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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。

徒然掌編集 零 ~あつまれ短編作品のMemento mori~

ゆりいろ苦恋メッセージ

掲載日:2022/03/06

 わたしには好きなひとがいる。


「せーんぱい!」

 その好きなひとに、わたしは後ろから抱きついた。

 ――女の子の柔らかい匂い、絹糸のような黒髪がわたしの顔にかかってこそばゆい。

 彼女は振り返って、その綺麗な顔をわたしに向け。

「なに?」

 凛とした声で言った。

 せんぱい、今日も素敵。つい見惚れそうになってしまう。

「その……一緒に帰りませんか?」

 鼓動を抑えながらかろうじて絞り出したわたしの言葉に、しかし彼女は目を伏せて。

「ごめんね。今日は予定があるから」

 屹然(きつぜん)と口にした。


 わたしの好きなひとには、別の好きなひとがいる。


 ――わたしの好きな彼女が、男と手をつないでいる。

 なよなよした気弱そうな男。彼女も頬を染めて、いかにも初心なカップルに見える。

 幸せそうな二人。その姿をこっそり見て、わたしは少し(うつむ)いた。


 わたしの恋は、叶わない。


 彼女は幸せそうに、あの男と一緒に笑っている。

 ……何か月も前、わたしがせんぱいと初めて会った日の放課後。

 その日に、彼女は告白されていた。それをわたしはこっそり見ていた。

 否定してほしかった。

 出会ったばかりの彼女に、わたしはすでに惚れていた。

 けど、頬を染めた彼女は、あっさりと許可した。

 きっとわたしと出会うずっと前から、ふたりは仲が良かったんだと思う。

 愛し愛され両想い。わたしの介在する余地なんてない。

 あの幸せを壊すことなんて、わたしにはできない。

 せんぱいの幸せが、一番だから。


 だから、わたしの恋は叶わない。


 曲がり角、なんだかみじめになった。

 先輩に執着し続ければ、いつまでもひとりきり。

 現に、高校に入ってから友達は一人もいない。学校で話す相手はせんぱいただ一人。そのせんぱいとも学年が違うから少しの時間しか話せない。

 それでいい。それでよかった。

 はず、なのに。


 ――なんで、涙が出るんだろう。


 始まる前から終わってた恋。

 叶うことのない禁断の恋。

 知ってる。諦めてた、はずなのに。

 こんなに悔しいのは、なんでだろう。

 いつのまにか、二人を見失っていた。

 そこに少年少女の笑い声はすでになく。

 住宅街に、ひとつのすすり泣きが響いた。


 次の日。

 わたしはいつも通りに、部室に向かう。

 文芸部、静かな部室には、わたしとせんぱいのふたりきり。

「こんにちは」

「こんにちは、せんぱい」

 せんぱいは相も変わらずわたしに話しかける。

 けど、その顔は少し暗く。

「……どうしたの」

 とわたしに顔を向けて聞いた。

 どうやら暗かったのはわたしの顔のほうだったみたいだ。

「なんでもありません」

「その割には元気なさそうじゃないの」

 言って、心配そうにわたしに近寄る彼女。

 揺れる黒髪。きっとその香水の香りも、わたしのためのものじゃない。

「……なんでもないです」

 口を尖らせたわたしを、せんぱいは。

「なんでもあるでしょ」

 と抱きしめた。

「何でも相談していい。だから、隠さないで? ……あなたのこと、好きだから」

 誤解させないでよ。

 そんなこというから、わたしは。

「もう、がまんできないです」


 あなたのことが、すきになっちゃうんだから。


「せんぱいの、せいです」


 彼女に全体重を委ね、彼女の香りに埋もれて。

 床に押し倒した彼女の口腔に、己の舌をねじ込んだ。

「にゃ、なに!? 突然――」

「突然じゃない! ずっと、ずっと好きだった!」

 舌をほどいた。

 感情がとめどなくあふれる。

 (せき)を壊す。濁流のようなそれは、せんぱいを抱き。

「んっ……あ、んぅ……っ」

 愛撫する。

 なまめかしい声も、きっとわたしだけのものじゃない。

 でも。でも、いまだけは!

「ごめん、なさいっ」

 あなたを、わたしだけのものにさせて。

 いまだけでいい。もうこの関係すらなくなったっていい。

 だけど。


「すき、だった。わたし、せんぱいが……すき、だったっ!」


 ぶつける。感情を、ぶつける。

「せんぱいはわたしのものじゃない! いつも……いまだって……っ」

 泣きそうになりながら。

 快楽にあえぐ彼女を。

 (なぶ)るように。

 愛した。

 愛した。

 一方的で暴力的な愛を。

 彼女に、捧げた。


 そしてわたしは、せんぱいのスマホを手に取って。


「えへへ、彼氏くん、見てる……? ……今日だけ、あなたの彼女、借りるから」


 ビデオメッセージを撮った。

 汗と汁に汚れた(なま)めかしい彼女を。わたしだけのせんぱいをうつして。

 ――最後に、最低な間女(まじょ)はこう付け加えた。


「ずっと、愛してました。……ごめんなさい……ありがとう、せんぱい」


 最低。


 ビデオメッセージを見て、あたしはそう思った。

 いまは亡き、あの少女を想いながら。

 ……あたし、最低だ。


 自分を慕ってた後輩「も」好きになっていた、なんて。


 あたしは高校に入って一年、好きなひとができた。

 友達だったけど、その優しさに着実に惹かれていって。

 ついには恋人になった。両想いの、恋人同士に。

 けど、ふたりが付き合い始めた日、あの子があたしの前に姿を現した。

 人懐っこくて、優しい。かわいい女の子。

 あたしは、その子も好きになっていた。


 二人に恋をしていた。


 最低。わかってた。でも、言えなかった。

 あなたも好きよ、なんて。とても言い出せなかった。

 怖かった。関係が切れることが。

 どっちか一人としか付き合えない。そう思ってた。

 彼女があたしを好いてるなんて思いもせずに。

 ――どっちとも両想いだったなんて、わかるわけないじゃない。

 もしも「二人と付き合う」なんて選択肢があったらどうなってたんだろう。

「……」

 微妙な顔であたしの顔を覗き込む彼氏。

 恋敵の墓前なら、そうもなるか。

 一回忌。あの日から一年。

 あたしの目の前で、ビデオメッセージを撮りながら首を吊った彼女。

 もしもあの子にも告白したならば。

 いま隣にいる彼は、彼女を受け入れただろうか。

 星になった彼女は、彼を受け入れただろうか。


 叶わなかった恋。

 叶うことのなかった恋。

 終わらなかったかもしれない恋。

 ――終わってしまった想い。


 あたしは墓石に額をなすりつけて、抱きしめ。

「……あたしも、好きだったわ」

 夕暮れの墓地に、ひとつのすすり泣きが響いた。


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