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一目惚れから始まる異世界終焉譚-ラグナロク-  作者: 宮井ゆきつな
第一章 ティルナヴィア編
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第25話 父一人、子一人

 ブリギットに案内され森の中を進んでいくと、二階建ての一軒家が見えてきた。

 エールの人々は集落で暮らしていると聞いたが、周りに他の家はない。

 庭先では一人の男が薪割りをしていた。

 ブリギットが元気よく走り出す。


「お父さーん!」


 ブリギットの父親は彼女を見つけると微笑み、頭を撫でた。


「おかえり、ブリギット。……そちらの人たちは?」

「森で迷ってたロマノーの人たち! お父さんとお話がしたいんだって! 耳がついてるけど、あれは趣味で人間なんだよ!」

「ロマノーの、しかも人間だって……!?」


 父親の顔がサッと青ざめ、ブリギットをしっかりと抱きしめる。

 飛鳥は慌ててレーヴァテインを地面に放り投げた。


「怖がらせてしまってすみません! 僕たちは獅子王に会いに来たんです! あなたたちに危害を加えるつもりはありません!」

「マティルダ様に……?」


 父親は当然だがまだ訝しんでいる。

 飛鳥は真剣な表情で頷いた。

 彼はしばらく飛鳥たちを見つめていたが、やがてブリギットを下ろし肩の力を抜いた。


「……そうですね。あなた達が敵ならブリギットは無事ではなかったでしょう。中へお入りください」

「信じて、もらえるんですか……?」

「私も同じ人間ですから。それに、人を見る目はあるつもりです」

「ありがとうございます」


 飛鳥たちは胸を撫で下ろし、礼を述べた。

 リーゼロッテもアクセルに無理やりお辞儀をさせ笑う。


「こいつも目つきと性格は悪いけど襲ったりはしないから安心して」


 アクセルは抵抗こそしないものの憮然とした表情を浮かべていた。

 家の中は綺麗に片付けられている、というよりは必要以上に物が少ない印象であった。

 椅子も二人分だけで子供用のおもちゃや本もない。

 椅子は飛鳥が使わせてもらい、アーニャとリーゼロッテはブリギットと一緒にソファに腰かけた。

 アクセルが二階から椅子を持ってきて埃を払う。

 リーゼロッテは手をパタパタと振りながら文句を言った。


「ちょっと、外でやんなさいよ」


 性格を貶されて拗ねているのかアクセルは返事をしない。

 身を乗り出すリーゼロッテをアーニャがなだめた。

 ブリギットの父親──トーマスが苦笑いする。


「すみません。普段人が来ないものですから片づいてなくて……」

「いえ、こちらこそいきなり押しかけてすみません」

「それで、ロマノーの方がマティルダ様にどのような……?」


 飛鳥はトーマスに事情を説明した。

 ロマノーとスヴェリエの現在の戦況について。

 もしロマノーが敗北すれば、次はエールが標的になる可能性があること、それを回避する為に同盟を結びたいということ。

 飛鳥の話を聞き、トーマスはしばらく考え込んでいたが、


「事情は分かりました。ですが、私も特別に許しを得て暮らしている身です。近くの集落まで案内することしかできませんが、それでもいいですか?」


 と、提案した。

 彼の言葉に飛鳥とアーニャは頭を下げる。


「ありがとうございます、助かります」

「今からでは夜になってしまいますから、今日は泊まっていってください。二階の部屋は誰も使っていませんので」

「何から何まで本当にありがとうございます」


 アーニャが家の中を見渡すと、棚にある写真が目に入った。


「この方がブリギットちゃんのお母さんですか? 綺麗な人……!」


 そこにはトーマスとブリギット、そして大きな白い翼の生えた女性が笑顔で写っていた。


「そうだよ! お母さんはね、今遠くでお仕事してるんだ! お母さんが心配しないように、私がお父さんのお手伝いしてるの!」

「そう、ブリギットは良い子ね」


 リーゼロッテがブリギットの頭を撫でるが、トーマスの表情はとても辛そうなもので。

 何かを察したのか、リーゼロッテはアクセルを指差し笑った。


「ブリギット、こいつに薪割りを教えてやってくれない? 普段全然手伝ってくれないの」


 すると、ブリギットが頬を膨らませ、アクセルの手を取る。


「家のことは皆でやらなきゃいけないんだよ! 教えてあげるから行こ!」

「……そうだな、せっかくだから教えてくれ」


 アクセルは珍しく素直に、ブリギットと共に出ていった。

 リーゼロッテがトーマスの方を向く。


「あの、ブリギットのお母さんは……」

「……隠し事はいけないと妻に、サラにいつも言われていたんですが……」


 そこでトーマスは言葉を詰まらせた。


「……皆さんは、人間と獣人の関係についてどう思いますか?」

「それは……」

「私は以前スヴェリエで教師をしていました。ご存知かと思いますが、スヴェリエでは最新の精霊学を学ぶことができます。サラは好奇心が旺盛で勉強熱心で、教えている内に私たちは惹かれ合いました。彼女が獣人だと知った時も私の気持ちは変わりませんでした」


 彼は一言一言噛みしめるように、ゆっくりと話を続けた。


「人種や種族なんて関係ないんです。優しい獣人もいれば、人を傷つける人間もいる。でも、スヴェリエでは通用しません。サラは、ブリギットを産んですぐに……」

「ごめんなさい! 辛いことを、思い出させて……」


 リーゼロッテは泣きそうな顔で謝った。

 トーマスが無言で頷く。


「獣人差別はスヴェリエだけの問題ではありません。ロマノーも共存を謳っていますが実状は……。私はブリギットを連れ、この国へやってきました。人間ですから集落では暮らせませんが、ここに住むことは許されたんです」

「そうだったんですね……」


 アーニャが辛そうに拳を握るのを見て、トーマスは首を振った。


「こちらこそ申し訳ありません。すぐに食事の仕度をしますから、今日はゆっくり休んでください」


 優しく笑うトーマスに、三人は改めて頭を下げた。


 その日の夜、アクセルとリーゼロッテは飛鳥たちの部屋にやってきた。

 皆、神妙な面持ちをしている。

 アクセルが忌々しげに口を開いた。


「胸糞悪い話だなァ、スヴェリエのクソ共が」

「スヴェリエ人全員が悪い訳じゃないでしょ。トーマスさんみたいな人だっているんだし」


 飛鳥は下を向いたまま何も発しない。


「おい、これで分かっただろ」


 アクセルは飛鳥の襟元を掴んだ。


「戦争を終わらせるだけじゃ足りねぇ。少なくともスヴェリエは叩き潰す」

「だからー……」


 リーゼロッテが呆れたように口にするが、アクセルは手を緩めない。

 それに対し、飛鳥はポツリと呟いた。


「トーマスさんの言う通りだよ」


 飛鳥が顔をあげる。


「何でトーマスさんとブリギットが集落で暮らしちゃいけないんだ。そんなのおかしいだろ」

「それはそうだけど……」


 飛鳥はアクセルの手を払い、モゴモゴと返事をするリーゼロッテの肩を掴んだ。


「リーゼロッテはアクセルのこと、どう思ってる?」

「へっ!!? い、いきなり何よ!!?」


 リーゼロッテの顔が真っ赤になる。

 だが、飛鳥は構わず続けた。


「確かに見た目とか色々違うけど、最初からお互いを否定するなんて間違ってる。スヴェリエやロマノーだけじゃない、この国だってそうだ」


 リーゼロッテがキュッと握りしめていた拳を解く。


「あ……そ、そういう話ね……。それなら、私は飛鳥とアーニャのことも好きよ。あまりモフるのはやめてほしいけど……」

「そ、そんなぁ……」


 と、涙目になるアーニャを尻目に、飛鳥はアクセルを真っ直ぐ見つめた。


「ごめん、僕の考えは甘いんだと思う。でも、トーマスさんとブリギットが堂々と暮らせる世界を作りたい、お前やリーゼロッテみたいな人たちを増やしたい。だから頼む、お前の力を貸してくれ。ロマノーにじゃない、僕たちに」


 アクセルは少しの間飛鳥を睨んでいたが、いつもの、他人を小馬鹿にするような笑みを浮かべた。


「はっ、甘すぎて反吐が出るなァ」

「……だよな」

「せっかくフラナングから抜け出せたんだ、俺は俺の目的の為に戦う。誰かの味方をする気はねぇ」


 飛鳥は視線を外さない。


「そんな目で見ても無駄だ。だがまぁ、多少は一致してる部分もある。使いこなせると思うならやってみせろ」

「……ありがとう」

「集落での交渉は任せて! 獅子王に会えるように私も頑張るから!」


 二人のやり取りに、リーゼロッテは満面の笑みでアクセルの背中を叩いた。

 アクセルが咳き込む。


「一歩前進だね」


 アーニャも嬉しそうに飛鳥に微笑みかけた。


「あっ……アーニャの意見も聞かずに勝手ばかり言って、ごめん……」


 謝る飛鳥の手をアーニャが握る。


「ううん、私も同じこと考えてたから。同盟、絶対に成功させようね」


 飛鳥は頷き、アーニャの手を握り返した。

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