第33話 撃退、そして
飛鳥とのどか、互いのエレメントが真正面からぶつかり、聞いたことのない呻きや叫び声のような低く不気味な音を発した。
だが、先ほどまでと違い飛鳥の雷は消えない。
それにのどかは愕然とした。
「どうして……!?」
「はあああああああああああああああ!!」
飛鳥の怒りに応えるようにレーヴァテインが輝きを増す。
そして、遂には『外なる物質』を打ち破った。
のどかの顔が真っ青になり、彼女はその場に崩れるように座り込んだ。
震える唇で飛鳥に問いかける。
「何で……どうして!? 『外なる物質』は、七属性のエレメントでは……!」
「お前が自分で言ったんじゃないか。世界は小さな物質の集合体だって」
強い脱力感に耐えながら飛鳥は答えた。
「え……?」
「確かに『外なる物質』は、本当ならこの世界に存在しないものだ。俺がいた世界でも正体は分かってない」
「俺がいた世界……? あなたは、何を言って……?」
「でも、こいつが教えてくれた。『外なる物質』は間違いなく物質の一種だ。俺の力ならその電子に干渉できる」
そう言って『精霊眼』を指す。
理解ができないのか、のどかは青ざめつつもキョトンとし、黙ってしまった。
両手も地面に投げ出し動こうとしない。
どうやらこれ以上戦う意思は無いようだ。
そこへ背後からマティルダの怒鳴り声が聞こえてきた。
「せりゃあッ!!」
マティルダの一撃が恭介の体を焼き、押し飛ばした。
それでも恭介は声一つ上げず、マティルダを見据えている。
その瞳に恐怖はない。
感情が読み取れないほどの冷たさ、冷静さを湛えていた。
「どうした焔王!! 先ほどまでの威勢はどこへいった!!」
「いちいちうるさいぞ、劣等種が」
恭介が一瞬でマティルダの懐に飛び込み剣を振るう。
しかし、太刀筋が見えないほどのその斬撃を彼女は片腕で軽々と受け止めてみせた。
「その程度かッ!!」
返す刀で蹴りを放つ。
防御しようと恭介の体から炎が噴き上がるが、豆腐でも砕くかのようにあっさりと貫いてしまった。
「ぐっ……!」
壁に叩き付けられ、恭介が息を漏らす。
マティルダは獰猛な笑みを浮かべ、彼を見下ろした。
「歯応えのない。大陸最強の名が泣いているぞ、焔王」
「他の者が勝手にそう呼んでいるだけだ。そんな安い名で良ければくれてやる」
「減らず口を!」
彼の言葉にマティルダは眉を吊り上げ追い打ちをかける。
だが、それが恭介に届くことはなかった。
「──ッ!?」
マティルダの腕が斧ごと宙を舞い、光の粒子に分解され消えた。
忌々しげに恭介を睨み付ける。
「貴様ぁ……!」
すぐに光が集まり腕が復元されるが、マティルダの顔は苦痛に歪んでいて。
恭介は合点がいったとでも言いたげな態度を見せた。
「その体はお前より強度の低いエレメントでは完全には破壊できないか。俺の炎ではお前の光を断つことはできないらしい」
「当たり前だ! 人間如きが余に勝てると思ったか!!」
「勝ち負けじゃない。俺はお前を殺すと何回言わせる気だ?」
煌々と燃える炎がマティルダの胸を真一文字に斬り裂いた。
しかし、彼女もただでは倒れない。
「ぐっ! ……このッ!!」
両の拳を合わせ、恭介を地面に打ち付けた。
「がっ!」
「まだだッ!!」
更に踏み潰そうとするが、膝から先を断たれ地面に倒れ込んだ。
それもすぐに復元されていく。
マティルダは悲鳴を上げまいと歯を食いしばった。
恭介がふらつきながらも指摘する。
「やはり、痛みまでは誤魔化せないようだな」
「それがどうした!! 体が砕けぬ限り死ぬことはない!! 貴様では余を殺すことはできんぞ!!」
すると、恭介はマティルダの喉元へ剣を突き立て、自身の頭を指差した。
「知らないのか? 肉体は脳に支配されている。例え肉体に傷一つなかったとしても、脳が死んだと認識すれば生物は死を迎える」
今度こそマティルダは叫び、もがき苦しんだ。
「後どれだけだ?」
「何……だと……?」
「お前には既に十分なダメージを与えた筈だ。なのにお前はまだ死んでいない。後どれだけ斬り刻めばお前の脳は死を受け入れる?」
恭介はそう言って、突き立てた剣を捻った。
マティルダが益々苦悶に満ちた表情を浮かべ、手足をバタつかせる。
その姿に、恭介はうんざりしたように溜め息を吐いた。
「仕方がない。ならば死ぬまで斬るだけだ」
剣を抜き、マティルダを蹴り飛ばす。
そして、彼女の頭を潰そうと剣を振り被るが、
「焔ぁ!!」
飛鳥が間に割って入り、レーヴァテインを打ち当てた。
鮮血と共に恭介がよろめく。
だが、すぐに踏み止まり顔を上げた。
「……のどかを退けたか。俺としたことがお前を見くびっていたようだ」
流れる血を拭いもせず、恭介は一飛びでのどかのそばに移った。
「皇飛鳥、お前も秩序ある世界の敵だ。自身の感情だけで相手に刃を向けるなど間違っている。それでは獣人と同じだ」
「お前に言われたくないな。スヴェリエ王の命令だけが戦う理由? 自分の意見もなく、獣人を理解しようともしないお前を俺は許さない」
「そうか。──皇飛鳥、マティルダ・レグルス。その命、しばらく預けておく。だが今回だけだ、次こそは必ず断ち斬ってやろう」
初めて会った時と同じように、恭介は飛鳥たちを睥睨した。
炎の渦が恭介とのどかを取り囲む。
「負け惜しみを!! いつでも掛かってくるがよい!! 余は逃げも隠れもせんッ!!」
マティルダが咆えるが、飛鳥はそれ以上何も言わず彼らを見つめている。
渦が天に向かって昇ると同時に恭介たちは姿を消してしまった。
それを見届け、マティルダが大きく息を吐く。
「さて、飛鳥」
「あぁ」
妨げるものがなくなった以上、やるべきことは決まっている。
頷き、飛鳥は雷を纏った。
直後、キタルファとアーニャが観客席から身を乗り出した。
「姫様ぁ!」
「飛鳥くん!」
呼び掛け、二人が顔を見合わせる。
「とにかく! 決闘は中止です! 早く治療を!」
「そうだよ飛鳥くん! そんな状態で戦うなんて無茶だよ!」
しかし、返ってきた答えは。
「いらんッ!!」
「アーニャごめん。ここでやめるつもりはない」
「「何で〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!?」」
アーニャたちの悲鳴を無視し、マティルダが拳を握る。
あれだけの戦いを繰り広げておきながら彼女のエレメントはまだまだ健在だ。
民を守り、外敵を倒す。暖かさと苛烈さの両方を備えたエレメントが高まっていく。
飛鳥はレーヴァテインを左逆袈裟に構え、重心を下げた。
「行くぞ!! 飛鳥!!」
「其の動くこと」
同時に全力で地面を蹴る。
「おおおおおおおおおおおおおおお!!」
「──雷霆の如し!!」