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一目惚れから始まる異世界終焉譚-ラグナロク-  作者: 宮井ゆきつな
第一章 ティルナヴィア編
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第4話 帝都を目指して

 髪を手櫛で整えながら、アーニャはベッドに腰を下ろした。

 そして、『神ま』を開き一息つく。


「これが今回の世界か〜……」


 ティルナヴィア──。


 それがこの世界の、アーニャと飛鳥が救うべき世界の名前。

 二人が降り立ったのは、ティルナヴィア最大の大陸であるユートラント大陸、その中でも大国と呼ばれるロマノー帝国南部の町ロスドンであった。

 現在ロマノー帝国は南方のスヴェリエ王国と戦争状態にあり、飛鳥が退けた男たちは王国軍だったらしい。

 あの戦いの後、二人はこの街に駐留している帝国軍の部隊長モア・グランツに歓待され、温かい食事と風呂でもてなされたばかりか、血塗れになっていた服は洗濯してもらい、こうして暖房が効いた部屋のふかふかなベッドでくつろげているという次第だ。

 干してある飛鳥の服を眺め、アーニャは少しだけ頬を赤らめた。


『あのっ、僕ら旅行者で……新婚旅行中なんです! 僕は皇飛鳥、こちらは妻のアーニャです!』


 なんて、モアに身分を聞かれた飛鳥が答えてしまったからだ。


 やはり飛鳥はこれまでの『救世の英雄』とは大きく異なっている。

 今まで一緒に戦ってきた英雄たちにあんな風に言われたことはなかったし、そもそもここまであっさりと自分を信じてくれたのも彼が初めてだ。


 それに、これも……。


 『神ま』のページをめくる。

 先ほどと変わらず、飛鳥について書かれたページは黒く塗り潰されたままだ。


「飛鳥さんは、怖くないのかな……」


 迷いなく相手を葬る飛鳥の姿を思い出し呟く。


 『救世の英雄』といっても、最初から満足に戦える者の方が珍しい。

 前回一緒に旅をした英雄などは中々覚悟が決まらず、旅が始まってからの一月は剣を握るどころか部屋からも出てきてくれなかった。

 毎日食事を運び、扉の前で説得し、ようやく出てきてくれたものの、以降も何かあると引きこもる、説得するの繰り返し。

 しかし、それが普通の感覚だ。

 飛鳥のように平和な世界から来た者なら尚更。


 なのに……。


 拭いきれない不安を感じながら、アーニャは横になり空になっている隣のベッドを見つめた。


「ん~~……ダメダメ、私がちゃんと支えないとっと」


 足を上げ、ぱたぱたと揺らす。

 疲れを取るのもそうだが、むくみが出るのを避ける為だ。

 ただでさえ他の神々から『あんたって足太いわね』と言われ続けてきたのだ。

 過酷な旅の途中とはいえ、気を遣いたい。

 すると、扉が開き飛鳥が戻ってきた。


「あ、おかえりなさ──」


 だが、アーニャが言い終わる前に、飛鳥は勢いよく飛び退き壁に激突した。

 手で顔を覆い、下を向いている。


「す、すすすすみません! そういうつもりじゃないんです! 今度からはちゃんとノックしますから!」

「へっ?」


 と、アーニャは自分の体を眺め首を傾げた。

 暖房のお陰で着込む必要がなく、今はモアから借りたシャツとショートパンツだけという非常にラフな格好だ。

 そこから伸びる透き通るように白い足を指差しながら、飛鳥は謝り続けた。


「あの……別に変な恰好じゃありませんからそんなに気にしないでください。それより……」


 良かった、元に戻ったみたい。


 初めて会った時と同じ飛鳥の様子にアーニャはホッとした。

 『神ま』で能力が分からない以上油断はできないが、精神に異常をきたしているわけではなさそうだ。

 飛鳥に近付き目の前に座ると、気配を感じたのか彼は身を震わせた。

 アーニャは床に手をつき微笑みかける。


「おかえりなさいませ。あなた」

「…………」


 飛鳥からは何の反応もない。


「ふふっ、なんて♪ 夫婦らしく振る舞わないとですもんね。……ってあれ? 飛鳥さん?」


 呼びかけるも、やはり飛鳥は固まったまま動かない。

 少しして彼の手だけがずるずると下がっていき、その辺の酔っぱらいより真っ赤な顔が現れた。


「あのっ、えっと……その……」


 視線を合わせてくれない飛鳥を見ている内に、アーニャの顔も急激に赤くなっていく。


 うわああああああああああああああああああ! 私ったら何やってるの!? 何でこんなに浮かれてるの!? 今救世の旅の最中だぞもっとちゃんとしろアニヤメリア!!


 あまりの恥ずかしさに、心の中で自分を殴り飛ばす。

 あたふたしていると、急に飛鳥が床に頭を擦りつけた。


「ほ、本当にすみません! あの場ではあれしか思いつかなくって! でも……嫌、ですよね……。アーニャ様みたいに可愛い人が僕の奥さんなんて……」

「えっ!? い、いえ! そんなことありませんよ!」

「…………え?」


 飛鳥がきょとんとした表情で顔を上げる。


「た、確かに私たちは見た目の年齢が近いですし……その、いきなり英雄とか女神とか言っても信じてもらえないと思いますし……というか今までの旅ですぐに信じてもらえた試しがないので……。だから、あの場はあれがベストだと思います……。と! という訳で! この世界にいる間は飛鳥さんのことあなたって呼びますね!?」


 また何を言ってるんだろう私は!?


「ええ!? それはその、ちょっと色々と刺激が強いので……。飛鳥って呼び捨てでいいです……い、いいよ。僕もアーニャって呼びます、呼ぶから……」

「じゃ、じゃあそんな感じでお願いしま……。そんな感じにしようか……」

「う、うん……」


 そこでようやく視線が合い、どちらからともなく笑い始めた。


「もしかして神殿ではその……キャラ作ってた?」

「まぁ、神様だから威厳ある態度を見せないとなーって思って。素の私は嫌、かな……?」


 アーニャの質問に、飛鳥が物凄い勢いで首を振る。


「そんなことないよ! そっちの方が話しやすいからありがたいよ!」

「良かった。それじゃあ……」


 アーニャは立ち上がり、ベッドの間に机を持ってきた。


「今後の話をしよっか」

「そうだね」


 飛鳥もベッドに座る。

 本来であれば、まずは『神ま』に書かれた自分たちの能力について説明する場面だが、今はそれができない。

 アーニャは深呼吸した。


 怪しまれないように……。不安がらせないように……。


「飛鳥くんの能力についてだけど……ど、どう?」

「どうって……? 僕の能力は『神ま』で分かるんでしょ?」

「うっ……」


 仰る通りでございます……。本来なら……。


「えーっと……。いきなり戦闘だったし、『神ま』で見るより本人に聞いた方がいいかなーって……」

「確かに。その方が早いかもね」


 どうやら納得してくれたようだ。

 飛鳥が前髪を持ち上げる。

 宝石のような真紅に染まった飛鳥の右目にアーニャは息を呑んだ。


「それは……?」

「自分でもよく分からないんだけど……右目に情報が映ったんだ。それで戦い方や僕は雷が使えることが分かって、気づいたら飛び出してた。ごめん、勝手なことして……」

「そんな! 気にしないで。町の人たちも助かったし、飛鳥くんも無事だったし。でも、無茶だけはしないでね」

「もちろん! アーニャに心配かけないようにするね。それでこの目なんだけど、何? 『神ま』には何て書いてあるの?」

「あ、あー……それはー……」


 正直に伝えた方がいいのかな……? 飛鳥くんのページが読めないって。でも……。


「あ、飛鳥くんが分かりやすい単語で言うと……魔眼ってやつかな! ほら、地球にもそういう伝説があるよね!」


 自分でもおかしいと分かるくらいたどたどしく答え、アーニャは身を縮めた。

 それが伝わってしまったのか、飛鳥が真剣な表情で身を乗り出す。


「……アーニャ」


 バ、バレちゃった……!? でも……そうだよね。こんな曖昧な言い方……不自然過ぎるもん……。


「そっか〜! 魔眼かぁ! かっこいいよね、魔眼!」

「へ?」


 思いも寄らない言葉に、アーニャは間抜けな声を発した。

 飛鳥はというと、興奮しているのか目をキラキラと輝かせている。


「じゃあ僕に与えられたのは、自分と相手の力を見抜く魔眼ってことだね!」

「相手の力……? エレメントが見えてるの?」

「エレメント?」


 飛鳥の問いに、アーニャは頷いた。


「うん。この世界、ティルナヴィアにはエレメントっていう力と、それを使った精霊術が存在しているの。精霊術を扱うヒトたちは精霊使いって呼ばれてるみたい。エレメントの属性は七つあって、私は光、飛鳥くんは雷だね」

「それが見えるってことは、相手が次にどんな精霊術を使おうとしてるか分かるってこと?」

「そうなるね! 凄いよ飛鳥くん! さすがは『救世の英雄』だね!」


 飛鳥がベッドの傍に立てかけられた剣──レーヴァテインに目を向ける。


「つまり僕に与えられたのはこの魔眼と雷のエレメント、後はレーヴァテインか……。アーニャの能力は?」

「私は……」


 気まずさが増し、アーニャは目を逸らす。

 飛鳥が不思議そうにアーニャを見つめた。


「どうしたの?」

「私のは、光のエレメントとそれを使った治癒と補助の精霊術……だけでした……」


 どうして……? 私神様なのにこんな能力しかないなんて……。


 アーニャが落ち込んでいると、飛鳥は『そっか』と微笑んだ。


「それなら良かったよ」

「え……?」

「僕が前衛でアーニャは後衛。バランスもいいし、何よりアーニャが怪我しないのが一番だから」

「飛鳥くん……。あ、いや、一番はこの世界の救済だよ! それも飛鳥くんがいないとできないんだから!」

「じゃあ全部一番ってことで。ところで世界を救うって具体的には何をすればいいの?」

「それなんだけど、明確な基準がないというか、現地にいる私たちの裁量に任されてるの。私たちが正しいと思った行動を取って、最高神様や上位神様がそれを認めてくだされば救済完了、神界に戻れるようになってるんだ」

「……そんなの仕事じゃないじゃん……。最高神とか上位神とか何考えてんだよ……」


 飛鳥が不満げに呟く。

 そして、借りてきた地図を机に広げある街を指差した。


「まずはこの国の首都セントピーテルを目指そう。今の状況だと戦争を終わらせるのが一番だ。情報を集めて何とか政府や軍の中枢に近づかないと。スヴェリエ王国の方は、後々考えよう……顔が割れてるかも知れないし、そしたら敵対することになっちゃうし……」

「そうだね……。うん、私もそれがいいと思う」

「ありがとう。今日はしっかり休んで、明日すぐに出発しよう」


 そう言うと、飛鳥はベッドに寝転がった。

 その姿に改めて凄いなぁと思う。


「飛鳥くんは怖くないの? いきなり知らない世界で戦うって」

「うーん……神殿から落ちてる間は怖かったけど、今はワクワクが強いかなぁ。アーニャもいるし」

「そっか。何かあったらすぐに言ってね? 私一応女神だから!」

「もちろん。改めてよろしくね、アーニャ」


 飛鳥が少し顔を赤くしながら起き上がり、手を差し出す。

 アーニャはそれを笑顔で握り返した。

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