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一目惚れから始まる異世界終焉譚-ラグナロク-  作者: 宮井ゆきつな
第二章 イストロス編
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第49話 堕天の徒(3)

「終わるまで少し時間がかかるから、何だったら寝てなさい」


 アルベルトはそう言うと、レーギャルンを調べる為隣の部屋へ向かった。

 残された飛鳥の耳に時計の秒針が進む音が響く。

 言われた通り目を瞑り、飛鳥はティルナヴィアのことを思い出していた。

 イストロスに来てまだほんの数日だが、何だかかなりの時間が経ったように感じられる。

 アクセルにリーゼロッテ、マティルダ。

 皆、元気にしているだろうか。

 そんなことを考えながらうとうとし始めた飛鳥であったが、ある疑問が頭を過ぎり目を見開いた。


「ニーラペルシっ。聞こえるか? 聞こえてるなら出てきてくれっ」


 と、小声で叫ぶ。

 しばらく待っていると、床からホログラムのように半透明なニーラペルシの上半身だけが現れた。


「ニーラペルシチャンスが必要な状況には見えませんが、何が望みですか?」

「そうじゃない、神殿を出る前に聞き忘れたことがあるんだ」


 よく見ると、彼女の手にはクリームの付いたフォークが握られている。

 どうやらティータイムの最中らしい。

 だからなのかは分からないが、ニーラペルシは不機嫌そうに目を逸らしてしまった。

 気まずさを感じつつも飛鳥は続ける。


「えっと、あー……その……ティルナヴィアとイストロスの時間について聞きたいんだ」

「時間?」


 疑問を口にすると、返事はしてくれたが視線は逸らされたままだ。


「イストロスを救ってもティルナヴィアに戻ったら数十年数百年経ってましたじゃ意味がない。時間の進み方に差はあるのか?」


 だが、返ってきたのは沈黙のみ。

 ニーラペルシは口を固く結んでいる。


「頼む、教えてくれ。上位神は複数の世界の救済を同時に進めてるんだろ? なら──」

「私は上位神として一部の下位神と『救世の英雄』を管理しています。飛鳥、あなたもその一人です」

「……? それは前にも聞いたけど……?」

「管理者に質問する時には、それなりの態度というものがあると思いますが?」


 ……もしかして、怒ってる?


「きゅ、休憩してる時に呼び出して悪かった。……あ、ティルナヴィアで怒鳴ったのも謝るから」

「気にしていませんよ。私は有能な神ですので」


 めちゃくちゃ気にしてるじゃん。実は面倒くさいやつなのか?


「それで?」

「え?」

「あなたは地球にいた頃、そのような態度で質問をしていたのですか?」


 め、面倒くせぇ。神様ってもうちょっとこう、感情とかない超越した感じの……そうでもないか。神話に出てくるのも人間より人間ぽいし……。


「……ニーラペルシ、様。お願いします、どうか教えていただけないでしょうか……」


 絞り出すようにゆっくりと尋ねる飛鳥に、ニーラペルシはようやく視線を向けた。


「ティルナヴィアとイストロスの時間の進み方ですが、ほとんど差はありません。一年いて、ようやく一日差が生まれる程度です」


 良かった……。それなら一安心だ。


「私がいくら有能な神とはいえサービスはここまでです。次呼んだ時はニーラペルシチャンスと見なしますのでそのつもりで」

「はい……。すいませんでした……」


 飛鳥が頭だけ動かし謝ると、ニーラペルシは姿を消した。

 安心はできたが油断はできない。

 数ヶ月後にはティルナヴィアは春を迎え、ロマノーとスヴェリエの全面対決が始まる。

 エールとの同盟は破棄されてしまっただろうし、もし三つ巴になったらこちらが不利だ。

 それまでにメテルニムスを倒さなければならない。


 でも、今焦ったところで何も進まない、よな……。


 疲れと緊張が溜まっていたのだろう。

 すぐに飛鳥は寝息を立て始めた。


 数時間後──。


「飛鳥くん、起きて。検査終わったよ」

「んぁ……うん」


 伸びをしながら目を開けると、目の前にアーニャの顔があって。

 飛鳥は顔を真っ赤にし、ベッドから転げ落ちた。


「ご、ごめんなさい! 大丈夫!?」

「大丈夫だよっ。僕の方こそ、驚かせてごめん……」


 アーニャに手を引かれ立ち上がると、アルベルトの呆れた声が飛んできた。


「君たち、何をしてるんだい? 結果が出たからこっちへ来てくれ」

「はい、すぐ行きます……」


 アーニャと二人恥ずかしそうにアルベルトの元へ行くと、彼は書類を眺めながらお茶を飲んでいたが、


「ヘレンくん、これでもっと勉強しなさい」


 と、藪から棒に手帳を差し出した。


「あの、これは……?」


 困惑した様子を見せながらヘレンが手帳を受け取る。


「美味しいお茶の淹れ方をまとめたものだ」


 あっさりした調子で告げ、アルベルトは再び書類に目を落とした。

 ヘレンが涙目になりながら心底不安そうに問う。


「ま、不味かった……ですか……?」

「不味くはないが美味しくもない。さて、さっそく検査結果だが……」


 ヘレンの顔が更に歪むが、アルベルトは気にせず飛鳥へ目を向けた。


「まずはレーギャルンだけど、見たことのない物質でできている。何かの出力装置だということは分かったけど……。これをどこで?」

「レーギャルンは……た、旅に出る時にもらったんです。何なのかは説明がなくて……」

「ふむ……。まぁこの研究所にデータがないだけだからヴァラヒアにでも行ければ素材も分かるかもしれない。あぁ、自由に出歩けないなんて本当に腹立たしいな」


 アルベルトが唇を尖らせる。

 ヘレンはもちろん、アーニャも反応に困っているのか黙ったまま彼を見つめている。

 飛鳥は話を進めてもらおうと自身を指差した。


「ちなみに僕の……」

「あぁ、結論から言おう。君に魔法適性はない。驚くほどない。まさしく皆無だ」

「そこまで言わなくても……」


 真顔で断言され、肩を落とす。

 しかし、アルベルトは今度こそ苛立たしそうに書類で机を叩いた。


「けど、魔力に反応しないなんてどういうことだ?」

「ま、魔力に……反応しない……!?」

「じゃあ、あの時の雷は一体……」


 ヘレンが珍しく身を乗り出す。

 アーニャの表情も二人同様険しいもので。


「へっ……? どうしたんですか……?」


 一人蚊帳の外にされ飛鳥が戸惑っていると、アーニャが耳打ちした。


「この世界では魔法使いじゃない人でも魔力自体は持ってるの。ほら、ティルナヴィアもそうだったでしょ?」

「う、うん」


 つまり、レーギャルンだけでなく自分もイレギュラーな状態になっているようだ。

 アークが使えなくなったことやあの声と何か関係があるのだろうか。


 アルベルトはしばらく考え込んでいたが、


「君たち、もうしばらくヘレンくんの家にいなさい。僕に分からないことがあるなんて癪だからね」


 なんてことを言い出した。

 あんなにイライラしていたのに何故か笑顔だ。


「でも、私たち急いでるんです。早くメテルニムスを倒さないと……」

「自分たちのこともよく分かっていない状態で、しかも魔法使いでもないのに魔王に挑むなんて君たちはバカか?」


 正論を突きつけられ、アーニャが口をつぐむが、飛鳥は殺気を放ち始めた。


「僕はいいですけどアーニャにバカっていうのはやめてもらえませんか」

「飛鳥くん!? それはアクセルさん相手だけで十分だよ!?」

「とにかくだ、僕が納得いくまで君たちにはこの街にいてもらう。ヘレンくん、二人の世話を頼んだよ」

「は、はい……。と、とりあえず……今日は、か、帰りましょう……」


 研究家魂に火が点いたのか書物を取り出し始めたアルベルトへお辞儀だけし、出口へ向かおうとした瞬間。

 眩い光が飛び込んできたかと思うと、続けて爆発音と衝撃波が体を叩いた。


「うひゃあっ!?」


 仰け反るヘレンを受け止め、飛鳥とアーニャが身構える。

 机の下から這い出し、アルベルトが叫んだ。


「ああ!? 僕の研究室が!?」


 レーギャルンを調べていた部屋は瓦礫の山と化し、爽やかな風が吹き込んでくる。

 飛鳥たちがいた部屋も棚が倒れ、資料や茶葉の缶が床に散らばった。


「マスティヴァイス様!? 研究所は破壊しないと仰ったじゃないですか!?」

「そうだったかな? つい力が入りすぎたよ」


 現れたのは服がパツパツになっている太った男と聖職者のような真っ白いローブを着た男であった。

 ローブの男の方は翼が生えている。


「魔族……!? でも、どちらかというと天使っぽいような……」


 飛鳥が様子を窺っていると、男は天使とは程遠い凶悪な笑みを浮かべた。


「見つけたよ、女神アニヤメリア、それと『救世の英雄』皇飛鳥。私はマスティヴァイス。メテルニムス様からここ一帯の管理を任されている四大悪魔だ」

「なっ!?」

「四大悪魔!? でも、十年前には……!」

「こちらにも色々と事情があってね。今は私が四大の一人だ」


 飛鳥は息を呑んだ。

 頭の中に声が響く。

 ペルラと戦った時と同じ地鳴りのような声が響く。

 全てを壊せと笑い声が響く。


 レーギャルンは……瓦礫の下か!


 瓦礫に手を向ける。

 だが、アルベルトが飛鳥に待ったをかけ、アーニャたちを引っ張った。


「アーニャくん。君、防御魔法は使えるかい?」

「は、はい!」

「なら準備を。ヘレンくん、君もだ。何もしないよりはましだからね。さぁ、逃げるよ」


 アルベルトは早口で指示を出すと一瞬で魔法を展開し終えた。

 対して、マスティヴァイスは何もせずニヤニヤと眺めている。


「逃げるって……あの人を助けないと!」


 飛鳥が太った男を指差すと、アルベルトは首を振り破壊された壁に向かって走り出した。


「人のことより自分の心配をしなさい。やつは、マスティヴァイスは堕天の徒だ。僕たちじゃ戦っても死ぬだけだよ」

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