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一目惚れから始まる異世界終焉譚-ラグナロク-  作者: 宮井ゆきつな
第一章 ティルナヴィア編
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第34話 王家のしきたり

 遠くから怒号にも似た声が聞こえる。

 あの声は確か三大臣の一人アンカーのものだ。


 勝った、のか……?


 飛鳥はゆっくりと周りを見渡した。

 視線の先には、うつ伏せに倒れているマティルダの姿があって。


「そうか、僕は……」


 安堵で全身の力が抜け、レーヴァテインが手から滑り落ちる。

 そのまま前のめりに倒れていく飛鳥の体をアクセルが受け止めた。


「何やってんだバカが。てめぇは勝ったんだ、今更倒れるなんて許されると思ってんのか?」

「ありがとう……」

「やめろ、気持ち悪ぃ」


 礼を伝えると、アクセルは舌打ちした。

 彼の態度に少しだけ口元が緩む。


「飛鳥くん!!」


 すぐ後ろからアーニャとリーゼロッテもやってきた。

 アーニャが飛鳥を抱き締める。


「すごい! 本当にすごいよ飛鳥くん! あっ! 手当てするから座って!」

「アーニャ、信じてくれて……ありがとう……」


 疲れ切った腕を上げ、飛鳥も彼女を抱き締めた。

 アーニャが優しく頷く。

 そこへ長たちが一人、また一人と観客席から下りてきた。

 彼らの表情に悔しさや失望はない。

 むしろ、それはマティルダへの侮辱だと言わんばかりに皆一様に口を固く結んでいた。

 その中から、雪のように真っ白な髪の小柄な老女がマティルダの元へ駆け寄り、彼女の頭を膝に乗せた。


「アルネブ……」


 マティルダが老女の名を呼ぶ。


「はい」


 と、アルネブは慈しむようにマティルダの頭を撫でた。

 アルネブの表情は子を見守る母親のようにとても優しいもので。


「すまない。余は……余は、負けてしまった……」


 マティルダの顔が酷く悲しそうに歪んでいく。

 泣くまいと唇を震わせている。


「何を仰るのですか。王として、立派なお姿でしたよ」


 アルネブは彼女の頬に触れ、優しく囁いた。

 すると、マティルダは大粒の涙を流しながら、声を殺し泣いた。


 数時間後、二人の手当てと休憩を終え、一行はエール王城の会議室に集まった。

 やはりヴィルヘルムの宮殿とは大違いだ。

 質素な造りになっていて、豪華な調度品なども置かれていない。

 長いテーブルの片方にはマティルダとアルネブ、アンカー、キタルファの三大臣が座り、壁際には長たちが立っていた。

 飛鳥たちは反対側に腰を下ろし、マティルダが話し出すのを待っている。

 だが、キタルファだけ真っ青な顔でやたらと汗をかいているのを見つけると、思わず声をかけた。


「あの、大丈夫ですか……?」

「う、うるさい! 人間に心配される筋合いはないわ!」


 彼はハンカチでゴシゴシと顔を拭き、俯いてしまった。

 マティルダが口を開く。


「飛鳥よ! 貴様の戦いぶり、真に見事であった! 余の完全敗北というやつだ!」


 と、豪快に笑った。

 彼女はとても嬉しそうで。

 これなら問題なく交渉できそうだ。

 飛鳥は続きを急かすように身を乗り出した。


「それじゃあ……!」

「あぁ!」


 良かった。これでロマノーとエールの同盟が成立する。後は……。


 胸を撫で下ろす飛鳥であったが、マティルダから飛び出た言葉に唖然としてしまった。


「レグルスのしきたりに従い、余は貴様の妻となろう!!」

「…………はい?」


 飛鳥だけではない。

 アーニャもアクセルもリーゼロッテもぽかんと口を開けている。

 直後、キタルファが雄叫びを上げ、机に突っ伏した。


「だから決闘なんて反対だったんだああああああああああああああああああああ!! よりにもよって人間となんて…………先代に何とご報告すればよいのだあああああああああああああああ!!!」

「ありのままをご報告すればよかろう。王家はそうやって続いてきたのだぞ」

「やかましいわアンカー!! お前はそれでよいのか!? アルネブもだ!!」


 話を振られたアルネブは微笑むばかりで、悠然と構えている。


「私はマティルダ様のご意思に従うまでです」

「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ……!! 姫様!! 姫様はよいのですか!!? エールの王位に人間が就くのですぞ!!? こんなことは前代未聞──」

「うむ! よい!!」

「何でだああああああああああああああああああああああああああああああ!!!???」


 キタルファは頭を搔きむしり、椅子から転げ落ちてしまった。

 その姿に、長たちは苦笑いを浮かべている。


「今宵は前祝いだ! とびきりの馳走を用意する故楽しみにしていろ、飛鳥! アルネブ、アンカー、キタルファ。婚礼の儀から戴冠式までの段取りを任せるがよいか?」


 アルネブとアンカーは力強く返事をしたが、キタルファは倒れたまま泡を吹いている。

 しかし、マティルダは気にしていないらしい。

 するとそこへハマールが近付き、恭しく頭を下げた。


「マティルダ様、おめでとうございます。では我々は集落へ戻り、マティルダ様のご成婚と新王の即位を皆に伝えます」


 それにマティルダが首を横に振る。


「何を言うかハマール! まだ正式な日取りも決まっていないのだ、伝えるのは明日でよい! そななたちも今宵の宴に参加せよ!」

「ありがとうございます。では、そのようにいたしましょう」


 ハマールがそう言うと、他の長たちも深々とお辞儀をした。

 そんな和やかな空気が流れる中で、飛鳥はようやく隙を見つけ立ち上がった。


「いや、あの! ちょっと待ってください! 僕とマティルダが結婚ってどういうことですか!? 僕らは同盟締結の為に来ただけで……」


 アーニャたちもうんうんと頷いている。

 エールを頼ったのはスヴェリエへの対抗手段の一つで。

 そもそも今まで結婚のけの字も出ていなかったのに、いきなりどういうことだろうか。

 ちゃんと同盟締結してもらえるのだろうかと飛鳥は軽くパニックになってしまった。

 対して獣人側は『こいつ知らないのか?』とでも言いたげに不思議そうな表情を浮かべるが、マティルダが喜色満面で告げた。


「もちろん同盟も結ぶぞ! 安心せよ、我が夫よ! 結婚のことだがレグルスは代々女系の家でな! 決闘で結婚相手を決めているのだ!」

「はぁっ!? でも、僕らの決闘はそういう意味じゃ……」

「そういう意味も含めてだ!」


 キタルファがあれだけ駄々をこねていた理由がやっと分かった。

 娘のように可愛いマティルダが結婚相手の候補にと人間を連れてきたら、是が非でも止めようとするのは当然だ。

 マティルダが近付いてくる。


「飛鳥よ、立て」

「え? う、うん……」


 言われた通りにすると、彼女は鼻先を飛鳥の顔にくっつけた。

 猫がよくやる鼻ちゅーというやつだ。


「「うわああああああああああああああああああああ!!??」」


 飛鳥とキタルファが同時に叫び声を上げる。


「うむ! これでよい!」

「よくないだろ! しきたりだからって無理に結婚することは──」

「無理にではない! 余は貴様を結構気に入っているぞ? 民を守る為に先頭に立ち、力を振るう。それはまさしく王の姿である! 飛鳥よ、貴様には玉座が相応しい!」


 戸惑う飛鳥を前にマティルダは心底満足そうに『ふふっ』と無邪気に笑った。

 この場でその笑顔を壊すほど鬼畜ではないし、そんなことはしたくない。

 それに機嫌を損ねて同盟を破棄されては元も子もない。


「宴まではゆっくり休むがよい。カトル、クララ。飛鳥たちを部屋へ案内せよ」

「はっ」

「かしこまー」


 初めて会った時の態度はどこへやら、二人は飛鳥の前に膝をついた。


「改めまして、カトル・アルキバと申します。これまでの無礼をどうかお許しください、新たなる我が王」

「だから……僕は王にも夫にもなる気は……」

「まいにゅーきーんぐ、よろよろー」

「えぇと……」


 見渡すと、新王の誕生を歓迎し、皆嬉しそうにしている。

 飛鳥は心の中で頭を抱えた。


 何でだ……何でだあああああああああああああああ!? 何でこんなに歓迎ムードなんだよ!? 少しは抵抗を見せてくれよ! エールの人たちって人間嫌いなんだろ!? キタルファの態度が正しいんじゃないのか!? 何あっさり受け入れてくれちゃってるの!?


 そして、恐る恐るアーニャたちの方を振り向く。

 アーニャは何か考え込むように飛鳥を見てはいるが、気分を害した様子はない。

 正直それが一番ショックだ。

 リーゼロッテは気持ちを理解してくれているのか、ハラハラとした表情で状況を見守っている。

 最後にアクセルだが、はっきりと顔に『面白くなってきたぜ』と書いてあって。

 飛鳥はぐったりと肩を落とし、カトルたちに連れられ会議室を後にした。

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