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一目惚れから始まる異世界終焉譚-ラグナロク-  作者: 宮井ゆきつな
第一章 ティルナヴィア編
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第35話 王家のしきたり(2)

 ロマノーとエールの同盟締結。

 周辺国の動向に、『外なる物質(ダークマター)』を操る水城のどかという予想外の戦力──まだまだ油断はできないが、大きな一歩と言っても決して過言ではない。

 スヴェリエとの全面対決まで残り数ヶ月。

 それを最後の戦いにし、和睦に向かわせる。

 このままいけば、きっと望む結果が得られる。


 筈だったのに……。どうして……。


 部屋に案内されてすぐに飛鳥は倒れ込むようにソファに座った。

 突如降って湧いたマティルダとの結婚話。

 曰く、レグルス家は決闘で結婚相手を、つまり次代の国王を決め、今日まで続いてきたそうで。

 自分とマティルダとの決闘には同盟を結ぶかどうかだけでなく、夫として相応しいかを測る意味もあったらしく。

 しかも自分は彼女に気に入られたようで。

 そこまではとりあえず良しとしよう。


 まぁ、嫌われて同盟なんて結ぶ訳ないだろおおおおおとか言われても困るし……。


 問題は三大臣や各集落の長たちまで受け入れてしまったことだ。一人を除いて。

 エールは人間嫌いの獣人だけの国というのは何だったのか。

 そもそも、それ以前に自分はマティルダと結婚することはできない。

 ティルナヴィアの救済が終われば神界に戻り、次の世界へ向かわなければならないからだ。

 この世界に留まることはできないし、何より──。


 アーニャの様子を窺おうと視線を動かすが、至近距離にクララの顔があって。

 彼女は何か言いたそうに口をモゴモゴさせていて。

 でも、慌てたり真っ赤になる元気もなくて。


「どうかした……?」

「喉乾いてない? 肩凝ってない? 痒いとこない?」

「…………コーヒー飲みたい」


 飛鳥はボソッと呟いた。

 すると、クララは一瞬渋い表情を見せたが、すぐにいつもの気怠げな態度に戻り、飛鳥の横腹をつついた。


「怨嗟の声を撒き散らす深淵の泉を望むとは……。さすがはきんぐー」

「深淵……? てか怨嗟って君がコーヒー苦手なだけだよね……?」

「の、飲める……もん……。とにかく、かしこまー」


 クララはその小さな胸を張り、勢い良く飛び立った。何故か窓から。

 彼女を見送り、カトルに声をかける。


「あの子はいつもあんな感じなんですか?」

「僕たちに敬語は不要です。もっと気軽に声をかけてください、我が王」


 だから王になる気もないし、なれないんだけど……。


「クララは人付き合いが少し苦手でして。気分を害されたのであれば代わりに謝罪いたします」

「そういう訳じゃありません。不思議な子だなって思っただけで……」

「ですから敬語はおやめください、我が王」

「……じゃあ、僕を王って呼ぶのやめてくれないか? 一応ロマノーの人間だし」


 それにカトルは笑顔のまま黙ってしまった。

 だが、目は笑っていない。

 何となく分かってはいたが、どう頼んでも無駄らしい。

 アーニャがカトルの方を向く。


「あのっ、聞いてもいいですか?」

「アーニャ様まで……。あなたはもう国王夫人、これからマティルダ様と共に我が王を支えていかれるのですから相応の態度でお願いいたします。それで、何でしょうか?」

「レグルスのしきたりに例外は──」

「ありません」


 食い気味に返され、アーニャは困ったように口を閉じてしまった。


「レグルスのしきたりが覆ったことは一度もありません。それに、僕個人としても我が王に即位いただきたいと思っています」

「どういうことです……ど、どういうこと?」

「マティルダ様を破ったその強さはもちろんですが、我が王は損得抜きに獣人を守ろうとしてくれました。カールソン氏への恩返しもそうです。僕たちアルキバの初代も当時の王の人柄に惚れ込み仕えるようになったと聞きます」

「つまり、カトルさんは飛鳥くんのことを……?」

「そこまで言わなければ分かりませんか?」


 アーニャはぶんぶんと首を振った。

 飛鳥が認められたのが嬉しいのか、どこか誇らしげだ。

 反対に飛鳥は益々申し訳なくなってしまった。

 やはり、どれだけ望まれても彼らの願いを叶えることはできない。

 俯いていると、羽音が聞こえクララが戻ってきた。何故かまた窓から。


「きんぐー。……むむむ……むー……」

「どしたの?」


 眉を寄せ唸る彼女に飛鳥は首を傾げる。

 それに対してクララは窓枠に乗ったまま尋ねた。


「何て呼ばれたい?」

「へっ?」

「マティルダちゃんはずっとマティルダちゃんなのだが……。きんぐは何と呼べば喜んでくれるのか……」


 何度目になるか分からないが、王になる気はないし、なることはできない。

 でも、彼女の気持ちは嬉しくて。


「飛鳥でいいよ」


 と、笑いかける。

 クララもにっこりするが、すぐに真剣な顔でコーヒーを差し出した。


「分かった、じゃあそれでー。さて、飛鳥。口開けて。飛鳥ならきっと乗り越えられるって信じてる……!」


 しかし、彼女が持っているのは湯気を立てる熱々のコーヒーだ。

 飛鳥は両手を出した。


「できればカップを渡してほしいんだけど……」


 クララは素直にカップを渡すと、飛鳥の周りを回り出した。


「次はどうする? 肩揉む? 空飛んでみる?」


 彼女は見た目もだが、性格もカトルとは正反対だ。

 落ち着いた雰囲気のカトルと違い、動いていないと落ち着かないらしい。


「大丈夫だよ、ありがとう」

「ん」


 頷き、クララはカトルの元へ駆け寄った。

 ようやく落ち着けるとカップに口を付けようとしたが。

 二人が扉の横でジッとしているのを見て、飛鳥は怪訝な表情を浮かべた。

 アクセルも監視されているように感じたのか、警戒するように彼らを睨み付ける。


「あ? まだ何か用か?」

「あなたに用はありません。我が王のお側に控えておくのは臣下として当然のことでしょう?」


 即座に合わないタイプだと判断したのか、アクセルは舌打ちした。


「二人も夜まで休んだらどうだ?」


 そう提案するが、カトルの顔が曇る。


「主を放って休むなど……我が王は僕たちが不要なのですか?」

「そうじゃなくて……」


 ここまで大事に扱ってもらえるのはありがたいが、四人で相談すべきこともある。

 飛鳥は少し考えた後、あえて闘気を纏い告げた。


「これは命令だ。休むことも仕事の内と心得てくれ。俺が呼んだ時に疲れた姿を見せる気か?」

「そう仰るのであれば。また後ほどお迎えにあがります」

「あぁ、頼む」


 カトルとクララはめいっぱい頭を下げ、部屋から出ていった。

 溜め息をつく飛鳥をアクセルが愉快そうに笑う。


「様になってるじゃねぇか。もしかしてお前、元いた世界じゃいいとこのボンボンだったりすんのか?」

「そんなんじゃないよ。ちょっとヴィルヘルムを真似てみたというか……」

「あ? やめとけ、やつは外道の魔王だ。てめぇみたいなお人好しとは根っこから違ぇよ」


 アクセルが発した単語が引っかかり、思い返す。

 あれは確か。


「そういえばアーニャ、覚えてる? ロスドンでスヴェリエの兵士が言ってたよね? 魔王の手先がどうとかって」

「もちろんだよ。大変だったよね〜……」


 いきなり全身に返り血を浴びせられたのを思い出し、アーニャと二人口をへの字に曲げる。

 だが、アクセルは呆れたように続けた。


「本当に何も知らねぇんだな。前も言ったろ、昔のロマノーは常に周辺国を気にしなきゃならねぇほど小さかったって。ヴィルヘルムはそれを一番簡単な方法で解決しやがった。『八芒星(オクタグラム)』を組織し、俺抜きでなぁ。それ以来、他国からは魔王なんて呼ばれて恐れられてんだよ」

「一番、簡単な方法……」


 その方法は言わずもがなだろう。

 アーニャは辛そうに目を伏せた。

 彼女の手を握る。


「ヴィルヘルムのことは一旦置いておこう。今はマティルダとの結婚を中止する方法を考えないと」

「だね……。ティルナヴィアの救済が終わったら飛鳥くんは神界に戻らないとだから、現地の人と結婚は無理だし……」


 アーニャが考え込んでいた理由が分かったのはいいが、やはりショックだ。

 現地の人だからとか、マティルダだからではなく。

 ふと、リーゼロッテと目が合った。

 リーゼロッテが『分かってるわ』といった表情で頷く。


「ねぇ、アーニャ。神界に戻るのもだけど、飛鳥がマティルダに取られて嫌じゃないの?」


 聞いていた飛鳥とアクセルは同時に咳き込んだ。


 いきなりそこ聞くの!? さっきのは何だったんだよ!?


「えっ? 取られるって、確かに飛鳥くんは私のパートナーだけど、私の物じゃないし……。ううん、物扱いなんて失礼だよ」


 飛鳥が『うぐぇ……』と嗚咽を漏らす。

 リーゼロッテは諦め気味に肩を落とした。


「だからてめぇはダメ神なんだよ」


 投げやりに言い放ち、アクセルは椅子の背にもたれかかった。

 突然悪口を言われ、アーニャが目を丸くする。


「ど、どういうことですか!?」

「アーニャ、こいつの言うことなんて気にしなくていいよ。とりあえずお前は表出ろ」

「上等だ」

「いやいやいやいや! 珍しくこいつが味方になってくれたんだから条件反射的に喧嘩売らないでよ!」


 ぎゃあぎゃあ騒いでいると扉がノックされた。

 開けると、そこにはアルネブの姿が。


「少しよろしいでしょうか、飛鳥様」

「はい、何でしょうか……?」


 彼女を招き入れながら尋ねる。

 アルネブは穏やかな態度で飛鳥たちを見渡した。


「他でもありません。皆様がロマノーに戻れるよう協力させていただきます」

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