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一目惚れから始まる異世界終焉譚-ラグナロク-  作者: 宮井ゆきつな
第一章 ティルナヴィア編
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第9話 帝都セントピーテル

「ふあああああ……」


 翌朝──。

 街道を歩きながら、飛鳥は何度目か分からない大きな欠伸をした。

 目の下にはくっきりとクマができ、気怠そうに歩を進めている。

 朝からずっとこの調子だ。

 アーニャは心配そうに飛鳥の腕を掴んだ。


「どうしたの? 昨日眠れなかったの?」

「え? う、うん……。夜中に目が覚めちゃって……」


 原因はアーニャなのだが、そんなことを言う訳にはいかない。

 目をゴシゴシとこすり、昨晩のことを思い返す。


 互いのパーソナルスペースを作ろうというアーニャの提案で、筒状に丸めた毛布をベッドの真ん中に置き、二人は眠りについた。

 それにより彼女と触れ合う可能性が下がり、変に緊張する必要がなくなった、筈であった。

 寝入ってから二時間ほど経った頃だろうか。

 背中に柔らかい感触を感じ目を開けると、いきなりアーニャに抱きしめられ、飛鳥はパニックに陥った。

 見ると、二人の間を隔てていた毛布はいつの間にか姿を消し、しかも抱き枕のようにしっかりとホールドされ、静寂に響く自身の心音を聞きながら朝を迎えてしまったという訳だ。


 正直凄く幸せな時間だった。

 柔らかな肢体に伝わってくる体温、鼻腔をくすぐるほのかに甘い香り。

 だが、そんな状態で熟睡できるほど人間ができてはいない。

 できているべき年齢と言われようができていないんだからそこは目を瞑ってほしい。

 何だったら襲うという選択をしなかった自分を褒めてほしいくらいだ。


 飛鳥は立ち止まり、軽くストレッチをすると大きく息を吐いた。


「……よし、もう大丈夫だよ。早く帝都に行こう」

「無理してない? これからはちゃんと私を頼るって言ったよね?」


 アーニャが拗ねたように飛鳥をジーッと見つめる。

 飛鳥は何度も強く頷いた。


「してないよ! 無理だったらちゃんと無理って言うから!」


 アーニャが嬉しそうに微笑む。

 そして、何かに気がついたのか、小走りで坂を登っていった。


「飛鳥くん! 見て見て!」


 彼女の興奮した様子に、飛鳥も急いで追いかけ、目の前に広がる景色に驚嘆した。


「これが、帝都……!」


 最初に飛び込んできたのは、石造りの巨大な城壁であった。

 まだ街まで距離があるが、その両端は見えない。

 高さもザッと二、三十メートルはあるだろうか。

 更に、その城壁さえも超え、天に向かってそびえ立つ建物が一つ。

 その建物だけは説明を受けなくとも理解できた。

 あれこそこの国の主、皇帝の住まう宮殿に違いない。


「凄いな……!」


 感動すら覚え隣を見ると、アーニャも目を輝かせながらセントピーテルを見つめている。


「アーニャ、何だか楽しそうだね」

「だってこんなに大きな街、久しぶりなんだもん!」

「そうなんだ。じゃあ先に少し見て回らない?」


 飛鳥の提案が余程嬉しかったのか、アーニャは万歳しかけたが、こほんと咳払いすると恥ずかしそうに胸の前で両手を組んだ。


「飛鳥くん。私たちは今世界を救う旅をしてるんだよ? 遊んでる時間はありません」


 と、初めて会った時と同じ厳かな態度で飛鳥を見つめる。

 しかし、素を知った今となってはあまり意味がない。

 むしろそんな表情も、一つ一つの仕草も可愛くて、益々好きになってしまうだけだ。


「でも一旦は帝国側につく訳だし、街の様子は知っておいた方がいいんじゃないかな? 百聞は一見にしかずって言うでしょ?」

「そ、それは……。飛鳥くんの言うことも一理あるけど……」


 アーニャは吟味するように目を瞑った。

 だが、口元は綻び、顔には『遊ぶ口実ができて嬉しい』としっかりと書いてある。

 その様子をしばらく眺めていると、彼女はやや大げさに手を叩いた。


「うん! まずは情報収集が大事だもんね! 少し探索しよっか!」


 アーニャの言葉に飛鳥も笑う。


「それじゃあ行こう」


 開かれた門の前に立ち、二人は城壁を見上げた。

 街道もキーウ・ルーシですら比較にならないほど人や馬車で埋め尽くされている。

 油断したらすぐに離れ離れになってしまいそうだ。

 飛鳥はアーニャに声をかけた。


「さすがは帝都だね。お互い迷子にならないように──」


 しかし、既にアーニャの姿がない。


「あれ……?」

「飛鳥くん! こっちこっちー!」


 声の方を見ると、アーニャは露店の前に立っていた。

 彼女の元まで行き、手に触れる。


「アーニャ、迷子になったら大変だから……」

「ねぇ見て見て! すっごく綺麗だよね〜!」


 店頭には指輪等の貴金属が並べられていた。

 どうやらアクセサリーショップらしい。

 店主の女が人の良さそうな笑顔を浮かべ、ネックレスを手に取る。


「お兄さん、彼女へのプレゼントにどうだい? 霊装としての機能もバッチリだよ!」

「これが霊装……」


 飛鳥はネックレスを受け取り、まじまじと見つめた。


 霊装というのは肉体や精霊術を強化したり、簡単な精霊術が発動できる精霊使い用の補助道具だ。

 キーウ・ルーシでエミリアが貸してくれたイヤリングもそうであった。

 製作には専門性の高い知識と技術が必要で、個人専用のものは非常に少なく、軍が使用しているものでも機能を大幅に制限した量産品らしい。

 そんな代物が帝都とはいえ、こんな道端で売られているものだろうか。


 飛鳥はネックレスにエレメントを込め、魔眼でその流れを追い、眉をひそめた。


「綺麗だろう? 今なら安くしとくよ」


 店主が身を乗り出した。

 デザインが気に入ったのか、アーニャも期待に満ちた目で飛鳥を見つめている。


「……そうですね。これください」

「毎度あり! 良い買い物したねお兄さん!」


 大喜びする店主に、飛鳥は苦笑いを浮かべた。

 アーニャが礼を述べる。


「飛鳥くん、ありがとう!」

「どういたしまして」


 アーニャはその場ですぐにネックレスを身に着けた。

 嬉しそうなその姿に、飛鳥はふぅっと息を吐く。


 まぁ、アーニャがこんなに喜んでくれたし、いっか。


 商店街を抜け、二人は公園の椅子に腰を下ろした。

 サンドイッチの入った袋を差し出すが、アーニャはまだネックレスを眺めている。


「凄く似合ってるよ」

「本当? ありがとう! ところでこの霊装ってどんなことができるんだろうね?」

「んー……。アーニャが今まで以上に可愛く見える、とかかなぁ」

「へっ?」


 言ってすぐに、飛鳥は恥ずかしさで真っ赤になってしまった。


 何を言ってるんだ、僕は……。


 顔を手で隠しながら、ネックレスを指差す。


「それなんだけど……霊装じゃなくてただのネックレスだよ」

「えっ!? そうなの!?」

「うん」


 本物の霊装なら飛鳥のエレメントに反応し、魔眼にもその流れが映らなければおかしい。

 衝撃の──飛鳥にとっては何でもないことだが、事実にアーニャはしょんぼりしてしまった。


「ごめんなさい……。無駄遣いしちゃって……」

「無駄遣いじゃないよ。さっきも言ったように似合ってるし、その……それを眺めてる時のアーニャが、可愛かったから……」


 後半は消え入りそうな声になってしまったが、アーニャに笑顔が戻る。


「飛鳥くん……。ありがとう。大事にするね」


 アーニャは包み紙を受け取ると、美味しそうにサンドイッチを頬張った。


「ん〜〜〜♪ 最高♪ これ食べたらお昼にしよっか! この近くに有名なレストランがあるんだって!」

「あれっ!? これがお昼のつもりだったんだけど?!」


 束の間のデート、もとい憩いのひと時を過ごした二人は志願兵の受付へとやってきた。

 受付の女は笑顔だが、酷く疲れているように見える。


「ではこちらに必要事項の記入をお願いします。その後は実技試験と面接がありますので、呼ばれるまでお待ちください」

「ありがとうございます」


 部屋の隅で記入していると、底抜けに明るい、飛鳥としては二度と聞きたくなかった声が響き渡った。


「おぉ♪ さっそく会えたね〜♪ 待ってたよ、飛鳥、アーニャ♪ にゃはは♪」


 げんなりした表情で振り返ると、そこには真っ赤な髪の少女が一人。

 自称二十三歳天才美人……面倒だ、キーウ・ルーシで共に戦ったエミリアが立っていた。

 キーウ・ルーシの時とは違い、黒を基調とした軍服を身に纏っている。

 アーニャが笑顔で応じるのに対し、飛鳥はレーヴァテインに手をかけた。


「おい、あのホテルはどういうことだ」

「にゃはは♪ 良かったでしょ?」

「あぁ、お陰で寝不足だよこっちは」


 すると、エミリアは頬を染め、モジモジと体をくねらせた。


「え、いや、そんなこと報告されても……」


 何か誤解を与えてしまったらしい。

 その時、受付の女が慌てて駆け寄ってきた。


「ちょっと! 何ですかその態度は! 失礼いたしました、アルヴェーン准将。こんなところにいらっしゃるなんて、何かあったのですか?」

「ううん、私用みたいなものだから気にしないで〜♪」


 エミリアがそう言って手を振る。

 受付の女は深々と頭を下げ、戻っていった。

 改めてエミリアが上目遣いで笑いながら二人の周りをくるくると回る。

 相変わらず落ち着きのないやつだ。


「何日か通うつもりだったけど一発で会えてラッキーラッキー♪」

「こっちは会いたくなかったけど──ってちょっと待て! 准将!? お前が!? 嘘だろ!?」

「失礼か! 嘘じゃないもん!」

「エミリアちゃんって凄い人だったんだね」


 アーニャが素直に感心するのを見て、エミリアは腰に手を当て胸を張った。


「アーニャは誰かさんと違って素直で大変よろしい!」

「何様だ、お前は」


 こいつが准将……。帝国軍ってそんなに人不足なのか? それともキーウ・ルーシにいた何だっけ……あの金髪と同じ貴族の令嬢だったり……。


 なんてめちゃくちゃ失礼なことを考えていると、突然エミリアが飛鳥の手を握った。


「おい、何の真似だ」

「二人に会いたいって人がいるの! 私について来て!」

「待て、僕たちはこれから試験が──」

「いいからいいから。ほら、アーニャも!」

「う、うん!」


 強引に手を引くエミリアに、アーニャも言われるがまま歩き出した。

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