第27話 焔王(2)
鋭い剣戟音が何度も何度も響き渡った。
剣身がぶつかる度に雷と炎のエレメントが生き物のように舞い、互いを喰らい合う。
互角に見えた両者であったが、飛鳥は顔を歪め飛び退いた。
何て力だ……! これが、焔王……!
『精霊眼』に映る情報に飛鳥は驚愕した。
恭介の肉体を駆け巡るエレメントは炎というよりもまるで恒星が放つ光と熱のように莫大なもので。
焔恭介という存在自体が敵を灼き、滅する為の装置。
感情の乏しさも相まってか、そんな印象を抱いてしまった。
「お前たちは選択を誤った」
相変わらず無表情な声で恭介が告げる。
「どういう意味だ?」
「お前たちに残されていたのはマティルダ・レグルスの居場所を教え、俺たちが集落を抜けるのを待つことだけだった。だが、お前たちは戦うことを選んだ」
「当たり前だ。そもそもスヴェリエが獅子王に何の用がある?」
「俺たちは奴を殺す為にここへ来た。スヴェリエによる大陸統一、その唯一の障害があの女だ」
飛鳥はレーヴァテインを構え直し、恭介を睨みつけた。
「なら余計に通す訳にはいかない。ここで退いてもらうぞ、焔王」
「お前の意見など聞いていない」
次の瞬間、恭介の姿が消える。
繰り出されたのは超高速の片手一文字斬り。
飛鳥は間違いなく防御した、筈だった。
「……はっ?」
重く鈍い音が鼓膜を叩き、視界が真っ赤に染まる。
それが自身の胸から噴き出した血だと気づくまでに数瞬を要した。
アーニャが悲鳴をあげる。
「飛鳥くん!!」
「来るな!!」
飛鳥は駆け寄ろうとするアーニャを制止した。
彼女を守りながら戦うのは不可能だ。
痛みに耐え、しっかりと地面を踏みしめる。
これだけの傷を与えながら、恭介に驕りはない。
「まだ足掻くか」
「言っただろう、お前たちを獅子王のところへは行かせない……!」
「そうか。ならば死ね」
恭介は目にも留まらぬ速さで飛鳥の懐に潜り込み、胸ぐらを掴んだ。
その手を振り解こうと身を捩るがびくともしない。
恭介の剣が眩い光を放つ。
『精霊眼』に映ったエレメントに飛鳥は息を呑んだ。
「『戦場を制するは我に在り』ッ!!」
光が視界を覆い、爆発音が衝撃となって襲いかかってくる。
次の瞬間には全身の感覚が失われていた。
「あ……ぐ……」
飛鳥の口から声とも息ともつかぬ音が漏れる。
アーニャたちの声が聞こえた気がしたが、何を言っているかまでは聞き取れなかった。
「いちいち泣いてんじゃねぇ! ダメ神!」
そんな飛鳥の体をアクセルが持ち上げ、投げ飛ばした。
浮遊感の後、衝撃を受け肺から空気が押し出される。
目の前にはリーゼロッテの顔が。
彼女は慌てて謝り、アクセルに向かって怒鳴った。
「ああっ! ご、ごめん! 痛かったよね! ちょっと! 乱暴にしないでよ!」
だが、アクセルは何も答えず、恭介たちの前に立ち塞がった。
リーゼロッテが飛鳥を地面に下ろし、アーニャを呼ぶ。
「アーニャ! 飛鳥の手当てを! 早く!」
「う、うん! ごめん!」
アーニャは涙を拭うと『神ま』を開き、飛鳥の胸に手を置いた。
淡い光が全身に広がっていく。
ぼんやりとした意識の中で飛鳥は頭だけ動かし、アクセルたちを見つめた。
飛鳥の肉体を灼いた、星と見間違うほどの炎のエレメント。
それを纏った剣が今度はアクセルを倒さんと軌跡を描く。
しかし、彼は初めて戦った時と同じ獰猛な笑みを浮かべたままで。
あろうことか、アクセルは自ら距離を詰め、剣の腹を弾いた。
彼の手を覆っていた氷が音を立てて蒸発する。
だが、そんなことお構いなしにアクセルはもう片方の拳を突き出した。
「おらぁっ!」
拳を受け止めた恭介が僅かに目を細め、後ろへ飛ぶ。
彼の背後からのどかの放った氷の矢が雨のように降り注いだ。
アクセルはそちらには一瞥もくれない。
周囲の空間が捻じ曲がったかと思うと、氷の矢は明後日の方向に落ちていった。
その光景にのどかが青ざめる。
「なっ……!?」
「雑魚がしゃしゃり出てんじゃねぇよ。死にてぇのかァ!?」
アクセルの声に呼応するように地面が割れ、彼女を飲み込まんと向かっていく。
しかし、それも恭介の斬撃によって阻まれてしまった。
のどかに下がるよう合図し、恭介がアクセルを見据える。
これまで無表情だった彼の目には怒りが宿っていた。
「勝つ為なら自国を恐怖に陥れた存在すら使うか。それがロマノーのやり方か」
「あ?」
「複数の属性を扱う精霊使いなど『特異能力』も含め一人しかいない。八年前、ロマノー史上最悪の大量殺人を犯したある実験の被験体。お前がトリックスターだな」
「ふーん……」
アクセルが少しだけ感心したような様子を見せる。
「さすがはスヴェリエ軍大将だ。けどなァ、次その話をしたら殺すぞ」
「しかもその研究は獣人の研究員が主導していたそうだな」
「人の話を聞けよ。つーか、獣人だから何だってんだ? あんなもん誰がやったって同じだったさ」
アクセルと恭介、互いの殺気が、エレメントが急激に膨れ上がり不可侵の空間を作り上げた。
半端な実力では近付くことすら許されない、強大な力が渦巻く空間。
──これが、第八門同士の戦いなのか。
飛鳥は自身の状態も忘れ、二人に見入っていた。
今にして思えば、フラナングの館での戦いはアクセルにとっては遊びのようなものだったのだろう。
彼は実験結果を半分失敗なんて言っていたがとんでもない。
『精霊眼』が映し続ける二人の情報は既にヒトのレベルを超えていた。
漫画やアニメでよくある一人で何人分とかそんな表現では収まらない。
あまりに異様、あまりに異質。
ヒトではない、別の種族を見ているかのような錯覚に囚われてしまった。
二人が一歩ずつ距離を詰める。
この一撃で決着が付く、誰もがそう思った瞬間。
「はあああああああああああああああああああああああああ!!」
突如、獣の咆哮のような雄叫びが響き渡った。
同時に集落の人々から歓声があがる。
雄叫びのした方を見ると、獣人の女が立っていた。
恭介が警戒心を露わにする。
「あれは……!」
彼女は背丈の二倍はあるだろう黄金の斧を手に飛び上がった。そして──、
「せりゃああああああああああああああああああああ!!」
アクセルと恭介の間にあった不可侵の空間を易々と砕き、薙ぎ払ってしまった。
「今度は何だ!?」
アクセルが口の中の土を吐き捨て怒鳴る。
飛鳥は彼女が何者なのかすぐに理解した。
『精霊眼』が彼女こそ目的の人物であると告げていた。
吊り上った大きな瞳に高い鼻、僅かに覗く鋭い牙。
腰まである亜麻色の髪に同じ色の耳と尾を持つその女は、首から下は豪奢な黄金の鎧を身に付け、先ほどの斧を片手で軽々と担いでみせた。
歓声に気を良くしたのか、女は得意げな表情でフンッと鼻息を吐き出した。
そこへ恭介が近付いていく。
「そちらから出てくるとはな。探す手間が省けたぞ、獅子王マティルダ・レグルス」