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一目惚れから始まる異世界終焉譚-ラグナロク-  作者: 宮井ゆきつな
第一章 ティルナヴィア編
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第5話 帝都を目指して(2)

「「凄い……!!」」


 ロスドンを出発してから数日、商業都市キーウ・ルーシに辿り着いた二人は目の前に広がる光景にただただ唖然とした。

 いたるところで露店が開かれ、人々が忙しなく走り回っている。

 戦争への不安や不満は感じられず、街中が活気に溢れていた。

 アーニャが『神ま』を開き、ふんふんと頷く。


「キーウ・ルーシは帝国内でも二番目に大きな街なんだって。帝都と南部、東部を結ぶ一大商業都市って書いてある」

「そうなんだ。とても戦争中とは思えないね」

「戦争中だからこそ、だよ。各地域への戦略物資はほとんどここを通ってるみたい」

「はー……戦時特需ってやつか……」


 きょろきょろと辺りを見回しながら、二人は街の中心へ向かって歩き出した。

 情報収集もだが、まずは今日の宿探しからだ。


「飛鳥くん、見て見て! あの屋台、何て食べ物だろう? 美味しそうだよね〜! あ! あっちも!」

「うん、後で食べに来ようか」


 飛鳥の言葉に、アーニャは満面の笑みを見せた。

 彼女の笑顔に鼓動が早くなる。


 はしゃいでるアーニャめちゃくちゃ可愛い……! これが普通のデートだったらもっといいのにな……。


 その後もアーニャは食べ物の屋台や飲食店を見つける度に楽しそうに目を輝かせていた。

 彼女の神殿で話していた時もそうだったが、やはり食べることが好きらしい。

 アーニャを見つめていると、街の喧騒を突き破るような女の悲鳴が響いた。


「誰か! その人を捕まえてぇ!」


 声の方を見ると、老婦が息を切らしながら必死に男を追いかけている。

 アーニャが鋭い目つきで身構えた。


「引ったくり! 飛鳥くん、おばあさんを助けよう!」


 しかし、飛鳥はアーニャの肩に触れ、道の端に避けた。

 アーニャが慌てて飛鳥の腕を掴む。


「ちょっと飛鳥くん何してるの!? 放っとくつもり!?」


 飛鳥は無言のまま男を眺めている。

 だが、男がしたり顔で二人の前を通り過ぎようとした瞬間、レーヴァテインで男の足を弾いた。


「うわっ!?」


 男が顔から地面に落ち、転がる。

 アーニャをその場に待たせ、飛鳥は男の目の前に立った。

 ナイフでも入れているのだろう、ポケットをまさぐりながら男が罵る。


「て、てめぇ……! 何見下してやがる! 正義の味方にでもなったつもりかこのヒョロガ──あがぁっ!」


 目にも留まらぬ速さでポケットの上からレーヴァテインを叩きつけ、手の骨を砕く。

 男が悲鳴をあげた。

 更に手の中でレーヴァテインを回し、脳天に一撃。

 今度は声をあげる間もなく、男は気絶した。

 皮の袋を取り上げ、追いついた老婦に手渡す。


「怪我はありませんか?」

「あ、ありがとうございます!」

「いえ、あの、そんな……」


 何度も礼を言われ、反対に飛鳥が恐縮してしまった。

 その時、警察官のような格好の男たちが近づいてくるのが見えた。

 飛鳥はアーニャに手招きし、走り出す。


「僕たちはこれで! ひったくりには気をつけてくださいね!」


 事情聴取に応じる暇はない。

 それに過剰防衛だなんて言われて捕まる可能性だってある。

 目的の妨げになる事態はなるべく避けたい。


「……ん?」


 一瞬、足が止まる。

 アーニャが不思議そうに尋ねた。


「飛鳥くん、どうかした?」

「……いや、ごめん、何でもないよ。早く逃げよう」


 今、視線を感じたような……。


 警察官とは違う、もっと鋭くて、獲物を狙う獣のような視線。

 気持ちの悪さを感じながらも、飛鳥はアーニャと共に路地に飛び込んだ。


 それから数時間後──。

 二人は疲れ切った様子で飲食店の椅子に座っていた。


「まさかどこも満室なんて……」


 飛鳥が椅子の背にもたれかかる。

 警察官をまいた後、宿を探し始めたのだが、どこも商人やそれ目当てにやってきた旅人でいっぱいだった。

 このままでは今夜は野宿だ。

 アーニャが運ばれてきた料理を取り分けつつ、飛鳥に声をかける。


「諦めるのはまだ早いよ! ご飯食べたらまた探そ? はい、飛鳥くんの分」

「うん……ありがとう」


 飛鳥もフォークとナイフを持つ。

 そこへ店員が申し訳なさそうに声をかけてきた。


「すみません、お客さん。相席してもらってもよろしいですか?」

「えぇ、もちろんです」


 アーニャが笑顔で応える。

 すると店員が礼を告げるのも待たず、一人の少女が椅子に腰を下ろした。


「にゃはは〜♪ デート中にごめんね、お二人……さん? 本当に相席して良かったの? 後から仲間が合流するとかじゃなくて?」

「仲間? 私たちは二人ですよ?」

「えっ!? じゃあこれ二人で食べるの!?」

「そうですが……?」


 少女は呆気に取られたようだ、口をポカンと開けている。

 気持ちは分からなくもない。

 たった二人なのに大盛りの料理がテーブルいっぱいに置かれているのだから。

 飛鳥は慣れって怖いなぁなんて呑気なことを考えつつも、少女をジッと見つめた。

 目が合い、少女がにへっと笑う。


 ウェーブ掛かった真っ赤なショートヘアに、炎のようなオレンジ色の瞳。

 見た目からして十三、四歳といったところか。

 身の丈以上の槍を壁に立て掛け、足をブラブラさせながら上目遣いで飛鳥を見つめている。


「じゃあ私もお金出すから一緒に──」

「あ、彼女は健啖家なので自分の分は自分でお願いします」

「えぇ!? マジで言ってる!?」

「マジです」


 ほんの少しだけ申し訳なさそうにするアーニャに、少女は笑顔で応えた。


「気にしないで! そうだ、自己紹介がまだだったね! 私はエミリア。ここで相席したのも何かの縁ってことでよろしくね♪」

「よろしくお願いします。私はアーニャ、この人はえっと……夫の飛鳥くんです」


 それを聞いたエミリアはパンッと手を叩いた。


「おぉ♪ カップルじゃなくて夫婦だったんだね♪ 仲良さそうで何より何より♪」


 アーニャの照れた顔を気にしつつも、飛鳥はエミリアから視線を離さない。

 いつもと違う飛鳥の様子に、アーニャは首を傾げた。


「飛鳥くん?」

「それでエミリアさん、僕らに何の用ですか?」


 飛鳥の声は暗く、冷たい。

 しかし、エミリアはあっけらかんと答えた。


「用なんてないよ? 店員さんに相席でもいいかって聞かれたからいいよって答えただけ♪」

「なら、どうして僕らを尾行してたんですか?」

「び、尾行?」


 飛鳥の問いに、アーニャがむせる。


「ふーん……」


 エミリアはにたりと口の端を釣り上げた。

 先程までの無邪気で人懐っこい笑顔ではない。

 人を値踏みするかのような、見た目に不釣り合いな笑いだ。


「思った通り、ただの旅人じゃないね。あんたたちの目的は何?」


 彼女の態度に、反射的に口調が強まる。


「質問しているのは俺だ。何故尾行していた? 答えろ」


 一触即発な状態の二人の間にアーニャが割って入った。


「あの! 私たちは怪しい者じゃなくて! えぇと……志願兵、そう! 帝国軍に志願したくてセントピーテルを目指してるだけなんです!」

「志願兵? じゃあスヴェリエの人間じゃないの?」


 エミリアが怪訝な表情で聞き返す。


「はい! 私たちはもーっと遠いところから来たんです!」

「それを証明できる?」

「うぐぅ……それは、難しいですけど……」

「とにかく、俺たちはセントピーテルへ行かなきゃならない。邪魔をするならお前を倒すだけだ」


 今すべきなのはロマノー帝国の中枢に近づき、戦争を終わらせる為の方法を探すこと。

 トラブルや戦闘はできるだけ避けたいが、魔眼が映したエミリアの情報──彼女は炎の精霊使いだ。

 そう簡単に諦めてはくれないだろう。

 飛鳥はレーヴァテインを手に取った。

 アーニャが飛鳥の腕にしがみつく。


「飛鳥くん落ち着いて! きちんと話を──」

「じゃあこうしない? 私の仕事を手伝ってくれたら信用してあげる♪」

「仕事?」

「うん! 飛鳥は荒事得意そうだし? お礼に宿も取ってあげるよ♪」


 エミリアの提案は魅力的なものだ。

 だが、飛鳥は態度を緩めない。


「待て。そもそも俺たちはお前の素性を知らない。お前こそスヴェリエの人間じゃないのか?」


 そう問うと、エミリアは得意気な表情を浮かべ、軍隊手帳と八芒星が描かれたミリタリーバッジを取り出した。


「それは帝国軍の……!」


 バッジは初めて見るものだが、手帳はモアが持っていたものと同じだ。

 つまりエミリアは──。


「あんな差別主義者たちと一緒にしないでほしいな〜。私はあんたたちが志願したがってるロマノー軍所属ってこと。どうする? 私への攻撃はロマノーへの攻撃ってことになるけど?」


 飛鳥が舌打ちする。


「……分かった。ただし、手伝うのは俺だけだ。先にアーニャを宿に案内してくれ」

「ちょ、ちょっと飛鳥くん!」

「うん、いいよ♪ 飛鳥は奥さん想いなんだね〜。にゃはは♪」

「会計は済ませておく。どこで待ってればいい?」

「この店の前で待ってて。アーニャを送ったら戻るから」


 飛鳥は頷き席を立った。

 エミリアがアーニャを連れていこうとするが、アーニャはどこか不安げで、不満げだ。

 飛鳥がアーニャの肩を叩く。


「アーニャ。その……ロスドンでも言ったけど、僕にとってはアーニャが怪我したりしないのが一番大事だから、すぐ戻るから、待っててほしい」


 アーニャは少しの間飛鳥を見つめていたが、突然ぐっと顔を近づけた。

 飛鳥の顔が真っ赤になる。


「ア、アーニャ!?」

「分かった。待ってるから、早く帰ってきてね。それと、無茶したら私でも怒るからね」

「……アーニャって怒るとどうなるの?」

「へっ? えーと……何か、凄い、うん、凄いことになるよ?」


 それに飛鳥が笑う。

 アーニャも恥ずかしそうにしているが微笑んだ。


「イチャイチャするのはいいけど、私にも都合があるし早くしてほしいんだけどなー」

「ご、ごめんなさい! じゃあ飛鳥くん、また後で!」


 アーニャはエミリアを追いかけながら、笑顔で飛鳥に手を振った。

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