第32話 未知の力
マティルダは雄叫びと共に斧を振り下ろした。
遅れてやってきた衝撃波と轟音に殴られ飛鳥が叫ぶ。
「待て! 前に出過ぎだ!」
マティルダから返事はない。
代わりとでも言いたげにのどかがレイピアを手に向かってきた。
突きを躱し、斬りかかる。
だが、彼女は瞬息で斬撃に切り替えレーヴァテインを受け止めた。
その細腕からは想像もつかない膂力だ。
押し負けないよう飛鳥は一歩踏み込んだ。
「そこをどけ!」
「どきません。恭介の邪魔はさせません」
お決まりのようなやり取りをし、互いに剣を弾く。
のどかは距離を取ると、レイピアを地面に突き立て呪文を唱え始めた。
『精霊眼』が反応する。
そして、彼女が唱え終わるより早く精霊術の効果や威力、範囲といったあらゆる情報を読み取ってしまった。
脳に刻まれた情報を元に雷撃を放つ。
それらはのどかの周りに生成されつつあった氷の矢を一つ残らず砕いた。
「なっ!?」
のどかの動きが止まる。
その隙をつき、飛鳥はレーヴァテインを振り被った。
慣れとは恐ろしいものだ。
幸か不幸か、この世界に来てからこっち出会ったのは第八門と呼ばれる規格外の精霊使いや彼らに類する強力な者ばかりであった。
彼らから読み取った情報は全て記録されている。
それに比べると、のどかのエレメントは酷く脆く、弱い。
このレベルなら。一気に片を付ける!
「咆哮せよ──」
雷を纏い、レーヴァテインが黄金に輝く。
のどかは何を思ったのか、レイピアを納め両手をかざした。
「あまり使いたくなかったのですが……。仕方ありません」
「レーヴァテイン!!」
飛鳥は全力でレーヴァテインを振り抜いた。
荒れ狂う雷が渦を巻き、空間ごと喰い千切るように駆けていく。
しかし、のどかの目の前でフッと消えてしまった。
「ッ!?」
飛鳥は絶句した。
防がれた訳でもなければ、吸収された訳でもない。
文字通り消滅してしまった。
「一体、何が起きて……。痛ッ!」
突然鋭い頭痛に襲われ、飛鳥はよろけた。
『精霊眼』が『何か』を捉えたが正体が掴めない。
何なんだ、これは……!? 今、視えたのは……!
強烈な吐き気を覚え、膝をつく。
飛鳥の様子にのどかは眉をひそめた。
「まさか、この力を感じ取れているんですか……?」
いつもと同じように脳に直接ペンを走らせるように情報が書き込まれていく。
言語化、数値化され『何か』の正体が示されるが、読み解くことができない。
読める筈なのに理解することができない。
触れてはならないと全身の細胞が拒絶している。
知ってはならないと意識が閉じようとしている。
「くそっ……これじゃ……!」
レーヴァテインを握り締め、崩れ落ちそうになる体を必死に支える。
「が……はぁっ……!」
「いえ、感じられる筈がありませんね。獅子王に味方した以上、あなたたちもここで終わりです。最後に少し話をしましょう」
「な……に……?」
「皇飛鳥、あなたはこの世界がどのようにできているか知っていますか?」
「世界、が……? どういう意味だ……!」
のどかは頷き、厳かな態度で続けた。
「この世界は目には見えない小さな物質の集合体です。そして、それらは四つの力によって成り立っています。あなたが操る雷やトリックスターの重力もその一つです」
「四つの力……。それって確か……」
「ですが、例外もあります」
彼女の手に再びエレメントが宿る。
その瞬間、自身を苦しめていた『何か』の正体がはっきりと視え、飛鳥は狼狽した。
何故なら、のどかの操っているエレメントはティルナヴィア上には存在しない、地球でもまだ解明されていない未知の力。
「この世界を超えた、無限に広がる天にのみ存在する五番目の力。それこそが私に与えられた力です」
空間がほんの僅かに歪む。
本来なら目視できないほどの小さな歪みを『精霊眼』が捉えた。
引っ張られるように体が動く。
のどかのエレメントが描く軌跡は、飛鳥だけでなくマティルダにも狙いを定めていて。
いかにマティルダといえども、恭介と戦っている状態では防げないだろう。
「させるか……!」
レーヴァテインを構え、歪みをジッと見つめる。
頭痛だけでなく、全身が痛み悲鳴をあげるが、それでも歪みを見つめ続ける。
一番奥の奥、その構成を視る為に。
「認識できぬまま消えなさい。──『外なる物質』!」
のどかの両手からエレメントが放たれる。
見た目に変化はない。
だが、歪みは勢いを増し、濁流となり、飛鳥に襲いかかった。
「そこだ! 撃ち抜け! レーヴァテイン!!」
ある一点を見据え、飛鳥は歪みに向かってレーヴァテインを叩き付けた。