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一目惚れから始まる異世界終焉譚-ラグナロク-  作者: 宮井ゆきつな
第一章 ティルナヴィア編
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第41話 告白

「私の……神格を……?」


 体の震えが止まらない。

 眩暈がし、視界がぼやける。

 胸が締め付けられ、うまく呼吸ができない。

 おぼつかない足取りでニーラペルシに近付こうとしたが、アーニャはその場に崩れ落ちた。


「何故、ですか……? 何故……私が……?」

「あなたは救世に失敗したと先ほど言った筈ですが?」


 ニーラペルシはあくまで淡々と、改めて告げた。


「あ、あなた様のお言葉でも納得できません! まだ……まだこの世界は何も変わっていません! 私たちの救世はこれからなんです! 失敗なんて……どういうことなんですか!?」


 大粒の涙を流しながらアーニャが叫ぶ。

 それでもニーラペルシの様子は変わらない。


「……返しなさいよ」


 リーゼロッテは拳を握り締め、ニーラペルシに飛びかかった。


「アーニャの神格も『神ま』も! 返せって言ってんのよ!」


 しかし、ユーリティリアと一緒にいた青髪パッツンにあっさりと押さえ込まれてしまった。


「駄目デスよ。神様に逆らっちゃ」

「痛ッ!? 離しなさいよこのバカ! チビ! おかっぱ頭!!」

「どれも違いマス。私は岳四葬(ユエ・スーズァン)。この世界を救う、『救世の英雄』デス」


 と、青髪パッツン──四葬がニコリと笑う。

 更にユーリティリアがリーゼロッテの髪を掴み、睨み付けた。


「あなた、何を考えてるの? 上位神様に逆らうなんて身の程を知りなさい」

「うるさい……!」

「はぁ?」


 リーゼロッテがユーリティリアの手を振り解こうと身を捩り叫ぶ。


「うるさいって言ってんのよ! 確かにアーニャはどこか抜けてるし、鈍感だし、すぐ私の尻尾をモフろうとするけど! でも、いつでも優しくて、暖かくて……! 少なくとも私とアクセルはアーニャと飛鳥に救われた!! 二人は失敗なんてしてないわよ!!」

「リーゼロッテ……ちゃん……」


 アーニャは嗚咽を漏らした。

 自分はまだまだ修行中の未熟な神だ。

 多分、下位神の中でも出来が悪い方なんだと思う。

 ユーリティリアのように素早く世界を救うことなんてできない。

 まして上位神になるなんて、考えることすらおこがましい。

 でも、そんな自分でも、誰かの支えになれたのがとんでもなく嬉しくて。

 こんな自分を、上位神にしてみせると言ってくれる、大切な人がいて。


 私、は──。


「助けて……。飛鳥くん……」

「任せてくれ、アーニャ」


 ニーラペルシが身を翻す。

 ほぼ同時に、雷撃が彼女の立っていた場所を穿った。


「あ……」


 こんな状況なのに、アーニャの顔から笑みが零れた。


「飛鳥くん……!」

「遅くなってごめん、アーニャ」


 飛鳥の言葉に、アーニャは思いっきり首を振る。

 そこへユーリティリアと四葬の悲鳴が響いた。


「きゃっ!? 何よ、これ!」

「重力操作! 大地のエレメントデスか!」


 二人の体が宙に浮かんでいる。

 その間を縫うようにアクセルが姿を現した。


「選ばせてやる」

「誰よ!? あなた!」


 ユーリティリアが問うが、返事はない。

 血のようにドス黒いエレメントを纏い、アクセルは一方的に告げた。


「せめて死に方ぐらいは選ばせてやるって言ってんだよ。さぁ、言え」


 彼の表情にいつもの敵を嘲るような笑みはない。

 あるのは、少しでも刺激を与えれば破裂しそうなほどに膨れ上がった殺意だ。

 リーゼロッテは慌ててアクセルの足にしがみ付いた。


「待ってアクセル! そいつらを殺しちゃダメ! そいつらは神界の連中なの!」

「神界の?」


 彼女の言葉にアクセルは怪訝そうに眉を寄せたが、少しして重力操作を解いた。

 ホッと息をつくユーリティリアたちを余所にニーラペルシが飛鳥を見つめる。


「あなたも元気そうで何よりです、飛鳥」

「どうして俺の名前を? いや、そんなことはどうでもいい。お前ら──」

「あぁ、初めて会った時あなたは死んでいましたからね。覚えていないのも無理はありません」

「死んでいた……? それって……!」

「私はニーラペルシ、上位神の一柱です。そして、貴方を『救世の英雄』に選んだのもこの私です」


 それに飛鳥は目を見開いた。


「お前が、俺を……」


 ニーラペルシが静かに頷く。


「だったら尚更この状況を説明してもらおうか。どうしてアーニャが泣いてる、同じ神なんじゃないのか!」

「そうですね。揃ったことですし、お話ししましょう。ですがその前に……」


 アーニャの『神ま』に視線を移すニーラペルシに、飛鳥は警戒心を強めた。


「飛鳥、あなたにいくつか聞きたいことがあります」

「聞きたいこと? 何だ」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「──ッ!!」


 ニーラペルシの問いに、アーニャは心臓を鷲掴みにされたかのように息を呑んだ。


「俺のアーク? そんなの『精霊眼(アニマ・アウラ)』で視たに決まってるだろう」

「そうですか」


 嫌……!


「では次に、あなたはティルナヴィア……自身が救うべき世界の文化や成り立ちを知っていますか? どんな問題があるのか把握していますか?」

「アーニャや周りの人たちが教えてくれたから大体はな。だからこそ今ロマノーとスヴェリエの戦争を止める為に動いてるんだ」


 やめて……言わないで……!


「えぇ、そうでしょうね。……次で最後です」


 ニーラペルシはアーニャの『神ま』を掲げ、尋ねた。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「ニーラペルシ様! 分かりました! あなた様の決定に従います! だから……だからそれ以上はおやめください! お願い……します……!」


 アーニャは地面に頭を擦りつけ、懇願した。

 彼女の態度に驚き、飛鳥がアーニャの肩を抱く。


「アーニャ!? どうしたんだ!? アーニャ!」


 だが、アーニャは泣いたまま顔を上げようとしない。


「飛鳥、アニヤメリアは──」

「お願いです!! 飛鳥くんには言わないでください!! 飛鳥くんにだけは……嫌われたく、ありません……!」

「何を言ってるんだ!? 俺がアーニャを嫌うなんて──」

「救世に失敗した影響で『神ま』を満足に読むことができなくなっているのです」


 何かが壊れる音がした。

 知られたくなかった。

 知られて、嫌われてしまったらと思うと言い出せなかった。

 そんな身勝手な理由で彼を裏切り続けてきた。

 彼は自分のことを信じてくれたのに。


 私は……どこまで自分勝手なんだろう……。


 飛鳥の手がアーニャから離れる。


「アーニャが、『神ま』を……」

「ごめん……なさい……」

「アーニャ……」

「ごめんなさい……、ごめんなさい……。でも、私は……」


 顔を上げることができない。

 彼の顔を見ることができない。

 怖くて怖くて、言葉が出てこない。


 しかし、飛鳥はニーラペルシへ視線を移し、頭をかいた。


「やっぱり、そうじゃないかと思ってたよ」

「…………え?」


 アーニャが思わず顔を上げる。

 飛鳥は自身の『神ま』に触れ、続けた。


「俺のはともかく、あんたらの『神ま』には救世に必要な情報が全て書かれてるんだろ? 実際、神殿から移動している間、アーニャは到着したらお互いの能力を確認しましょうって言ったんだ。でも着いてみたら俺のアークについてだけは教えてくれなかった。彼女は悪意を持ってそんなことする人じゃない。そうなると可能性は一つ。何かトラブルが起きたけど、俺を不安にさせたくなくて一人で背負い込んでしまった。それぐらいだろ」

「いつから……?」


 アーニャが呟くように聞くと、飛鳥はあっけらかんと答えた。


「んーと、ロスドンでロマノー軍に泊めてもらったでしょ? その時」


 ええええええええええ!? 嘘でしょ!!? 初日の出来事なんだけど!!?


「でも確信に変わったのはもっと後だよ。プリムラさんの庭園で話した時に『精霊眼(アニマ・アウラ)』のこと知らなかったから──」


 それでもこの世界に来て二週間と経ってないんだけど!!?


「じゃ、じゃあ……飛鳥くんはずっと……」


 飛鳥の表情を窺うが、そこにあったのはいつもの笑顔で。

 全身の力が抜け、アーニャはポカンとした。


「さて、それで?」


 飛鳥の口調が鋭くなる。


「さっき救世に失敗したって言ったな? まだ状況は何も変わってないんだ、何が失敗なのか具体的に説明してもらおうか」

「ティルナヴィアの救済に失敗したとは一言も言っていませんが?」

「何だと?」

「アニヤメリア、イストロスでのことは覚えていますか?」

「イストロス……私とステラちゃんが救った……」


 アーニャの言葉に、ニーラペルシが頷く。


 イストロス──それは、魔族が人間を支配していた世界。

 人間に自由はなく、魔族の為に生かされていた世界。

 その世界を救うべく選ばれたのが自分とステラ・アンシャールであった。

 彼女は臆病というより自分に自信がなく、英雄になってからの最初の一月は神殿の部屋から出てこようとしなかった。

 世界を救うなんてできないと嘆いていた。

 辛抱強い説得の末、出てきてくれたはいいが、何かある度に引きこもり、説得して連れ出し……その繰り返しの日々。

 だが、最後には魔族の頂点に君臨していた魔王メテルニムスを倒し、ステラは上位英雄となりニーラペルシの軍団に加えられた。


 でも、どうして今イストロスの話が……?


「メテルニムスは、完全には消滅していなかったのです」

「なっ──!?」


 アーニャは絶句した。

 今まで穏やかだったニーラペルシの表情が強張る。


「肉体は滅び、魂の大部分も失いましたが、僅かに残った魂がステラの肉体に隠れていたのです。そしてつい先日、力を取り戻したメテルニムスはステラの肉体を乗っ取り、私の軍団の英雄たちを殺害した後、イストロスへ戻ってしまったのです」

「そん、な……」


 気付けなかった……。私のせいで、ステラちゃんや他の英雄たちが……。


「それがアニヤメリア、あなたの──」

「おい、待てよ」


 飛鳥が口を開いた。

 ニーラペルシが怪訝そうな表情を浮かべる。


「何ですか?」

「お前はアーニャの上司なんだよな?」

「人間のような関係性ではありませんが、アニヤメリアは私の管理下にあります。ユーリティリアたちも、飛鳥、あなたもです」

「そうか……」


 飛鳥は肩を落とした後、大きく息を吸った。


「ふざけんじゃねぇ!!!」


 レーヴァテインを抜き、突きつける。


「どうしてその時にアーニャとステラを調べなかったんだ! 部下の仕事をチェックするのが上司の役目だろう!」

「ですから、私たちはあなたの言うような関係ではありません」

「黙れ! とにかく事情は分かった。アーニャの『神ま』を返せ、俺に考えがある」


 しかし、ニーラペルシは『神ま』を懐に仕舞ってしまった。


「返す訳にはいきません。アニヤメリアの神格は失われました。その子はもう神ではありません」


 レーヴァテインが黄金に輝き、激しい雷撃が迸る。

 そのままニーラペルシに斬りかかるが、見えない壁に阻まれてしまった。


「どこまでもふざけたことを! 返せって言ってるだろ!」

「無駄ですよ。今のあなたでは私に敵いませんし、どうにかできたところでアニヤメリアの神格は戻りません」


 互いに弾き合い、飛鳥は血が滲むほど唇を噛み締めた。


「だったら別の方法でやるだけだ。俺とアーニャをイストロスへ送れ。今度こそメテルニムスを倒して、ステラも取り戻す。それなら文句はないだろ」

「飛鳥くん!? 何を言って……!」


 アーニャが腕を掴むが、飛鳥は振り向かない。

 ニーラペルシも首を振った。


「そんなことが許されるとでも? あなたには他の下位神と共に救世の旅に出てもらいます」

「断る。アーニャ以外と組む気はない」


 聞く耳を持たない飛鳥にアーニャもニーラペルシも閉口してしまった。


「何故そこまでアニヤメリアにこだわるのですか? 飛鳥」

「それは……」


 口籠もる飛鳥にアーニャが不思議そうな表情を見せる。

 飛鳥は尚も悩んでいたが、意を決し、深呼吸すると真剣な顔で言い放った。


「そんなの決まってるだろ。アーニャのことが好きだからだ。初めて会った時からずっと……。アーニャが女神だからじゃない。俺は、一人の女性として、アーニャのことを愛している」


 一瞬、飛鳥が何を言っているのか、アーニャには理解できなかった。


 私のことを、愛している……?


 そんなこと、誰にも言われたことなかった。

 生を受けた意味も使命も、最初から決まっていて。

 それを達成し続けることだけを求められて。

 そんな私を、彼は。


「アーニャ、ごめん。俺は英雄なんかじゃない。俺はアーニャの力になりたくて、アーニャに好きになってもらいたくて戦ってきたんだ。どこまでも、自分勝手な理由で……」


 そんなことないと、アーニャは飛鳥を見つめた。

 彼はいつだってこの世界に住む人たちの為に戦って。

 この世界を救う為に力を振るって。


「神と英雄の恋愛……まぁ、よくある話ですが」


 限界まで勇気を振り絞った告白を聞いても、ニーラペルシの態度は変わらない。


「英雄とただの人間が救世の旅を行うなど聞いたこともありません」

「お前、本当に何も分かってないんだな。イストロスとステラを救えばお前の軍団の戦力を回復できる。仮に俺たちが失敗しても下位の英雄が一人死ぬだけだ。メリットの方が大きいだろ」


 それを聞き、ニーラペルシはしばらく黙っていたが。


「……仕方ありません、いいでしょう。望みはアニヤメリアの神格でいいですね?」

「それだけじゃない。イストロスの救済が終わったら俺たちをティルナヴィアに戻せ。この世界も俺とアーニャが救ってみせる」

「まだ望みますか、随分身勝手ですね」

「人間は神様なんかと違って自分勝手なんだよ」


 ニーラペルシが呆れたような態度を見せ、地面をトンっと蹴る。

 すると、空に黒い穴が開き、そこから光の柱が伸びてきた。


「こちらへ。世界を移動する際は神殿を経由する必要がありますので」


 飛鳥は頷き、アクセルたちの方を向いた。


「アクセル、リーゼロッテ。ごめん……。でも、必ず──」

「あぁ、さっさと行ってさっさと帰ってこい」

「……ありがとう」


 リーゼロッテがアーニャを立たせ、尻尾で彼女の顔を乱暴に撫でる。


「アーニャも! 必ず全部取り返して戻ってきてよ! じゃなきゃもうモフらせてあげないからね!」

「リーゼロッテちゃん……。うん!」


 頰を膨らませるリーゼロッテにアーニャが微笑む。

 それから飛鳥はカトルとクララの前に膝をついた。


「信じられないかも知れないけど、これが真実なんだ。俺たちは神界って別の世界から来て……。だから王になることもできないし、マティルダとの結婚も……。許してくれとは言わないし言えないけど、隠していて、本当にごめん……」


 だが、二人は跪き頭を垂れた。


「お早いご帰還をお待ちしております、我が王」

「戻ってくるまでに更に美味しいコーヒー研究しとくから飲んでねー」


 飛鳥はあたふたし、彼らに頭を上げるよう促した。


「二人ともやめてくれ……! 俺はエールの人たちを騙して……。なのにどうして……」

「マティルダ様のお言葉をお忘れですか? あなたには玉座が相応しい。僕も同意見です。いずれこの世界を離れる時が来るとしても、あなたは我が王です」

「マティルダちゃんには内緒にしとくから、戻ってきたらちゃんと言う、よね?」


 カトルもクララもそう言って笑う。

 敵わないなと飛鳥は手を差し出した。


「あぁ、きちんと伝えるよ。俺たちが戻るまでアクセルとリーゼロッテのことを頼む」

「かしこまりました。ご武運を、我が王」


 二人と握手し、アーニャへ声をかける。


「行こう、アーニャ」

「うん!」


 光の柱に入ると、柱がより一層輝きを放ち、体が宙に浮いた。

 ティルナヴィアに来た時と同じ黒い穴に吸い込まれていく。

 飛鳥は決意に満ちた表情でアーニャの手を握った。

今回で第一章完結です!

次回より新たな世界での戦いが始まります、引き続き応援よろしくお願いします!

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