表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一目惚れから始まる異世界終焉譚-ラグナロク-  作者: 宮井ゆきつな
第一章 ティルナヴィア編
8/52

第8話 帝都を目指して(5)

 飛鳥はエミリアから受け取った紙を頼りに宿へと急いでいた。

 戦闘の後だが、足取りは軽い。

 少しでもかっこいいとか頼りになるとか思ってもらえるだろうか。

 そんなことを考えながら宿に着くと、入り口にアーニャの姿が。

 彼女は飛鳥に気づくと安心したように微笑み駆け寄ってきた。


「飛鳥くん、おかえりなさい! 大丈夫だった? 怪我してない? 痛いとこや気持ち悪いところはない?」


 と、飛鳥の体をペタペタと触る。

 全身が一気に熱くなり、アーニャの腕を掴んだ。


「だ、大丈夫だよ! ……ありがとう。それより何でこんなところに? 寒いでしょ?」

「飛鳥くんが心配だったからだよ。飛鳥くんがいないとこの世界は救えないんだから」


 その言葉に胸がズキリと痛む。


「アーニャ。これ以上冷やすのは良くないから部屋に行こう」

「うん……」


 アーニャに連れられ部屋に入ると、ベッドはダブルサイズのものが一つだけ。

 飛鳥は首を傾げた。


「あれ? 僕の部屋は?」

「部屋はここだけだよ」

「……え? ベッドは一つだけ……?」

「うん、エミリアちゃんがそうしてほしいって宿の人に……」


 飛鳥の言いたいことを理解したのか、アーニャの顔も赤い。

 エミリアのにやけ面を思い出し、歯を食いしばった。


 もう二度と会いたくないけど、もし会ったらぶった斬ってやろう。


「じゃ、じゃあ僕は床で寝るよ!」


 飛鳥は毛布を床に下ろした。

 アーニャがそれを引き止める。


「そんなのダメだよ! 体痛めるし風邪引いちゃうよ!」

「いや、でも……」


 飛鳥は視線を彷徨わせた。


 アーニャと同じベッドで寝るの? こんな至近距離で? 万が一体が触れちゃったらどうすんの? 僕らそういうんじゃないんだけど? まだ僕の片思いなんだけど? え? あいつ何考えてんだよ!


 また顔が真っ赤になり思考が乱れる。

 何を考えても結論がよろしくない方へ行ってしまい、飛鳥は思いっきり頭を振った。


「私、なるべく端で寝るようにするから気にしないで」


 アーニャは笑顔だが、そういう問題ではない。

 というか、アーニャに気を遣わせてしまっているのが物凄く辛い。

 情けなくて泣きそうだ。


「そ、それは悪いよ……」

「でも、戦いで疲れてるでしょ?」

「え? 何で戦ってきたって……」

「見たら分かるよ。戻ってきた時の飛鳥くんの目、こーんなだったよ?」


 アーニャは指で目をグッと釣り上げた。

 可愛いが、中々に凶暴な面構えだ。


 マジか、そんな顔してたのか……。


 落ち込んでいると、アーニャが笑った。


「コーヒーもらってくるから、何があったのか聞かせて」

「うん……」


 椅子に腰を下ろし、頭を抱える。


『飛鳥くんがいないとこの世界は救えないんだから』


「まぁ、そりゃそうだよな……」


 やはりアーニャにとって自分は世界を救う英雄であって、それ以上でも以下でもない。

 彼女に悪気がないのは分かっている。

 簡単にどうにかなる話じゃないのも分かっている。

 それでも全身が締めつけられるように辛くて。

 二十六にもなって格好悪いことこの上ないが、ちょっとだけ泣いてしまった。

 そこへノックの音が響き、慌てて背筋を伸ばす。


「飛鳥くん、コーヒーもらってきたよー」

「ありがとう、いただきます」


 アーニャからカップを受け取り、落ち着く香りにようやく一息つけた。


「それで飛鳥くん、エミリアちゃんとの仕事のことだけど」

「あぁ、そうだね……って、アーニャ、もしかして……怒ってる……?」

「怒ってるように見える?」


 ジト目なアーニャに、『可愛いなぁ』と『やばい、どうしよう』という感情が反復横跳びをし始めた。


「えと……。確かに戦ったけど、無茶はしてないよ……」


 飛鳥がびくびくしていると、アーニャは微笑んだ。


「冗談冗談、怒ってないよ。でも、心配だったのは本当。……飛鳥くんに、謝らなきゃいけないことがあって……」

「謝る? 何を?」


 アーニャの表情が段々と暗くなっていく。

 全く覚えがなく、飛鳥は焦った。


「待ってよっ、謝られることなんて何もないよっ」


 アーニャは首を振る。


「ちゃんと伝えられてなかったことがあるの。……『救世の英雄』に与えられるのはアークと装備だけ。その人本来の精神性や性格は変わらない。飛鳥くんが育った日本っていう国はとっても平和なところでしょ? なのに、どうしていきなり戦えるんだろう、無理をさせてるんじゃないかって……。それが凄く嫌で……怖くて……」

「アーニャ……」

「今まで一緒に旅をした英雄たちも、最初は皆怖がってた。自分には無理だって。戦えるようになるまで長くかかった人もいたし……。神界の事情を押しつけてるだけなのは分かってる……。ねぇ、飛鳥くんは戦うの、本当に怖くないの? 責任を感じさせたのなら、ごめんなさい」


 今にも泣き出しそうなほどに顔をくしゃくしゃにさせ、アーニャは頭を下げた。


 ──僕は何て大馬鹿者なんだ。


 彼女の肩を抱く。


「アーニャ、顔をあげて。……怖くないって言ったら嘘になる、かな。まだ記憶が曖昧だけど、戦いとは縁遠い生活をしてたのは確かだと思うし」


 アーニャは英雄だから心配してくれている訳じゃない。

 今までも、誰に対しても、相手のことを一番に考えて接してきたのだ。

 英雄としてではなく、一人の人間として。

 それなのにアーニャに好かれることばかり考えて、その癖、英雄として必要とされているだけなんて勝手に決めつけて。


 だから僕は、こんなにもアーニャのことを……。


 アーニャが顔をあげる。

 彼女のことを知る度にどんどん気持ちが強くなっていく。

 彼女のことが本当に愛おしくて、一緒にいると心が休まって。


「僕はアーニャを上位神にするって、アーニャの為に戦うって決めたから。だから心配しないで。きつい時はちゃんと言うし、ちゃんと頼るから」

「飛鳥くん……。ありがとう」


 アーニャの口元が綻んでいく。

 それがとにかく嬉しくて、飛鳥も一緒に笑った。


「そうだ、エミリアとの仕事のことだけど」


 落ち着いたところで、飛鳥は旧市街地での出来事を話した。

 貴族の孫が人を集め、帝国への反逆を企てていたこと。

 そして、不思議な力が付与されたエミリアの槍のこと。

 アーニャは『神ま』を膝に置き、真剣な表情で聞いている。


「……こんな感じかな。どう? 『神ま』に何か書かれてる?」

「うん。まずヴェステンベルク公だけど、かなりの大物だね」


 と、アーニャはページをめくった。


「皇帝派のトップで、この国で一番の大貴族みたい。先帝からの信頼も厚くて後継者選びの決め手にもなったんだって」

「そんな大物の孫が何でテロを? 何不自由なく暮らしてるでしょ? そういう人って」

「ごめんなさい、『神ま』でも人の感情までは……。書かれるのは事象だけだから……」


 口調が弱まっていくアーニャに、飛鳥はあたふたした。


「アーニャのせいじゃないし、凄い情報だよ! その人から皇帝に停戦しろって言ってもらえば救済に近づくんじゃないかな?」

「だね、それも方針の一つとして考えとこっか」


 それからアーニャは別のページを開いた。

 先ほどより幾分険しい表情をしている。


「それとエミリアちゃんだけど、『八芒星(オクタグラム)』の一員じゃないかな?」

「『八芒星(オクタグラム)』?」


 アーニャが頷く。


「国中の精霊使いから選ばれた八人からなる皇帝直属の特務部隊『八芒星(オクタグラム)』。以前は民間人が所属してたこともあったみたいだけど、今は軍人だけで構成されてるね」

「そいつらが使ってるのがエミリアが持ってた槍ってこと?」

「武器の種類は違うけど、まとめて伝承武装っていうエレメントとは別の方法で強化されたものを使ってるんだ」


 そこまで説明して、アーニャは『神ま』を閉じ、優しく微笑んだ。

 飛鳥が身を乗り出す。


「アーニャ? その伝承武装についても聞きたいんだけど……」

「今日はここまでにしよ。続きは明日道中で説明するね。本当にお疲れ様、飛鳥くん」

「あ……。うん、そうだね……」


 話に夢中で忘れていた疲れが一気にのしかかってきた。

 ゆっくり話ができて安心したのか、瞼も重い。

 アーニャから着替えを受け取り、飛鳥は浴場へ向かった。

 途中であることを思い出し、呟く。


「忘れてた……。今からベッドが二つある部屋は……無理だよなぁ……」


 諦め半分、覚悟半分で飛鳥はややふらふらしながら廊下を進んでいった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ