鳴った。
「タクちゃん、俺、犬を飼うことにした。」
そうか、獣医さんになるのだから、やっぱり動物は好きだよな。送ってきた写真を見ると、快活そうな小さなビーグル犬。ぴょんとはねたシッポが可愛くて、幸せそうな顔をしていた。
「どうしても、出来なかった…。」
ビーグル犬は、獣医学部では実験動物として飼育される。
そして、学生はビーグル犬を任せられ、自分で名前を付け、実験に使用する。自分が愛情をこめて育てた我が子同然の犬に皮膚の実験をしたり、手術を施したり、様々な本来なら必要のない侵襲的な実験をやらなければならない。獣医師を志す人間にとっては、重い重い十字架を背負うことになる。
そして、最後には自分の手でその犬の生命を奪わなければならないというのは、どうしようもなく残酷で、一生涯を獣医師として貫くことをその子に誓い、捧げなければならないという宿命を負わされる。
実験動物の流出は、退学処分のような重い処分になるという。数年前にもそんなニュースを目にしたことがあったが、一般人の目からしたら何もそこまでやらなくてもいいのにと思えることかもしれないが、厳しく管理されていて当然の事だろうとも思う。
心優しき彼は、見つかって退学になる事よりも、その小さな相棒を逃し、共に暮らして実験後の人生だけでも幸せに生きてほしいと思ってしまった。
本当ならば、全部のビーグルの命を助けたいと皆、獣医師なら思っているだろう。僕の知る獣医師の友人たちは、誰もが心の優しい愛情あふれる人ばかり。言葉の通じない動物たちを何とか助けたいという愛に溢れていなければ、この仕事は出来ないよと彼は言った。
大学では問題になったらしい。でも、見つかることは無かった。今では考えられないが、ちょっと昔の事だからばれなかったのかもしれない。
そして、彼は相棒が天寿を全うするまで一緒に楽しく幸せな時間を過ごした。
あんなにちゃらんぽらんだった人間が、自分の愛情を注ぐことを仕事にできると、あんなに格好のいい横顔になって、的確な診察が出来るのかと驚かされた。遊びに行ったりすると、定期的に彼は入院している犬猫の様子を見に行く。一緒についていくと、自分のペットじゃなくても、一頭一頭に優しく語り掛け、相好を崩す。そのケージがたくさん並ぶ病室の一角には主のネコがいる。三本足の三毛猫。ある日病院の前で車に轢かれて瀕死のネコを誰かが置いていったらしい。そのネコを必死に手術し、命を助け、病院の飼い猫にしたら、病室を守る主になったらしい。そんなネコが3匹もいる。
「自分で欲しくて飼ったペットは、あのビーグルだけなんだよね。」
彼の家にいる他のペットは、そんな瀕死のところを助けた子達ばかり。
開業すると聞いて、動物病院につけた名前を聞いたら、あのビーグルの名前が付けられていた。それも本当に彼らしい振る舞いだと思う。
そんなことを考えていたら、彼の家が近づいてきた。
シンと静まり返った動物病院の駐車場にバイクを止める。携帯を取り出し、ごめん、突然遊びに来ちゃったよとLINEを入れた。直ぐに折り返し連絡が来て、そこにいろとのこと。昼休みに往診に行っていたらしかった。
「おーい、タクちゃん!」
車の窓から見えた彼は、いつものだらしない彼に見えた。僕と会うときは、そんなだらしのない顔になれるのなら、それは僕にとってもとても幸せなことだと思う。
「ちょっと上がっていってよ!」
本当に久しぶりに会うのに、まるで昨日も会っていたかのようだ。
久しぶりだねと言って、彼の家に向かうと、開いたドアの向こうから、モフモフの仲間質が一斉に僕の方に飛び出してきた。




