幕間 魔族会議
ヴァラヒア──そこは、魔王メテルニムスが直接治める魔族だけの国。
ここに住む人間は皆、魔族に目を付けられ連れてこられた飼い人だ。
目が覚めてから眠るまで一切の自由がなく、言葉も主人である魔族が許した時にしか発することのできない、イストロスという世界を象徴するかのような国。
そんなヴァラヒアの南端、ヴラシエの森の最奥に、飛鳥たちの最終目的地──即ち魔王メテルニムスの居城は存在している。
そして今、魔王城の一室で円卓を囲み座る影が五つ。
メテルニムスとその側近、四大悪魔である。
四大たちはメテルニムスの言葉を待っていたが、突如彼女の顔が忌々しげに歪んだ。
「…………ペルラが死んだ」
呻くメテルニムスに、四大たちが反応する。
「メテルニムス様、今何と……!?」
最初に口を開いたのは、赤黒い肌の男であった。
頭部には真っ赤な髪と共に両側に巻き角が一本ずつ、そして前髪の間から三本、計五本の角が生えている。
インドの民族衣装であるクルタとドーティに似た服を身に纏ったその男へメテルニムスは視線を移した。
「私の判断ミスだ。アニヤメリアと皇飛鳥にペルラを倒す力はないと読み違えた私の罪だ。しかし、やつらはどうやってあれだけの軍勢を……」
「ご自分を責めないでください。あなた様がいる限り、ペルラは再び復活いたします」
「ラークラールよ、そういう問題ではない。力を取り戻した高揚感で私は状況判断を誤った。そこが問題なのだ」
メテルニムスに諭され、ラークラールと呼ばれた男が黙り込む。
「いずれにせよ、やつらには私たちに対抗できるだけの力があるということね。それで、やつらは今どこに?」
そう聞いたのは、胸元とスリットが大きく開いた黒いドレスを着ている女──キスキル・ナハトだ。
足元まで伸びた明るいブラウンヘアに垂れた眉と瞳。
一見大人しそうに見えるが、その瞳には寒気がするほどの殺気を宿している。
「アルデアルだ。恐らく前回同様、モルダウへ渡り国軍と合流しようとするだろう。あの場所からなら……一番近いのはサラジュか」
「あら、あの辺りはあなたの領内よね? マスティヴァイス?」
キスキル・ナハトに声をかけられたマスティヴァイスは面倒くさそうに肩をすくめた。
「そうだけど、もう少しヘルマンシュタットへ近付けば君の領地だ。そっちで何とかしてくれないか?」
聖職者が着るようなデザインの真っ白いローブを身につけたマスティヴァイスは、金色の長い髪をかき上げながら応えた。
その出で立ちも仕草も、他の面々とは異なり違和感さえ感じさせる。
彼の態度に、納得いかないといった様子でラークラールが睨み付けた。
「貴様、自身の領内で魔族が殺されたのだぞ? しかも神界の侵略者共にだ。四大として責任を感じぬのか?」
殺気が部屋を満たしていく。
しかし、マスティヴァイスは意に介していないようだ。
何も応えず、今度は爪を弄り始めた。
「マスティヴァイスッ!!」
「落ち着けよ、ラークラールの旦那。小僧は堕天の徒だ、俺たちとは根本の在り方が違う。そうだろう?」
激昂するラークラールを最後の一人、ファルスニールが宥める。
逆立った白い髪に、目元を覆う血のように真っ赤な一つ目が描かれた布。
上半身に纏ったマントと呼べるか怪しいボロボロの布の隙間から、鍛え抜かれた傷だらけの肉体が見える。
「それによ、キスキル・ナハトの姐さんだってアニヤメリアに会いたいんじゃないのか? 感動の再会だぜ?」
「別に? 私の好みじゃないもの、あの子」
笑うファルスニールに、キスキル・ナハトは否定したが、マスティヴァイスは同意を示した。
「そういうこと。私は君たちと違って死んだら終わり、メテルニムス様がいようがいまいが復活できないんだ。彼らがどんな力を持っているか分からないのに戦えなんて仲間に対してよく言えたものだ」
「都合のいい時だけ仲間面をするなッ!!」
マスティヴァイスの反論に、ラークラールが再び吼える。
だが、メテルニムスが怒鳴り声を上げ、拳を円卓に叩き付けた。
「いい加減にしろ!! お前たち!!」
四人はそれぞれ違う表情を浮かべたが、一様に口をつぐんだ。
「この世界は再び神界からの侵略を受けている。そのような時に何だお前たちは。私たちがやるべきことはただ一つ。アニヤメリアと皇飛鳥を倒すことだ」
「も、申し訳ございません……」
ラークラールが慌てて頭を垂れる。
メテルニムスは『ふんっ』と鼻を鳴らすと、マスティヴァイスの方を向いた。
「マスティヴァイス、サラジュにてやつらを迎撃せよ。だがお前の言う通り、私でもお前を復活させることはできん。故に死ぬまで戦えとは言わん。キスキル・ナハトに繋げられるようやつらの力を見定めよ」
「そういうことでしたら」
と、マスティヴァイスが立ち上がり頭を下げる。
「よいか、確かに私たちは以前よりも力を増した。だが慢心も油断も許さぬ。どうであれ、私たちが一度神界に敗れたのは事実だ。今度こそ、私たちの世界を守り通すのだ」
メテルニムスの言葉に四大全員が頷く。
その様子を彼女は満足げに見つめていたが、
「ところでメテルニムス様? 肉体が復元するまで後どれくらいかかるかしら?」
キスキル・ナハトにそう尋ねられると、少し考え込み、
「思いの外早く復元できそうだ。後百年といったところか」
と、答えた。
ラークラールが感嘆の声を上げる。
「だがステラの肉体もなかなかに居心地がよい。英雄の力も何かと便利だ」
「そう、ですか」
キスキル・ナハトはどこか歯切れが悪い。
しかし、メテルニムスは気づいていないようだ。
「では以上だ。領地へ戻り戦いに備えよ」
メテルニムスが閉会を告げると、四大たちは城を後にした。
「キスキル・ナハト。先ほどはどういった意図があってのものだ?」
城外へ出てすぐにラークラールが問いかけた。
キスキル・ナハトは言うべきかしばらく考え込んでいたが、
「メテルニムス様がステラ・アンシャールの肉体を使っているのに抵抗がある。私にはそういう風に聞こえたけど違うかな?」
マスティヴァイスに図星をつかれ、溜め息をついた。
「これは異なことを。英雄の力を吸収されたからこそ、俺たちもこうしてより強くなって復活できたのだぞ?」
「そうそう。それにステラ・アンシャールは君好みな見た目だと思うけど?」
ラークラールとマスティヴァイスに指摘され、キスキル・ナハトがげんなりとした表情を浮かべる。
「あのねぇ、前回私たちや他の魔族を殺し回った女の顔がずっと近くにあるのよ? メテルニムス様と分かっていても複雑というか……。あなたたちは何とも思わないのかしら?」
「「別に」」
二人の答えがハモり、キスキル・ナハトは心底呆れた様子で天を仰いだ。
「これだから男は……」
「おいおい、一括りにしないでくれよ姐さん。それより俺は皇飛鳥に興味が湧いてきた。何なら出向いてやろうか?」
キスキル・ナハトがすぐに首を横に振る。
「結構よ、うちの子たちが怖がるから。──まぁいいわ、精々死なないように頑張りなさい。マスティヴァイス」
「言われなくてもそのつもりさ」
そして、マスティヴァイスが翼を広げるのを皮切りに、それぞれが自身の領地へと帰っていったのだった。