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一目惚れから始まる異世界終焉譚-ラグナロク-  作者: 宮井ゆきつな
第二章 イストロス編
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第47話 堕天の徒

 ペルラとの戦いから二日後、飛鳥とアーニャはアルデアル西部の街サラジュへやってきた。

 飛鳥の能力とレーギャルンについて調べる為だ。


「サラジュはイストロスでも一、二位を争う学術都市なの。世界中から学者や研究者が集められてるから、飛鳥くんの魔法適性やレーギャルンのことも分かるかも。アルデアルは魔族に従属してる国だからあまり目立った行動はできないけど……」

「それじゃあ、調べてもらう人は選ばないと、だね」

「うん……」


 辺りを警戒しながら進む飛鳥に対し、アーニャはどこか浮かない顔をしている。

 昨日のことを思い出し、俯いた。


 アルデアルは前回──ステラと旅をした時はほとんど歩くことのなかった国だ。

 ここサラジュも旅の中で魔法に興味を持ったステラが行ってみたいとせがんだが、救世を使命とする神と英雄に観光旅行など許される筈もなく。

 行ってみたい場所とか食べてみたいものとか自分にもあったが、心を鬼にし、拗ねて引きこもりモードに入ったステラを連れて泣く泣く神界へ戻ったというわけだ。


 そんなアルデアルで最初に訪れた村で問題が起きてしまった。


 この国に限った話ではなく、イストロスには宿らしい宿が存在しない。

 人間に移動の自由が認められていないからだ。

 魔族は基本的には領内で過ごしていて、時々旅をすることもあるが、そういった場合はそれぞれの町や村の長が寝床から食事、果ては金品まで用意するのが当たり前になっている。

 前回は来てすぐに魔族に抵抗する勢力と知り合えたから良かったが、本来人間だけで旅をするなど即通報からの裁判無しで死刑にされても文句が言えない世界なのだ。


 当然、昨日訪れた村でも疑いの眼差しを向けられ、それならと飛鳥が魔族の振りをしてくれたが、


『嘘をつくんじゃない! どこからどう見ても人間だろうが!』

『お前みたいな弱そうな魔族がいるか!』

『俺たちのことバカにしてるだろ! 舐めやがって!』


 なんて、責め立てられ、挙句の果てには警備をしている本物の魔族を呼ばれる始末となってしまった。

 それだけではない。

 ティルナヴィアの時と違い、最後まで夫婦と名乗ってくれなかった。

 たったそれだけのことなのに、とてつもなく寂しくて。

 自分がどれだけ彼を傷つけてしまったか改めて思い知らされ、胸が張り裂けそうになってしまって。

 どうしたらまた可愛いと言ってもらえるのか、どうしたら、また微笑んでもらえるのか。

 こんな状況なのに、そんなことばかり考えてしまって。


「飛鳥……くん……」


 先を行く飛鳥の背中が遠くに感じられ、思わず泣きそうになってしまった。

 すると、そこへ女の悲鳴が聞こえてきた。


「だ、誰か! そ、その人たちを捕まえて、ください! ど、泥棒です!」


 振り向くと、見るからにガラの悪そうな男が二人、皮製の袋を手に持ち向かってくる。


「どけどけぇ! どかねぇと怪我じゃすまねぇぞ!」


 片方がナイフを手に怒鳴るが、見過ごす訳にはいかない。


「何だか前にも同じことがあった気がするけど!」


 と、アーニャが剣を抜く。

 だが、彼女の真横をレーギャルンの雷撃が駆け抜け、男たちを撃ち抜いた。

 気絶した彼らを足蹴にし、飛鳥は皮の袋を拾い上げると追いかけてきた女に差し出した。

 袋を受け取り、女が何度も頭を下げる。


「あ、ありがとう、ございます……。こ、これ……今月のお給料、全部だったので……」


 コミュニケーションが苦手なのか、その女は視線を泳がせオドオドしながら礼を述べた。


 頭のてっぺんから毛先にかけて黄緑色と黄色のグラデーションが綺麗なボブヘアをしているが、残念ながら寝癖が一箇所。

 見た目に頓着が無いのか、白衣もサイズが合っておらず袖を折って着ている。


「あ……す、すみません。た、助けていただいたのに、名乗りもせず……。ヘレン・ヤンソンといいます……。えと……その……」

「いいえ、私はアーニャといいます。それでその、彼は……」

「皇飛鳥です。僕たち、訳あって旅をしていまして」


 ここでも夫婦と言ってくれなかったことに目を伏せるアーニャだったが、ヘレンの顔が段々と真っ青通り越して土気色になっていくのを見て眉を寄せた。


「と、ということは……ま、魔族のお、お連れ様でい、いらっしゃる感じでございますか……!?」


 ヘレンは口調までおかしくなってしまい、飛鳥とアーニャは慌てて否定した。

 どうやら人並み以上に魔族を恐れているらしい。


「い、いえ! 私たちは二人で旅をしてるんです!」

「へ…………? に、人間だけで……た、旅……?」

「その、色々ありまして……」


 返事に困っていると、魔族と一緒でないことは伝わったのか、ヘレンが再び頭を下げた。


「そ、それなら……よ、良かったら、お礼を……させてください……。私の家、ち、近くなので」

「いいんですか?」

「は、はい……」

「じゃあ、お言葉に甘えさせていただきます」


 ヘレンに従い歩き出したアーニャだったが、飛鳥に耳打ちされ、ハッと口に手を当てる。


「アーニャ。この人、学者っぽいよね? なら……」

「う、うん。この人なら大丈夫そうだね」


 そう言って笑顔を作った。


「あ、飛鳥さんの、魔法適性ですか……?」


 お茶を飲みながらヘレンが首を傾げる。


「はい。他にも調べてもらいたいものがありまして……どうでしょうか?」


 先ほどの魔族への怯えようといい、すぐに通報されたりはないようだ。

 すると、興味を惹かれたのかヘレンの顔がパッと明るくなる。

 その反応に飛鳥もアーニャも安心したように笑うが。


「ん〜〜〜〜〜……」


 次の瞬間には、ヘレンは考え込むように天井を見上げ、頭の中でどんなストーリーが展開されたのだろうか、最後にはベソをかき始めた。


「だ、大丈夫ですか……?」


 困惑し、アーニャが恐る恐る声をかける。


「あ……す、すみません……。研究所の人たちに見つかったら……どうしようと思いまして……」

「そう、ですよね……。無理を言ってすみません……」


 飛鳥が謝るが、ヘレンはぶんぶんと大きく首を振った。


「い、いえ……! 研究者たる者……お、怒られるぐらい……。……そ、その時は一緒に謝って……いただけると……」

「もちろんです。ありがとうございます」

「きょ、今日はうちに……泊まってください。あ、明日の朝、研究所に行きましょう……」


 渡りに船とはこのことだ。

 ヘレンの提案に飛鳥たちは改めて礼を述べた。

 それにしてもと、飛鳥は部屋を見渡す。

 彼女は『狭くてすみません』なんて言っていたがとんでもない。

 アーニャと一部屋ずつ使ってもまだ余るぐらいヘレンの家は広く、置かれている家具も中々に立派なもので。

 お金持ちのお嬢様なのかな、などと考えながら眺めていると、ヘレンが不思議そうに声をかけてきた。


「ど、どうかしましたか……?」

「いえ、すごく広くて綺麗な家だなと」


 ヘレンの顔が曇る。


「ア、アルデアルは……ま、魔族に従ってますから、他国に比べて、よくしてもらってるんです……。い、以前、モルダウと魔王軍でせ、戦争が起きた時も……こ、この国は魔法の知識や、ぶ、武器を提供していたので……」


 人間と魔族の戦争──アーニャとステラが来た時のことだろう。

 しかし、ヘレンが責任を感じる必要は無い。

 この世界は元々魔族に支配されていて。

 メテルニムスの言葉を借りるなら、その摂理を変えるのは非常に難しいことだ。


「早く人間が自由に暮らせるようになるといいですね」


 飛鳥の言葉に、ヘレンはしばらくぽかんと口を開けていたが、やがて嬉しそうに笑った。


「あ、飛鳥さんは……お、面白い方ですね……」


 そして、次の日の早朝。

 まだ薄暗い中を三人はなるべく音を立てないよう気を付けながら路地を走っていた。


「こ、こっちです……」


 ヘレンを先頭にしばらく進んだところで、真っ白い壁の立派な建物が目に飛び込んできた。


「すごい、こんなところがあったなんて」


 アーニャが呟く。

 感心し見つめていると、ヘレンが手招きした。


「あ、あそこが入り口です……。み、見つからないよう一気に……行きましょう……」


 頷き、扉の前まで走り抜ける。

 ヘレンが扉に手をかけたが、動かない取っ手に慌て始めた。


「あ、あれ……? 開かない……」


 そこへどこか楽しげな男の声が響いた。


「いやぁ、たまには宿直も引き受けてみるものだ。真面目だけが取り柄のヘレン君が不審者を招き入れる場面に出くわすとはねぇ」


 男の声にヘレンは固まり、どんどん青ざめていく。

 口をパクパクと動かし、まるで陸に打ち上げられた魚のようだ。

 思わず身構える飛鳥とアーニャであったが。


「ノ、ノノノノノルデンショルド……先輩……!?」


 震えながら振り向くヘレンに、ノルデンショルドと呼ばれた男は笑みを浮かべた。


「さて、何から聞かせてもらおうかな? 侵入者諸君」

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