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一目惚れから始まる異世界終焉譚-ラグナロク-  作者: 宮井ゆきつな
第一章 ティルナヴィア編
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第22話 獣人の国へ

 その日は特に寒さが厳しい日であった。

 朝からずっと強風が吹き荒れ、コートを着込んでいても肌を突き刺すように冷気が襲ってくる。

 雪が降っていないだけましというもの。

 まだ足跡のついていない新雪を踏みしめ、アクセルが愚痴をこぼした。


「何もこんな日に出発しなくてもいいだろうが……」


 場所はロマノー帝国軍北方司令部から更に北へ十数キロほど進んだ、エール共和国との国境付近。

 すぐ近くには川があり、馬車が一台通れるかといった狭い橋が一本だけ架けられていた。


「あの橋を渡ると共和国の領土ですので、我々はここまでです」


 道案内をしてくれたロマノー兵が寒さに震えながら告げる。

 飛鳥は礼を述べた。


「ありがとうございます。助かりました」


 兵たちも軽く会釈し、足早に引き返していった。

 いくら雪国育ちとはいえ、こんな日に外出などしたくはないのだろう。

 それも、もう何年も落ち着いている国境付近なら尚更だ。


「いよいよエール共和国に入るね、気をつけていかないと……」


 と、アーニャが言うが上手く聞き取れない。

 それもその筈。

 アーニャはコートはもちろんだが、マフラーをぐるぐる巻きにし、鼻から下が全部隠れてしまっていた。

 アクセルもまだ何かぶつぶつと文句を言っている。

 唯一リーゼロッテだけ、何でもなさそうな顔で佇んでいた。


「リーゼロッテちゃん、こんなに寒いのにコートだけで平気なの?」

「うん、冬毛だから──って抱きつこうとしないでよ!」


 飛びかかるアーニャを避け、リーゼロッテが叫ぶ。

 そんな二人を横目にアクセルは飛鳥に向かって手を差し出した。


「国境を越えるんだ。いい加減秘密兵器とやらを出せ」

「あぁ、ちょっと待ってくれ」


 飛鳥は荷物から皮の袋を取り出し、中身をアクセルとアーニャに渡した。


「…………何だこりゃ」

「わあっ、耳と尻尾!」


 呆れ返るアクセルとは反対に、アーニャが嬉しそうに飛び跳ねる。

 飛鳥は胸を張り、こう言った。


「これから獣人の国に入るからな、人間だってバレないように変装しないと」

「……」


 アクセルはリーゼロッテへ手招きすると、渡された耳を彼女の頭に乗せようとして手を叩かれてしまった。


「いや私はいらないから!」

「俺もいりませんよ。こんなもので誤魔化せる訳ないでしょう、奴らは臭いで判別できるんですから」


 しかし、飛鳥とアーニャはというと──、


「飛鳥くん、どうかな? 似合う?」

「うん! すっごく似合ってるよ! そ、それにその……可愛いよ」

「えへへ、ありがとう! 飛鳥くんもどこからどう見ても獣人だよ! 完璧!」


 なんて、馬鹿丸出し……いや、微笑ましいやり取りをしていて。

 リーゼロッテははしゃぐ子どもを見るように二人を眺めた。


「楽しそうだしいいんじゃない? 着けても着けなくても変わらないんだから」

「アホらしい……。おい、さっさと行くぞ。獅子王に会うんだろ?」


 アクセルも耳と尻尾を着けると、橋を渡り始めた。


 今から遡ること一週間前。

 謁見の間での一件以降、飛鳥はほとんど動くことができず、一日の大半を眠って過ごしていた。

 アクセルも多少は飛鳥に気を遣ったのか、積極的に動こうとはしなかった。

 そして、迎えた約束の三日目。

 ソフィアを連れ、リーゼロッテが部屋に入ってきた。

 久しぶりに同族と会えたのが嬉しかったようで、リーゼロッテは食事や入浴などソフィアの身の回りの世話をしていた。


「お待たせしましたぁ」


 相変わらず間延びした口調でソフィアが椅子に腰を下ろす。


「私、アクセルを呼んでくるね」

「うん、私も飛鳥くんを起こすね」


 ソフィアにコーヒーを出し、アーニャは飛鳥へ声をかけた。


「飛鳥くん、起きられる? ソフィアさんが来たよ」

「ん……うん……」


 アーニャに支えられながら飛鳥はゆっくりと体を起こした。

 顔色は優れず、頬もこけている。

 当然だ。この三日間、食事は軽いものしか口に入れられず、エレメントの吸収量や速度も互いにコントロールできない状況が続いていた。

 原因はそれだけではない。

 霊装の対価である『精霊眼(アニマ・アウラ)』の調査の為、日に何度もソフィアの研究室と部屋を行き来させられ、飛鳥の体は限界を迎えかけていた。

 もう何日か遅かったら、飛鳥が命を落としていたかも知れない。


 ソフィアが飛鳥の隣に座り、顔を覗き込む。

 慣れとは恐ろしいものだ。

 至近距離での調査と体力の低下で、彼女に対し何も感じなくなっていた。


「完成したみたいで……良かったです……。ありがとうございます……」

「こちらこそですよぉ。おかげで色々なデータが集められましたぁ」


 やや興奮した様子でソフィアが笑う。

 そこへリーゼロッテとアクセルがやってきた。

 アクセルはソフィアの姿を見るや、彼女に詰め寄った。


「お前がソフィア・リストか。さっさと霊装をよこせ」


 彼の態度に、リーゼロッテが助走をつけ飛び蹴りを放った。


「がはっ!?」

「そういう態度はダメっていつも言ってるでしょ?! ごめんね、ソフィア」

「いえいえ〜。すぐに試したいって気持ちはよく分かりますからぁ」


 何か勘違いしているのか、ソフィアは気にしていないようだ。

 ポケットから霊装と皮の袋を取り出しベッドの上に置いた。

 飛鳥が霊装を見つめる。


「それが……」

「はい〜。むしろこっちのが慣れない作業で時間がかかっちゃいましたぁ」


 ソフィアが皮の袋を持ってみせると、アーニャは不思議そうな表情を浮かべた。


「それは?」

「これはですねぇ」

「それは……共和国用の、秘密兵器なんだ……。それより、早く霊装を……」


 件の霊装は赤い宝石を銀でできた格子状の立方体で囲った作りになっていた。

 リーゼロッテがアクセルの後ろに回り、霊装を首にかける。

 それを見て、飛鳥は精霊術を解除した。


「どうだ?」

「……大したものだ。館にいる時と変わらないな」


 感覚を確かめるように体を動かし、アクセルは呟いた。

 その言葉にソフィアがニコリと笑う。


「良かったですぅ。何かあったらすぐ連絡してくださいねぇ」

「はい。本当にありがとうございました」


 少しだけ体力が戻り、飛鳥はベッドを出る。

 だが、何を思ったのか、突然アクセルがソフィアの襟を掴み上げた。

 彼女の顔が一転して青ざめる。


「ななな、何でしょうかぁ……?」

「お前、どこかで会ったことはないか?」

「しょ、初対面だと思いますけどぉ……」


 殺気のこもった視線に、ソフィアは震えながら消え入りそうな声で答えた。

 飛鳥とリーゼロッテが慌ててアクセルの腕を掴む。


「いきなりどうしたんだよ!? 霊装に問題はないんだろ!?」

「そうよ! やめなさいよ! ソフィアが怖がってるでしょ!」


 アクセルは尚もソフィアを睨みつけていたが、舌打ちをすると乱暴に扉を開け部屋から出ていってしまった。

 リーゼロッテが地団駄を踏む。


「何なのよあいつ! ソフィア、怪我はない?」

「は、はい〜……。あのぉ、あの方はぁ……?」


 ソフィアの問いに、アーニャとリーゼロッテは答えにくそうに目を伏せた。

 飛鳥が二人へあえて笑顔を向ける。


「僕がちゃんと答えるから。二人は気にしないで」


 これからアクセルが起こすこと全てに責任を持つと言った以上、ここで答えなければ嘘になる。


「すみません、最初に伝えてなくて。アクセル・ローグ、ご存知ですよね……? 八年前に殺人事件を起こした……」

「……あの方がぁ」

「本当にごめんなさい。でも、この戦争を終わらせるには、どうしてもあいつの力が必要で……」


 しかし、ソフィアは飛鳥の声など聞こえていないかのようにぼーっと宙を見つめている。


「ソフィアさん……?」

「あ……すみません〜。では、私は部屋に戻りますねぇ」


 そして、彼女はそのままふらふらと出ていった。


「ソフィアさん、大丈夫かな……」


 心配するアーニャにリーゼロッテが応える。


「後で様子見てくるね」

「うん、お願い」

「ありがとう、リーゼロッテ」


 飛鳥はしばらく扉を見つめていた。

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