表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一目惚れから始まる異世界終焉譚-ラグナロク-  作者: 宮井ゆきつな
第一章 ティルナヴィア編
24/52

第24話 衝突

 飛鳥たちは道路から外れ、必死で森の中を走っていた。

 枝が顔に当たり小さな傷を作るが、今はそんなことを気にしている場合ではない。

 再び獣人を傷つけてしまったらお終いだ。

 交渉どころではなくなってしまう。

 振り返り、追っ手がいないのを確認して、ようやく足を止める。

 飛鳥が疲れ切った様子でアクセルを離すと、彼は崩れ落ちるように雪に埋もれてしまった。

 しかし、アクセルはすぐに立ち上がり、飛鳥の胸ぐらを掴むと怒鳴りつけた。


「どうして止めた!? 奴ら以外にアテがないんだぞ!?」


 飛鳥も胸ぐらを掴み返す。


「聞くにしたってやり方があるだろう!? 僕たちの目的はロマノーとエールの同盟だ! あれじゃ侵略者のそれじゃないか!」

「何が悪い! この国の連中が人間の話を素直に聞くと思ってんのかお前は!?」


 エール共和国は長年閉ざされている、獣人だけの国だ。

 政治は各集落の長たちによる合議制で、レグルスという王家があるが、あくまで象徴的な存在らしい。

 他国とは多少の交易はあるものの、同盟を結んでいる国は存在しない。


 理由は言うまでもなく、獣人への差別だ。

 エールには他国で差別を受け、逃げてきた者も大勢いる。

 つまり、当然だが人間への憎しみが深く、こうしてうろうろしているだけでもかなり危険な状況なのだ。


 飛鳥もアクセルも互いに睨み合ったまま一歩も譲らない。

 アーニャとリーゼロッテは慌てて二人の体を引っ張った。


「飛鳥くん、やめて! 私たちが喧嘩してる場合じゃないよ!」

「アーニャの言う通りよ! いいから離しなさいこのバカ!」


 少し距離を取るが、二人は視線は外さない。

 その様子をアーニャとリーゼロッテは恐々と見守っていた。

 するとアクセルは、今度はアーニャに視線を向け怒鳴った。


「おい、アーニャ! 『救世の英雄』だったか? どういう基準で選んでんだ?! 何でこんな奴が選ばれんだよ!」

「だ、誰を英雄にするかは上位神様たちが決められるので、私も知らないんです……」


 おずおずと答えるアーニャに、アクセルが舌打ちする。

 彼の態度に飛鳥は益々怒りを露わにした。


「お前が文句があるのは僕だろ!? アーニャを責めるなよ!」


 それを聞いて、アクセルがここぞと言わんばかりに詰め寄る。


「あぁそうだな。いい機会だ、はっきり言ってやろう。お前がやろうとしてることは全部夢物語だ! 人間と獣人が共存できる世界? そんなものあるわけねぇだろう! ロマノーについたんだったらな、お前がやるべきなのは他国をぶっ潰してロマノーによる支配を確立することだ!」

「そんなやり方は間違ってる! 何でそんなに戦いたがるんだ!」

「それしか方法がないからだよ! この戦争を終わらせてもそれは仮初の平和だ、獣人への差別も無くならねぇ。いつまた火が点くか分からないものを放っておいて、お前らは神界とやらに帰るのか? 無責任な話だな!」

「僕もアーニャもそんなことをするつもりはない! ちゃんと争いのない世界を作ってから──」


 だが、アクセルはうんざりしたように首を振った。


「やっぱりお前は英雄でも何でもねぇ。力だけ手に入れて調子に乗ってる世間知らずだ。いいか? 英雄ってのはな、何十年、何百年続く平和を手に入れる為に今を殺せる奴のことを言うんだよ! お前はこの戦争の先を考えたことがあんのか? お前の言う争いのない世界ってのは何なんだ? 答えろよ!」

「それは……」


 飛鳥は俯き、唇を噛み締めた。


 返す言葉が見つからない。

 この戦争の先、救世の旅が終わった後の世界のことなんて考えたこともなかった。

 ここにはヴィルヘルムのように優秀な王もいる。

 戦争という大きな問題、それを解決すれば、彼ならきっと人々を導いてくれると無意識の内に押しつけてしまっていた。

 そんな答えで納得してもらえる筈がない。


 なら僕は……この世界で何をすれば……。


「どうした? 早く答えろよ、『救世の英雄』」

「…………ごめん」


 やっと絞り出せたのは、謝罪の一言のみ。

 アクセルは無表情でそっぽを向いてしまった。


「飛鳥くん……」


 アーニャが辛そうに飛鳥を見つめている。


「えーっと……」


 重苦しい空気に耐えかねたのだろう。

 リーゼロッテはパンっと手を叩くと、努めて明るくある方向を指差した。


「と、とりあえずさ! 向こうの川で休憩しない? 走ったら喉乾いちゃった!」


 リーゼロッテが指す方向へ目をやり、アーニャは首を傾げる。


「川なんてないよ?」

「あ、そっか。私たち獣人は人間より五感が発達してるから遠くの音でも聞こえるの。川に沿って行けば集落があるかも知れないし。ねっ?」

「そうですね。集落が見つからなくても、休める場所を見つけないといけませんからね」


 アクセルはリーゼロッテに従い歩き出すが、突然つけていた耳を外し放り投げてしまった。

 それをアーニャが慌ててキャッチする。


「何で外すんですか!? 私たちが人間だってバレちゃうじゃないですか!」


 戸惑うアーニャに対し、アクセルは面倒臭そうに答えた。


「だからバレてんだよ。そんなもんで獣人の嗅覚を誤魔化せる訳ねぇだろ。それと、お前は人間じゃなくて女神だろうが」

「えっ!? じゃあいきなり襲われたのは……」

「ねぇ、リーゼロッテさん?」


 サッと視線を逸らすリーゼロッテにアーニャが近づいていく。


「リ、リーゼロッテちゃん。今の話……」


 リーゼロッテは視線を合わせようとしない。

 バツが悪そうにぎこちなく一歩踏み出すが、アーニャに尻尾を握られ飛び上がった。


「尻尾はダメだってば! ……二人が楽しそうだから言い出せなかったけど、そうね。匂いでバレバレよ。でもアーニャは飛鳥たちとも違うわね」

「そ、そうなの? どんな匂い……?」


 自身の体を嗅ぎながらアーニャが尋ねる。

 それに対しリーゼロッテは腕を組み『うーん』と唸る。


「初めて嗅ぐ匂いだから何て言っていいか……嫌な匂いじゃないんだけど……」


 遠回しに『お前臭いぞ』と言われたと思ったのか、アーニャは飛鳥に駆け寄った。


「あ、あの……飛鳥くん……。私って……く、臭い……?」

「へっ!? いきなりどうしたの!? そ、そんな訳ないじゃん! む、むしろその……めちゃくちゃ良い匂いだけど……」


 後半はほとんど聞き取れないくらい小さな声になってしまい、アーニャが不安そうな表情を浮かべる。


「え、えと……気を遣わなくても、いいよ……。言いたいことは、ちゃんと言ってほしいな……」


 余程ショックなのか、アーニャは少し涙目になっている。


「本当だって! 気遣ってなんかないよ! 安心して!」


 飛鳥の必死さが伝わったのか、アーニャはホッと息を吐いた。

 そこへリーゼロッテの声が響く。


「二人ともー! 置いてくわよー!」


 しばらく歩くと、リーゼロッテの言った通り川が見えてきた。

 アーニャとリーゼロッテは川の水を口に含むと身震いし、


「冷たっ……! でも、動いた後だから美味しいね」

「ねっ。念の為汲んでいきましょ」


 と、笑い合う。

 一方アクセルはと言うと、辺りを見てくるとどこかへ行ってしまった。

 飛鳥は暗い表情のまま、黙って切り株に座っている。

 アーニャは水筒を差し出した。


「飛鳥くんも少し休憩しよ? 喉乾いたでしょ?」


 そう言って微笑む。


「アーニャ……。ありがとう……」


 ──ん? これアーニャの水筒だよな? ……あれ? これって間接……。


 急に顔が真っ赤になり、飛鳥は勢いよく首を振った。


 待て待て! 何気持ち悪いこと考えてるんだ僕は! そんなの気にする歳じゃないし、アーニャに他意はないだろうし、普通に飲めばいいだろう!?


 小刻みに震えながら口をつけようとした正にその時。

 戻ってきたアクセルと目が合ってしまった。

 先ほどとは違うが、蔑むような目をしている。


「……何だよ」

「別に。それより、だ」


 アクセルは近くの岩陰に視線を向けた。


「殺気は感じねぇが……」

「待て。相手は一人みたいだ」


 すると、岩陰から一人の少女が現れた。

 水を汲みに来たのか、少し大きめの桶を持っている。

 その少女は四人を見ると一瞬目を丸くし岩陰に戻ってしまったが、少しして様子を窺うように顔を出した。

 少女の姿に飛鳥とアーニャは唖然とした。


「に、人間!? 何でここに人間が……?」

「ううん」


 リーゼロッテが少女に手招きする。


「この子も獣人よ。混血(ハーフ)だけど」

「あのっ、ごめんなさい。ここで他の人と会ったことがないからビックリしちゃって。お姉ちゃんたち、どこの集落の人?」

「驚かせてごめんね、私たちはロマノーから来たの。貴女、この辺の集落の子?」

「ロマノー!? ロマノーって大きな川の向こうの? 私、他の国の人に会ったの初めて!」


 少女が無邪気に笑う。

 リーゼロッテは不思議そうな表情を浮かべた。


「ロマノーの……と言うか、人間が怖くないの? この三人は人間よ?」

「えっ!? そっちのお兄ちゃんとお姉ちゃんは人間なの!? 耳と尻尾が生えてるのに?」

「あれは……趣味よ」

「趣味じゃないけど!?」


 飛鳥が異を唱えるが、リーゼロッテは無視して少女に質問を続ける。


「おい、あの子は僕たちが人間って分からなかったじゃないか。どうなってるんだ?」

「知るか」


 続けてアクセルに耳打ちするが、彼は不機嫌そうに顔を逸らした。


「あぁ、それはね……」


 と、リーゼロッテが少女の肩に手をやり、こちらへ背を向かせる。

 少女の背中には小さな羽が生えていた。


「この子……鳥人族は嗅覚が弱いの。それより、人間の父親と二人で生活してるみたい。どうする?」

「どうするって……案内してもらえたらありがたいけど……。話も聞きたいし、泊まる場所もないし」

「決まりね。私たち、道に迷って困ってるの。お父さんに会わせてくれない?」


 リーゼロッテの申し出に、少女は満面の笑みで頷いた。


「いいよ! 私はブリギット! よろしくね!」

「ありがとう、ブリギット。私はリーゼロッテ。この二人は飛鳥とアーニャ、あっちの性格が悪いのがアクセルよ」

「リーゼロッテさん? 何で今貶したんですか?」


 しかし、リーゼロッテは返事をしない。

 ブリギットが持っている桶に水を汲むとアクセルに押しつけた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ