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一目惚れから始まる異世界終焉譚-ラグナロク-  作者: 宮井ゆきつな
第一章 ティルナヴィア編
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第29話 理想

「あの〜……アクセルさん……」

「何だ」

「そんなにジッと見られてると、やり辛いと言うか……」

「黙れ、さっさとリーゼロッテさんを治せ」


 トーマスの気遣いもあり、飛鳥たちは彼の家に戻ってきた。

 精霊使いの戦いを見るのは初めてだったのか、帰りの道中、ブリギットはやたらと興奮した様子だったが、やはり緊張や疲れが溜まっていたのだろう。

 家に着いた途端、電池が切れたように眠ってしまった。

 一方、リビングのソファではアーニャがリーゼロッテの手当てをしようとしていたが、アクセルが手元を凝視していて。

 リーゼロッテは呆れたような視線を彼に向けた。


「だから、そんなに顔近付けられたらアーニャがやり辛いんだってば。離れなさいよ」

「嫌です」


 いつものやり取りにアーニャが少し困ったように笑う。


「いいか? 痕が残らないようにしっかり治せよ? じゃないと──」


 すると、彼女はアクセルを遮り高らかに宣言した。


「もちろんです! リーゼロッテちゃんの可愛い顔に痕なんて残しません!」

「い、いいからっ。早く、治してほしいんだけど……」


 リーゼロッテは頬を赤らめ、恥ずかしそうに呟いた。

 アクセルが更に詰め寄る。


「そうだ、早く始めろ」

「いやだから! あんたがいるから始められないんだってば!」


 と、リーゼロッテが尻尾で顔を叩くと、アクセルは椅子から勢いよく転げ落ちた。


「痛っ!?」

「あんたは水汲みと薪割りでもしてなさいよ」

「俺も戦闘で疲れてるんですが」


 アクセルが拗ねたように抗議する。

 しかし、リーゼロッテはバッサリと切り捨てそっぽを向いてしまった。


「道中で十分回復したでしょ」


 それが決め手となり、アクセルはブツブツ言いながらも桶を持ち出掛けていった。

 彼を見送り、アーニャが微笑みながらリーゼロッテの額に触れる。


「どうかしたの? アーニャ」

「アクセルさんって本当にリーゼロッテちゃんのことが大好きなんだなぁって思って」


 その途端、リーゼロッテの顔がまるで茹で蛸のように真っ赤になり、彼女は大きく首を振った。

 普段でも毛量の多い尻尾も更に膨らみピンっと立っている。


「はぁっ!? な、何言ってんの!? 知らないわよそんなこと!」

「でも、リーゼロッテちゃんだってアクセルさんのこと好きでしょ?」


 アーニャはからかっている訳でも面白がっている訳でもない。

 彼女の眼差しは純粋そのものだ。

 だが、リーゼロッテは尻尾をブンブンと振りながらまくし立てた。


「そんな訳ないでしょ!!? 前にも言ったけど!! 私は先帝の命令であいつの世話をしてるだけ!! 大体、それを言ったら飛鳥だってそうじゃない!」

「リーゼロッテ!?」


 いきなり話を振られ、飛鳥は慌てて彼女を止めに入った。

 しかし、アーニャはキョトンと首を傾げていて。


「「あれ……?」」

「飛鳥くんがどうかしたの?」


 リーゼロッテが怪訝そうな表情を浮かべる。


「えっ、その……アーニャと飛鳥だってお互いのこと大切に思ってるでしょ?」


 それを聞いたアーニャは心の底から嬉しそうに笑った。


「もちろん! 私は『救世の英雄』を導くのが役目だし、飛鳥くんも初めて会った時から私のことを信じてくれて助けてくれてるの! 本当に頼りになるよ!」

「あ……。ふーん……そ、そうなんだ……」


 リーゼロッテが心底憐れむように飛鳥をチラ見する。

 だが、すぐに拳を握りしめ、大きく首を振った。

 彼女の瞳には『私も手伝うから頑張って!』とでも言いたげな熱が籠っていて。

 飛鳥は軽く頷いた。

 アーニャがリーゼロッテの乱れた髪を撫でる。


「リーゼロッテちゃん? どうしたの?」

「う、ううん。何でもないわ」

「そう?」


 アーニャはまだ少し不思議そうにしていたが、『神ま』を開き彼女の手当てを始めた。

 飛鳥が立ち上がる。


「ちょっとトーマスさんと話してくるよ」

「うん、行ってらっしゃい」


 廊下を歩きながら飛鳥は溜め息をついた。

 アーニャの反応は当然のものだ。

 気持ちを伝えた訳ではないし、愛だの恋だのと言っている状況でもない。

 今は彼女に決まった相手はいない、それが分かっているだけで十分だ。

 十分な筈なのだが。

 『いやいや』とギュッと目を瞑る。

 こんな浮ついた気持ちじゃダメだ。

 飛鳥はもう一度大きく息を吐き、トーマスの部屋の扉をノックした。


「どうぞ」

「失礼します……」


 彼はブリギッドのベッドの横で静かに本を読んでいた。


「飛鳥くん。体はもう大丈夫ですか?」

「はい。あの、少しお話がしたくて……」

「いいですよ、こちらに」


 二人は隣の部屋に行き、椅子に腰を下ろした。


「トーマスさん、今回のこと、本当に……」

「気にしないでください、飛鳥くん」


 頭を下げる飛鳥に、トーマスが微笑む。


「元々私は獣人の皆さんから良く思われてはいませんから、今回のことで生活が大きく変わることはありません。それより、君たちにはやるべきことがあるでしょう? 今はそれに集中してください」

「……はい」


 そんな訳ないと飛鳥は思う。

 少なくともハマールは人間であるトーマスを気にかけていたし、ブリギットのことも同族と呼んでいた。

 でも、自分たちのせいで戦いが起き、集落はめちゃくちゃになってしまった。

 自分が彼らと同じ立場だったら、今後トーマスとは──。

 しかし、優しく諭すような彼の言葉に飛鳥はただ頭を下げ続けることしかできなかった。


「ところで、一つ聞いてもいいですか?」

「はい。何でしょうか……?」


 トーマスは変わらず優しく微笑んでいる。


「ロマノーとエールの同盟はスヴェリエに対抗する為のものだと君は言いました。それができたとして、この戦争が終わった後、飛鳥くんはこの世界をどうしたいですか?」

「それは……」


 アクセルに言われたことが頭を過り、言うべきか少し迷ってしまった。

 こんな理想論を妻を喪った彼に言っていいのか。

 飛鳥は恐る恐る続けた。


「また、アクセルに甘い考えだって怒られると思いますけど……」

「怒られたっていいんですよ。大切なのは飛鳥くんがどうしたいかです」


 飛鳥は意を決し、顔を上げた。


「最初は本当に単純というか、考えなしだったんです。アーニャに手伝ってほしいって言われて、それを軽い気持ちで受けて。でもここに来て、彼女以外にも助けたい、力になりたいと思える人たちができたんです」


 トーマスは何も言わず聞いている。


「こんな言い方しちゃいけないと思うんですけど、皆人間とか獣人とかつまらないことを気にしすぎなんです。僕と焔王は同じ人間なのに話し合いもできなかった。獣人でもリーゼロッテを傷つける人もいれば、マティルダみたいに彼女の為に怒ってくれる人もいました。だから、人種や種族なんて関係ないんです。正しいことをしようとするヒトを守って、間違いを犯そうとしたらそれを正す。僕は、そんな世界を目指したいんです」


 そう言って、彼をしっかりと見つめた。


「やっぱり……甘い、戯言ですよね……」

「いいじゃないですか、甘い戯言で。飛鳥くんのような人が増えていけば、それが当たり前になっていきます」

「トーマスさん……」

「私とサラは人間と獣人でも分かり合えました。互いを大切に思うことができました。だから、どうかその甘い戯言を大切にしてください。もう、サラのような犠牲を出さない為にも」

「はい……!」


 トーマスの言葉に飛鳥は強く頷いた。

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