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一目惚れから始まる異世界終焉譚-ラグナロク-  作者: 宮井ゆきつな
第一章 ティルナヴィア編
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第26話 焔王

 翌朝、飛鳥たちはトーマスの家から程近い集落へ案内された。

 集落の中での戦闘は想定していないのか、周りを囲む柵は低く、警備兵のような者もいない。

 トーマスはブリギットを抱き上げると、緊張した面持ちで歩き出した。

 飛鳥たちも彼に続く。

 しかし、一行を見るや、仕事をしている者も談笑している者も皆驚きと嫌悪感を露わにし、家に引っ込んでしまった。

 それだけではない。

 そこら中から恐怖、怒り、好奇──様々な視線を向けられ、飛鳥たちは針のムシロにいるような心地で集落の中を進んでいった。

 トーマスが一等大きな家を指差す。


「あれがこの集落の長、ハマール様の家です」


 家の入り口には飛鳥たちの来訪を予見していたかのように、一人の老人が数名の若者を従え佇んでいた。

 ここは羊人族の集落だそうだが、老人はその名に相応しい立派な螺旋状の角を持ち、真っ白な髭を蓄えている。

 トーマスはブリギットを下ろすと老人──ハマールに向かって深々とお辞儀をした。


「ご無沙汰しております、ハマール様」


 だが、ハマールから返事はない。

 静かにトーマスを見つめている。


「集落の皆様を驚かせてしまい申し訳ございません。本日伺いましたのは、この方々の──」

「トーマスよ」


 トーマスの言葉を遮り、ハマールが口を開いた。


「お主の事情は先代より聞いている。ブリギットも半分とは言え、我らが同族の血を継ぐ者だ。故に、お主とだけは良好な関係を築きたいと今日まで過ごしてきたが……」


 ハマールの声色には怒りより、寂しさのようなものが感じられる。


「何故外敵を招き入れたのだ、トーマスよ」

「お、お待ちくださいハマール様! この方々は敵ではありません! 獣人の皆様の力を頼りにされたいと──」


 しかし、トーマスの言葉が彼らに届くことはなかった。


「黙れ! この裏切り者が!」

「先代やマティルダ様から受けた恩を忘れたのか!」


 控えていた若者たちが堰を切ったように怒声を浴びせる。

 飛鳥はトーマスを庇うように前に出た。


「トーマスさんは裏切り者じゃありません! 集落に案内するよう頼んだのは僕たちです!」


 若者たちは顔を真っ赤にし今にも襲いかからんばかりの勢いだったが、ハマールが腕を上げると押し黙った。

 それでも、唇を噛みしめ一行を睨みつけている。

 ハマールは飛鳥を見つめた。


「お主は?」

「僕は皇飛鳥といいます。訳あって、今はロマノーに身を置いています」

「ロマノーの者が我々に何の用だ?」

「ロマノーとスヴェリエの戦争についてはご存知ですね? この戦争を終わらせる為に、貴方たちに協力してもらいたいんです」


 飛鳥の言葉に、ハマールが呆れたように首を振る。


「ロマノーの戦士よ。我らの事情を知らぬ訳ではあるまい?」

「もちろん、承知の上で来ました。どうか話だけでも──」


 その時だった。


「長! 大変だ!」


 と、一人の獣人が向かってきた。

 全身から血を流し、ハマールを見つけるとその場に倒れ込んでしまった。

 控えていた若者たちが駆け寄る。


「おい! しっかりしろ! 何があったんだ!?」

「し、侵略者だ……。人……間、の……! 警備隊も、奴らに……!」


 それだけ告げ、その獣人は気を失ってしまった。

 全員に動揺が走る。

 飛鳥は不審に思い呟いた。


「僕たち以外にもこの国に人間が……?」


 だが次の瞬間、背中に氷の塊でも突っ込まれたかのような感覚に襲われ、飛鳥は自身の胸を押さえた。


 何だ……!? この、感覚は……!? 向かってきてるのは、本当に人間なのか……!?


 胸が締めつけられ、上手く呼吸ができない。

 まるで猛獣、いや、そんな生易しい存在ではない。

 得体の知れない気配を感じたのは飛鳥だけではなかった。

 アクセルがリーゼロッテに視線をやる。


「リーゼロッテ、ここの連中を連れて逃げろ」

「はあ? 何でいきなり呼び捨てなのよ? それに──」

「頼む」


 アクセルはリーゼロッテの肩を強く掴んだ。


「失いたく、ないんだ……!」


 その表情はいつもの得意げな、相手を挑発するものではなく、見たこともないほど真剣なもので。

 リーゼロッテは困惑した様子を見せた。

 飛鳥も眼帯を外し、レーヴァテインを抜く。


「アーニャも逃げてくれ、ここは俺たちが何とかする」


 その様子にアーニャは恐る恐る頷いた。


「わ、分かった! トーマスさん! 皆さんの避難を──」


 しかし、轟音が鳴り響いたかと思うと、地面から炎が壁のように噴き上がり、集落を取り囲んでしまった。

 家の中に隠れていた者たちも悲鳴をあげ飛び出してきた。

 炎を見つめ、アクセルが忌々しげに舌打ちする。


「遅かったか……!」

「何だよ、これ……!?」


 飛鳥は『精霊眼(アニマ・アウラ)』に映る情報に狼狽した。

 集落を囲んだ炎は最上級の、更に言えば複数人で起動するような精霊術に匹敵するものだ。

 だが、それを発したのはたった一人の人間で。


「俺たち以外にも人間がいたとはな」


 淡々と観測した事象を述べるだけの機械のように、感情の篭っていない声が響く。

 その声に全身が総毛立ち、脳がけたたましく警告を発した。


「まさか……あいつが……!」


 名乗られずとも確信した。

 あれがスヴェリエの第八門、この大陸最強の精霊使い──。

 ハマールが叫ぶ。


「お主たち! 何者だ!」


 そこには二人の人間が立っていた。

 一人は黒髪のポニーテールにグレーを基調としたスヴェリエ軍服を纏った女。

 美しく、柔和な顔立ちをしている。

 問題なのはもう一人の灰色の髪と黒い瞳を持つ男だ。


「焔恭介、スヴェリエ王国軍大将だ」

「同じくスヴェリエ軍所属、水城(みずき)のどかと申します」


 威容を誇る恭介とは反対に、のどかは礼儀正しくお辞儀をした。

 先ほどとは違い、罵声もなければ、悲鳴をあげる者もいない。

 その場にいる全員が理解してしまったのだ。

 この二人からは逃れられないと。

 やがて、誰かが絞り出すように口にした。


「スヴェリエのホムラって……。え、焔王……!?」


 のどかが手を合わせ、嬉しそうに微笑む。


「こんなところにまで名が広まっているなんて。さすがは恭介ですね」

「どうでもいい。貴様、ここの長のようだが、マティルダ・レグルスの居場所を教えてもらおうか」


 恭介の言葉に、ハマールは恐怖を押し殺し精一杯声を張り上げた。


「教えてなるものか!! 早々にこの国から出ていけぇ!!」

「さっきの連中と同じか」


 呆れや失望は感じられない。

 それだけ言うと、恭介は腰に下げた剣を抜いた。

 彼の体内を駆け巡るエレメントが更に燃え上がる。

 飛鳥は恭介の前に立ち塞がった。


「アクセル、焔とは俺が戦う」

「あ? 正気かてめぇ」

「視ておきたいんだ。それに、あいつをどうにかできなきゃロマノーは負ける。和睦なんて不可能だ」

「……まぁいいだろう。と言う訳だ爺、死にたくなければ引っ込んでろ」

「な、何を言っとるかお主たち!」


 ハマールが動揺を見せるが、既に二人の姿はない。


「はあっ!!」


 飛鳥は一瞬で間合いを詰め、レーヴァテインを振るった。

 恭介の表情に変化はない。

 飛鳥を見据えたまま、剣を振り上げる。

 互いの刃がぶつかり合った瞬間、地面が割れ、突風が巻き起こった。

 のどかが叫ぶ。


「恭介!」

「てめぇの相手は俺だ」

「きゃっ!?」


 アクセルはのどかの髪を掴み、勢いよく投げ飛ばした。

 のどかの体が何軒もの家を貫きようやく止まる。


「俺たちが悪者みてぇであまり言いたくねぇんだが、余所見してんじゃねぇぞ女ァ」


 説得力に欠ける表情でアクセルはのどかを見下ろした。

 のどかが静かに立ち上がる。

 そして、先ほどまでとは打って変わって、アクセルに鋭い視線を向けた。


「分かりました。貴方がその気なら、お相手いたしましょう」

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