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一目惚れから始まる異世界終焉譚-ラグナロク-  作者: 宮井ゆきつな
第一章 ティルナヴィア編
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第17話 トリックスター(5)

 ──あの時、誓ったんだ。


 この世界に復讐すると。この世界を壊してやると。

 あんなことをしなければ生きられないのなら、この世界は根本から間違っている。

 あんなことが許されるのなら、この世界は腐りきっている。


 だから、俺は……。


 頬に冷たさを感じ、アクセルは目を開けた。

 その目に映るのは、館の床と壁。

 全身が酷い脱力感に襲われ、状態を確認する気にもならない。


 あぁ、そうか……。これが……。


 ボーッと宙を眺めていると、近づいてくる影が映った。


「何か言い残すことはあるか?」


 その声には未だに冷たさと殺意が篭っていた。

 体に纏うエレメントも解かれていない。


「お前は……この世界が、正しいと思うか……?」

「来たばかりだから、まだ何とも言えないな」


 来たばかり……? どういう意味だ……?


「ならもし、この世界が醜く、間違っていて……。もう、手の施しようがないとしたら……。いや……何でもない、忘れてくれ……」

「……それだけか?」

「あぁ……後は好きにしろ……」


 飛鳥が頷き、レーヴァテインを振り被る。

 アクセルは静かに目を閉じた。


 不思議と恐怖も絶望も感じない。

 むしろ落ち着いていると言ってもいいくらいだ。

 自分が死んだところで悲しむ者などいない。

 心残りはいくつかあるが、それももうどうでもいいことだ。

 軍の連中は落胆するかも知れないが、それはそれで気分が良い。


 しかし、いつまで経っても死はおろか痛みすらやってこない。


「おい、何を……」


 目を開け飛び込んできた光景に、アクセルは全身が固まってしまった。


「お、お願い……」


 二人の間にリーゼロッテが跪き、飛鳥に向かって頭を地面に擦りつけている。


「ア、アクセルを、許してやって……。アーニャは、私が責任持って治すから……。だからお願い! こいつを……殺さないで……!」


 リーゼロッテは体を震わせ、今にも消えそうな声で飛鳥に頼み込んだ。

 アクセルが手を伸ばす。


「リーゼロッテ……さん……。やめて、ください……。そんな……」

「うっさい! あんたは黙ってなさい!」


 尻尾で顔面を強打され、アクセルは『ぐぇっ』と短い悲鳴をあげると床を転がった。


「お願い! ううん、お願いします! 私にできることなら何でもするから! し、尻尾とか耳とか好きに触ってもいいから!」


 リーゼロッテは涙を浮かべながら、もう一度飛鳥に頭を下げた。

 彼は何も言わず、リーゼロッテを見つめている。

 そんな飛鳥へ、アーニャが声をかけた。


「飛鳥くん……。私からも、お願い……。もう、やめて……」

「アーニャ……」

「リーゼロッテちゃんの尻尾……モフモフ……したいし……」

「……」


 飛鳥は溜息をつき、レーヴァテインを収めた。


「……これじゃ俺が悪者みたいじゃないか」

「え……?」


 リーゼロッテがキョトンとした表情で顔をあげる。

 だが、既に飛鳥はアーニャの元へと歩き出していた。

 リーゼロッテはその場にへたり込んだが、すぐにアクセルへ駆け寄り体を揺すった。


「アクセル! 大丈夫!? ねぇ!」

「大丈夫、ですよ……。俺はいいんで……あの女を診てやってください……」

「でも!」


 なおも詰め寄るリーゼロッテを、アクセルは手で制した。


「しばらく横になっていれば大丈夫ですから……」


 微笑むアクセルに、リーゼロッテはしばらく口を固く結んでいたが、


「分かった。向こうが終わるまで絶対動かないでよ!? いい!?」


 と怒鳴ると、アーニャの方へ走り出した。


 それからしばらくして──、


「ね、ねぇ……そろそろ離してほしいんだけど……」


 リーゼロッテはむず痒そうに顔を赤くし、アーニャに訴えかけた。

 しかし、アーニャは聞いていない。

 恍惚とした表情でリーゼロッテの尻尾に頬ずりしている。


「ねぇねぇ、飛鳥くんもモフモフする? リーゼロッテちゃんの尻尾、気持ちいいよ」

「いや、僕はいいよ……」


 リーゼロッテは我慢するように拳を握り微動だにしない。


 動物って尻尾触られると嫌がるんだっけ……。


「ちょっと、飛鳥。何とかしてよ……」


 リーゼロッテが先ほどとは別の意味で涙を浮かべ、飛鳥を見つめた。

 だが、飛鳥は少し考えた後、


「ごめん。もうちょっと我慢してくれ」


 と、視線を逸らした。

 アーニャは変わらず緩みきった顔でリーゼロッテの耳や尻尾を触り続けている。

 少し可哀想になってきたが、こんなに嬉しそうなアーニャが見られるなら仕方がない。


「そ、そんなぁ……」


 リーゼロッテが項垂れていると、アクセルが戻ってきた。

 アーニャの顔色を見て、意外そうに視線を動かす。


「ほぉ。死ぬ一歩手前まで食ったつもりだったが、回復が早いな」

「あ! ちょっと! 動くなって言ったでしょ!? ……って、あれ?」


 リーゼロッテは不快感も忘れ目を丸くした。

 先ほどまであんなにボロボロだったのに、アクセルの体には傷一つない。


「へ? え? どうなってんの……?」


 リーゼロッテが驚くのも当然だ。

 あれからまだ一時間と、いや、そもそも数日程度で癒えるような傷ではなかった。


「大丈夫って言ったでしょう? それより、おい、飛鳥。この女は何だ? 人間でも獣人でもない。まさか、精霊だなんて言わないよな?」


 と、アクセルがアーニャを指差す。

 その仕草に不快感を覚え、飛鳥はアクセルの手を払い睨みつけた。


「俺たちの用件が先だ。ロマノーの第八門として軍に加わってもらう。異論は無いな?」

「あっても聞く気ねぇだろ。……戦うのはいいが、一つ問題がある」

「問題? 何ですか?」


 首を傾げ尋ねるアーニャに、アクセルは最初と同じ、嘲るように笑った。


「俺はこの館から出ることができん。出たら誰かが死ぬからな」


 アクセルの言葉に、リーゼロッテの顔が青ざめていく。


「な、何よそれ!? 死ぬってどういうことよ!?」


 彼女はアーニャの手を振り解き、アクセルに掴みかかった。

 しかし、当のアクセルは、


「あれ? 言ってませんでしたっけ?」


 なんてあっけらかんと答えた。


「聞いてないわよ! 説明しなさいよ!」


 リーゼロッテは本気で怒っているようだ。

 アクセルを怒鳴りつけ、肩を震わせる。


「ん〜。どこから話したものか……」


 そう言うとアクセルは黙り、考えるような素振りを見せた。

 それがいつもの、茶化しているように感じたのだろう。

 リーゼロッテはアクセルの腹を殴りつけた。


「最初から最後までよ!」

「わ、分かりましたよ……。その前に、ちなみにリーゼロッテさんって俺が飯食ってるとこ見たことあります?」

「え? ご飯? ……あれ、そういえば見たことないかも」


 リーゼロッテが記憶を探すように目を左右に動かす。

 アクセルは緊張しているような、或いは迷うような様子を見せたが、やがて思い切って告げた。


「無くて当然ですよ。俺の体の中は脳以外無くなってるので普通の食事は取れないんです」

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