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一目惚れから始まる異世界終焉譚-ラグナロク-  作者: 宮井ゆきつな
第二章 イストロス編
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第48話 堕天の徒(2)

 歳は三十前後といったところか。

 赤みがかったブラウンのアップバングに鼻筋が通った端正な顔立ち。

 着ている服もヘレンとは違い、きちんとサイズが合ったものだ。

 というより、見るからに材質もいいし、ところどころに金色の刺繍が入っていて、研究所内で特別な地位にいることを窺わせるものであった。

 尚も笑みを浮かべこちらを見つめるノルデンショルドに対し、崩れ落ちそうになるヘレンの体をアーニャが支える。


「お、終わった……。わ、私の人生、終わりました……」


 彼女のあまりの狼狽ぶりに、飛鳥はレーギャルンに手を添えた。


「そんなに怯えることはないだろう? ヘレンくん」


 ノルデンショルドがポケットに手を入れる。

 いつ攻撃されてもいいよう飛鳥はノルデンショルドから視線を外さない。

 しかし、少ししてやり辛そうに眉を寄せた。

 彼が魔族ではなく人間だというのが主な理由だが、それ以上に──。


 す、隙だらけだ……。


 余裕ありげな態度のせいで手練れの魔法使いかと思ったが、どうやら違うようだ。

 ティルナヴィアにいた時に比べれば自分も十分すぎるほど弱くなっているが、それでも何の問題もなく倒せてしまうだろう。

 何よりこちらにはアーニャもいる。

 魔族を呼ばれれば厄介だが、そんな時間を与えることもない。


 アーニャも彼に戦闘能力がないことに気が付いたのだろう。

 ヘレンを落ち着かせようと頭を撫でている。

 すると、ノルデンショルドがゆっくりと歩き出した。

 ヘレンが短い悲鳴をあげるが、


「どいてくれないか? 鍵が開けられない」


 彼はポケットから鍵を取り出し、扉を指差した。


「す、すみません……」


 アーニャに支えられ、ヘレンが素直に道を開ける。


「こんなところで話し込んでいたら警備に見つかってしまうよ。ちなみにここの警備は人間じゃないから気を付けることだ」


 それだけ言うと、ノルデンショルドはさっさと研究所の中に入ってしまった。

 三人はしばらく互いに見つめ合っていたが、


「い、行きましょうか……」


 ヘレンに促され、ノルデンショルドの後についていった。


「え、えと……こちらの方は、アルベルト・ノルデンショルド先輩……です。しょ、所長の息子さんで……特任研究員をされています……」


 相変わらずオドオドしながらヘレンが紹介すると、アルベルトはお茶を一口飲み、横目で彼女を見た。


「それだと、父さんのお陰で特任研究員になったように聞こえるなぁ」

「ひっ!? す、すみません! そ、そういうつもりは……」


 ヘレンが必死に否定すると、アルベルトが楽しそうに笑う。

 飛鳥たちがどう入ったものかと二人のやり取りを眺めていると、彼は勘違いしたのか棚の一つを指した。


「あぁ、これは失礼。お茶もコーヒーもそっちの棚に入ってるから好きに飲んでくれ」

「あの、ところで……」

「そうだね。まずは名前を聞かせてもらおうかな。この研究所に来た理由もね」


 アーニャが話し始めると、被せるようにアルベルトが質問する。


「えっと、どこから説明したらいいか分からないんですが……」


 言い訳を考えながら飛鳥が口を開くと、アーニャに押さえつけられた。

 苦しくなり、彼女の腕を握るが離してくれない。


「わ、私が話します!」


 興奮したアーニャの力が思った以上に強く、全く動かない。

 急にどうしたのかと酸欠でぼんやりし始めた頭で考える。

 だが、彼女の口から飛び出た言葉に耳を疑った。


「私はす、皇アーニャといいます! こっちは夫の飛鳥くんです!」

「ちょっと!? アーニャ!?」


 やっとの思いで腕を振り解き振り向くと、アーニャは真っ赤になっていて。


「ダ、ダーリンはちょっと黙っといてくださらないことかしら!?」


 おまけに彼女は訳の分からない口調で飛鳥にビンタをかました。

 威力が高すぎて視界が一回転半する。

 そこへヘレンが三人分のカップをトレーに乗せ戻ってきた。


「ご、ご夫婦、だったんですね……。な、仲がいいので……そうかなぁと、お、思ってはいたんですが……」


 アーニャが真っ赤なまま『えへへ』と笑う。


「そ、それでですね! お、夫の魔法適性とレーギャルンっていう……飛鳥くん! 早く出して!」

「わ、分かったから落ち着いて!」


 アーニャにまくし立てられ、飛鳥は急いでレーギャルンを机に置いた。


「十字架? アクセサリーにするには大きすぎるけど、これが何……ん!?」


 突然アルベルトが飛び退くように立ち上がり、距離を取る。

 何事かと飛鳥とアーニャは顔を見合わせた。


「あの……?」

「それは一体何かな? どこから持ってきたんだい?」

「レーギャルンが何か知ってるんですか!?」


 アルベルトが両手を上げ、首を振る。


「いや? でも天才の勘が触れてはいけないと告げているんだ。それは魔族への献上品かな?」

「いえ、魔族は関係ありません。これは飛鳥くんの武器? です」


 アーニャが答えると、アルベルトは不思議そうに眉を上げた。


「武器? それはもっと危険な封印のようなものというか……。ん〜、何かが封印された箱……。うん、これが一番適した表現かな。もちろん調べてみないとだけどね。でも、人間に持ち歩かせるなんて君たちの主人は危機感がないな。然るべき場所で厳重に保管した方がいいと思うよ。それはそういう類の代物だ」

「私たちは飼い人じゃありません。二人で旅をしてるんです」

「人間だけで旅? そう答えるように言われてるのかい? 特にメリットを感じないんだけど?」


 と、アルベルトが当然の疑問をぶつけてきた。


「そうじゃなくて、私たちはメテルニムスを倒す為に旅をしてるんです」


 途端にアルベルトの目付きが鋭くなる。

 アーニャはしまったと口を押さえた。

 この国で魔族を否定することは、国家の体制をも否定することになる。

 しかし、アルベルトの口から出たのは意外な言葉だった。


「ふぅん。魔王を倒す、か。──いいだろう、そういうことなら調べてあげるよ。君たちは運がいい! 何せ世界一の天才魔法研究家に出会えたんだからね!」


 そう告げ、アルベルトが心底楽しそうに笑う。


「急にどうして……本当にいいんですか……?」


 様子を窺うようにアーニャが尋ねる。


「あぁ、但し触りたくないから隣の部屋まで持っていってくれ。運んだら飛鳥くんは戻ってくるように。先に適性検査をやろう。ヘレンくん、機器の準備を頼む」

「は、はい……」


 アルベルトはやや早口でヘレンに指示を出し、ヘレンも頷くと隣の部屋へ行ってしまった。

 アーニャも彼女に続く。


「僕も準備しておくから、戻ったらそこのベッドに寝てくれ」

「分かりました……」


 レーギャルンを隣の部屋に移し、飛鳥がベッドに横になると、アルベルトは初期のカメラのような大きな機器の位置を調整した。

 彼がその機器に手を置き魔力を込めると、飛鳥を中心に何重もの光の円が広がっていく。


「少し立ち入ったことを聞いてもいいかな?」


 機器を弄りながらアルベルトが聞いてきた。


「はい、何ですか?」

「君たち、結婚してどれくらいだい?」

「えっ? に、二ヶ月弱……ですかね」


 嘘は言っていない。

 アーニャと出会ってから大体それくらいが経つ。

 だが、何故今そんなことを聞くのだろうか。


「僕は結婚していないからよく分からないけど、その時期が一番楽しいらしいじゃないか。なのに、何で君はそんなに辛そうな顔をしているのかな?」

「それは……」


 答えにくそうにしていると、アルベルトが手を止める。


「あまり本音を言い合えていないようだね」

「本音……」

「僕のように天才なら見るだけで大体分かってしまうけど、凡人は何と言ったら伝わるか必死に考え、実際に言葉にしないと理解し合えないものだ」


 アルベルトは驕るでもなく、馬鹿にするでもなく、当たり前のように述べた。

 自信満々すぎて逆に嫌味が感じられない。


「でも、それでアーニャに嫌われたら……僕は……」


 最悪の展開が頭を過ぎり、シーツを握りしめる。


「嫌われたっていいんじゃないかなぁ」

「は……?」

「そもそもだ、アーニャくんは本音をぶつけたくらいで君を嫌いになるような心の狭い人なのかな?」

「そんな訳ないでしょ!? アーニャはいつも優しくて……思いやりがあって……」


 思わず飛び起きると『検査中だよ』とアルベルトに肩を掴まれた。


「それと、一度嫌われたら終わりという考え方が間違っている。人間はそんな単純な生き物じゃない。嫌われたなら、もう一度好かれるよう努力すればいいだけの話さ」

「…………」

「騙されたと思って一度本音をぶちまけてみなさい。万が一ダメになったら僕も一緒に謝ってあげよう。この天才が頼めばもうワンチャンスぐらいもらえるさ」


 そう言って笑うアルベルトに、飛鳥も思わず笑ってしまった。

 自分を天才と信じて疑わない彼の態度もだが、何故か何とかなる気もして。


 僕が、本当に伝えたいのは──。

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