第23話 第一村人発見
エール共和国に入ってから既に数時間、四人は半ば途方に暮れていた。
未だに人っ子一人見つかっておらず、動物も冬眠しているのか警戒しているのか姿を見せない。
風は少し弱まったが気温はほとんど上がらず、寒さとの戦いが続いていた。
そんな中、アクセルが足を止め振り向く。
「おい、ダーニャ」
「ダーニャ!? 何ですかその呼び方は!?」
と、アーニャは目を丸くし大声を出した。
アクセルは小馬鹿にしたような笑いを浮かべ、
「『ダメ神アーニャ』、略してダーニャだ」
そう言って上体を後ろへ倒した。
直後、先ほどまでアクセルの首があった場所をレーヴァテインが通り過ぎる。
「残念、ハズレだ」
得意げなアクセルであったが、リーゼロッテが足を蹴り上げると『うおっ!?』と間抜けな声を発し地面に倒れ込んだ。
「あんた何回言ったら分かるのよ。ちゃんとアーニャって呼びなさい」
リーゼロッテは呆れた表情でアクセルを見ている。
彼女の後ろでは、飛鳥が今にもレーヴァテインを振り下ろそうとしていた。
「やっぱりフラナングの館で殺しておくべきだったな」
「飛鳥くん落ち着いて! ストップストップ!」
アーニャがなだめるが、飛鳥は怒りに満ちた表情でアクセルを見下ろしている。
「冗談が通じねぇなお前は。ところでアーニャ、お前の本にこの国の地図はないのか?」
「ごめんなさい、まだ『神ま』の更新が完全には終わってなくて……」
申し訳なさそうに目を伏せるアーニャの肩に飛鳥は手を置いた。
「アーニャが悪いわけじゃないから気にしないで」
話題を変えようと、リーゼロッテが辺りを見渡す。
「にしても、全然人がいないわね。とりあえず今日の寝床を探さない? 暗くなってから動くのは危ないと思うし」
彼女の言葉にアーニャが頷く。
しかし、アクセルは起き上がると、ある方向を見つめた。
飛鳥もレーヴァテインを収め、アクセルと同じ方へ視線を移す。
「それなら奴らに聞きましょうか」
「奴ら?」
リーゼロッテが目で追うと、そこには揃いのグレーのコートを身に纏った獣人たちが、人数は二十人ほどだろうか、武器を手に立っていた。
皆殺気立ち、四人を睨んでいる。
アクセルは無言でリーゼロッテの手を引き、自身の後ろへ隠した。
「ちょっと、いきなり引っ張らないでよ」
リーゼロッテが抗議するが、アクセルは答えない。
その表情は狂喜に染まっていて。
勝手に飛び出さないよう、リーゼロッテはアクセルの手を掴み返した。
互いに殺気を発したまま沈黙が流れる。
それを破ったのは飛鳥とアーニャであった。
「あ、あの〜……。僕たちロマノーから逃げてきて、近くに集落があれば案内してほしいんですが……」
「そ、そうなんです! これからここに住めるよう、女王様にもご挨拶に伺いたいな〜なんて……」
だが、風切り音が聞こえたかと思うと、二人の頭の間を一本の矢が通り過ぎた。
「「……へっ?」」
木に刺さった矢を見て、二人が顔を見合わせる。
リーゼロッテはやっぱりねとでも言いたげに二人を見つめ、溜め息をついた。
獣人たちの中からリーダーらしき男が前に出る。
「今のは警告だ。引き返すなら見逃すが、進むなら今度は当てるぞ」
そう告げ、腰に下げた剣を抜いた。
「ちょ、ちょっと待ってください! 私たちはロマノーから逃げてきた獣人です! 敵じゃありません!」
飛鳥もアーニャの言葉にうんうんと頷き、二人は互いの耳と尻尾を指差し合った。
先ほど弓を射った獣人が怒鳴り声をあげる。
「ふざけるなぁ!! そんな変装で騙される訳ないだろうが!! どこまで俺たちを馬鹿にするつもりだ人間め!!」
それを皮切りに、罵詈雑言の嵐が巻き起こった。
アーニャが困惑した様子で飛鳥に身を近づける。
「な、何でバレたんだろう? 完璧な変装なのに……!」
「もしかして、耳と尻尾だけじゃダメだったのかな……?」
二人が頭を突き合わせ話していると、アクセルがリーゼロッテの手を解き歩き出した。
獣人たちは一斉に黙り、武器を構える。
リーダーの男が再度警告した。
「貴様……止まれ。今度は当てると言った筈だが?」
「好きにしろ。当てられればの話だがなァ」
アクセルはニヤついたまま足を止めない。
リーダーの男が手で合図をすると、他の獣人たちが一斉に矢を放った。
しかし、アクセルは矢など見ていない。
突然、全ての矢が軌道を変え地面に突き刺さった。
その光景に、獣人たちの間に動揺が広がる。
「まさか、精霊使いか!? くそっ! 皆行くぞ!」
獣人たちは怒号をあげ、四人へ向かっていった。
飛鳥も思わず駆け出す。
「アーニャ! リーゼロッテを頼む!」
「分かった! 飛鳥くんも気をつけて!」
最悪だ……!
飛鳥は引き千切るように眼帯を外し、獣人たちの攻撃をいなしていった。
こんなところで怪我人を出してしまったら、獅子王を探すどころではなくなってしまう。
その時、『精霊眼』にアクセルのエレメントが映った。
「アクセル! やめろ!」
叫ぶが、返事はない。
次の瞬間、地面から木の根が飛び出し、獣人たちの体を縛った。
逃れようと必死にもがく彼らを見て、アクセルは心底失望したような表情を浮かべる。
「その程度も破れないのか。獣人ってのはもっと屈強なもんだと思っていたが……」
アクセルはエレメントを纏い飛び上がると、彼らの中心目掛け、砲弾のような猛スピードで突撃した。
「──『鳴動せよ、大地を支えし世界蛇よ』」
巨大な揺れと共に地面が捲れ上がる。
獣人たちは地割れに飲まれ、或いは木に叩きつけられた。
ほとんどが気を失ってしまったのか身動き一つしない。
辛うじて意識がある者も、呻き声とも息ともつかない音を発した。
「さて……」
アクセルがリーダーの男へ近づいていく。
飛鳥と戦っていた者たちは、勝てないと悟ったのか、呆然と立ち尽くした。
彼らだけではない。
アーニャとリーゼロッテもアクセルの力に言葉を失った。
唯一、飛鳥だけは拳を握る。
「答えろ。お前たちの主、獅子王マティルダ・レグルスはどこにいる」
「お、俺たち……は……」
「あ?」
「俺たちは……仲間を売ったりは、しない……。お前たち……人間と一緒にするな……!」
その言葉にアクセルは面倒くさそうに肩をすくめた。
「そういうありきたりなやり取りに付き合う気はねぇ。喋って助かるか、黙って死ぬか選べ。それ以外はいらん」
リーダーの男は歯を食いしばり、アクセルを睨みつける。
アクセルの手に黒いエレメントが宿った。
「そうか、それが答えか。なら──」
だが、エレメントが弾ける寸前に飛鳥はアクセルの襟を掴んだ。
「いい加減にしろバカ! 一旦退くぞ! アーニャ! リーゼロッテも走れ!」
アーニャもリーゼロッテの手を握り、飛鳥に続く。
「おい! 何すんだ離せ!」
アクセルが怒鳴るが飛鳥は手を緩めない。
四人は一目散にその場から逃げ出した。