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一目惚れから始まる異世界終焉譚-ラグナロク-  作者: 宮井ゆきつな
第一章 ティルナヴィア編
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第10話 雷の英雄と光の皇帝と

「ふっはふっはふーんふーん♪ ふっはふっはふーん♪」


 と、少し音程のズレた謎の鼻歌を歌いながらエミリアはどんどんと歩いていく。

 飛鳥は握られた手を振り解いた。


「おい。おい、いい加減離せ」


 気恥ずかしくなり、アーニャの方をチラリと見る。

 飛鳥の様子に、エミリアはにやーっと目を細めた。


「そうだよね〜♪ アーニャ以外の女の子と手繋ぐの嫌だよね〜♪ 気づかなくてごめんね〜♪」


 だが、アーニャの態度は普段と変わらない。

 ちょっとショックだ。

 話題を変えようとエミリアへ視線を向ける。


「なぁ、僕たちに会いたがってるのって誰なんだ?」

「それは会ってからのお楽しみってことで。でもビックリするよ〜、腰抜かす準備しといた方がいいよ♪」


 エミリアは唇に指を当て笑った。

 これ以上聞いても無駄らしい。

 おとなしく彼女に従い、着いた先で飛鳥たちは狼狽えた。


「ここって……」


 そこは城壁よりも高く造られた件の宮殿であった。

 頻繁に訪れているのか、エミリアは何も言わずに門をくぐる。

 彼女は当然としても、警備の兵は飛鳥たちにも何も言ってこない。

 騒ぎになるよりはいいが、警備体制が少し心配になってしまった。


「二人とも! こっちこっち!」


 エミリアに手招きされ、廊下を進んでいく。

 それにしてもと、飛鳥は周りを見渡した。

 さっきから全くと言っていいほど景色が変わらない。

 同じ造りの廊下と等間隔に並ぶ同じデザインの扉。

 エミリアがいなければあっという間に迷子だろう。


「同じ景色ばかりで目が回っちゃいそうだね」


 アーニャも同じようだ。

 少し困ったような笑みを浮かべている。


「そうだね。まだ着かないのかな……」


 そんなことを話していると、エミリアが急に立ち止まり、目の前を指差した。


「とうちゃ〜く! ここだよ!」


 そこには、これまでとまるで違う豪奢な扉が一つ。

 両開きの扉は大きさはもちろん、使われている木の材質も素人目に見ても高級と分かるものだ。

 扉の縁は黄金で複雑な模様が刻まれ、取っ手もしっかりと磨かれ輝きを放っていた。

 エミリアは扉の前にいる二人の兵士に向かって手を上げた。


「やっほ〜。今大丈夫?」


 やっほ〜って。そんなにフランクでいいのか?


 しかし、兵士たちはエミリアを見ると、真面目な表情のまま敬礼した。


「はっ。先ほどヴェステンベルク公が退出されたばかりです」

「じゃあ私が来たって取り次いで。『英雄』殿をお連れしたってね♪」

「はっ!」


 兵士の片方が走り出す。


「ちょ〜っと待っててね」


 エミリアが飛鳥たちに声をかけた。

 だが、飛鳥とアーニャは訝しむように顔を見合わせている。


「『英雄』、殿……?」

「どういうことだろう……?」


 少しして兵士が戻ってきた。


「お待たせいたしました。お入りください」


 中に入り、飛鳥たちは息を呑んだ。

 ガラス張りの大広間の中は大理石の柱が並び、天井から差し込む陽光が隅々まで照らしていた。

 そして、入口から真っ直ぐ伸びる赤い絨毯。


「陛下〜! 『伝説の英雄』を連れてきたよ!」


 絨毯の先、一段高くなっている玉座へエミリアが駆け寄る。


「ご苦労だったな。エミリア」


 若い男の声が響いた。

 玉座から立ち上がった男がゆったりとした足取りで近づいてくる。

 その姿を見た瞬間、飛鳥は目が離せなくなってしまった。


「よく来てくれた。歓迎しよう、『伝説の英雄』よ」


 端正な顔立ちに、短く切り揃えられた金色の髪。

 装飾っけのない真っ白な祭服に身を包んだその男は、飛鳥たちを見ると嬉しそうに微笑んだ。


 その時、飛鳥は唐突に理解した。

 今までの経験など度外視に、全身の細胞が声をあげた。


 この男こそ、王となるべく生まれた存在なのだと。


 『救世の英雄』に選ばれて、アーニャという最高のパートナーと巡り会えて、世界を救うぞと舞い上がっていた自分が馬鹿みたいだ。

 民を導き、世界を変えるのはこういう人間なのだと否応無しに突きつけられた。

 単純な威圧感などでは決してない。むしろその逆。

 まるで全てを包み込む光のように感じられた。


「ん? どうかしたか? 英雄よ」


 固まったままの飛鳥を気遣うように男が話しかける。


「えっ、いえ……えっと……」

「にゃはは♪ 飛鳥ったら緊張して〜♪ 腰を抜かす準備しといてって言ったでしょ♪」


 エミリアはドッキリ大成功とでも言わんばかりに嬉しそうに笑っている。

 飛鳥は助けを求めるようにアーニャに目を向けた。


「突然のことにも関わらず、拝謁の栄に浴すること光栄の極みでございます。皇帝陛下」


 アーニャが落ち着いた様子で恭しく頭を下げる。

 流石は数々の世界を救った女神様。

 こういう場面にも慣れているんだろう。

 それを聞いた男は照れ臭そうに笑った。


「そんなに畏まらないでくれ、奥方よ。俺はロマノー帝国皇帝ヴィルヘルム・ヒルデブラント。ロスドンでのことは報告を受けている。改めて名を聞かせてくれないか?」

「は、はい……。僕は、皇飛鳥といいます。こちらが……」

「妻のアニヤメリアと申します。アーニャとお呼びください。ところでその……『伝説の英雄』と言うのは……?」


 アーニャの質問に対し、ヴィルヘルムが意外そうな表情を浮かべる。


「説明していないのか? エミリア」

「うん! してない!」

「そうか、してないか!」


 ヴィルヘルムは楽しそうに大笑いした。

 どれだけ懐が広いのだろうか。


「『ロマノーに災い訪れし時、雷を纏いし英雄現れこれを打ち払う──』」


 ヴィルヘルムは詩でも詠うかのように口にした。


「それは……?」

「どこの地域にも英雄伝説というのがあるだろう? ロマノーは今、スヴェリエとの戦争という災いに瀕している。兵の前では言わないようにしているが、正直旗色は悪い。そんな時ロスドンに雷を扱う戦士が現れ、スヴェリエ軍を退けたと報告を受けた。まさしく伝説の通りじゃないか」

「そういうことだったんですね」


 話を聞いたアーニャはどこか誇らしげだ。


 僕よりヴィルヘルムの方がよっぽどそれっぽいけど……。


「あのっ、僕はそんな伝説の英雄じゃ……」


 しかし、言い終わる前にヴィルヘルムは飛鳥の手を強く握った。


「いや、会ってみて分かったよ。飛鳥、お前こそ伝説に謳われた英雄だ。どうかこの戦争を終わらせる為、力を貸してほしい」


 その顔は先ほどまでと違って真剣そのものだ。

 飛鳥が返事に困っていると、代わりにアーニャが口を開いた。


「もちろんです、陛下。私たちはその為にここへやって来ました。どうか帝国軍の端にお加えいただけますでしょうか」


 アーニャも真剣な表情で述べる。

 金髪の美男美女、二人を見ていてある疑問が頭を過った。

 何故今まで思い至らなかったのだろう。


 アーニャって、夫とか彼氏とかいるのかな……? 


 ……そうだよ! 僕がアーニャと付き合うことばかり考えてたけどアーニャはこんなに可愛いし優しいし、最高の女性だぞ!? もう決まった相手がいる方が自然だ! その場合どうすればいいんだ? 何の為に世界を救ったらいいんだ僕は? 戦う理由を見失いそうなんだけど。


 などと、飛鳥が真剣に悩み出した横でヴィルヘルムの顔がパッと明るくなる。


「そうか! そう言ってくれると信じていた! よろしく頼むぞ、二人とも!」

「お任せください、陛下。良かったね、飛鳥くん。……飛鳥くん、どうしたの?」


 青ざめる飛鳥に、アーニャは不思議そうに尋ねた。


「う、ううん……。何でもないよ……」


 まだだ、まだそうと決まった訳じゃない。それとなく聞いてみよう。……でももし相手がいたらどうしよう。ヤバい、死にたくなってきた。もう一度死んでるけど。


「バルドリアス、二人がすぐに軍務に就けるよう手配を頼む」

「かしこまりました」


 ヴィルヘルムが命じると、くぐもった男の声が返ってきた。

 いつの間に現れたのだろうか。

 フードを目深に被り、白い仮面をつけた男に、飛鳥はびくりと身を震わせた。


 何だこいつ!? 魔眼に何も映らない……!


 精霊使いか否かという話ではない。

 その男だけ空間からすっぽりと抜け落ちているように見え、気持ちの悪い汗が背中を伝った。

 アーニャが飛鳥の手を握る。

 怯えているのか、酷く顔色が悪い。

 こんなアーニャを見るのは初めてだ。

 ヴィルヘルムは申し訳なさそうに男を指した。


「驚かせてしまってすまない。こいつはバルドリアス。俺の秘書官を務めている。昔あった事故の傷跡が残っていて仮面が外せないんだ、どうか勘弁してやってほしい」


 ヴィルヘルムに促され、バルドリアスが進み出る。


「無礼をいたしまして申し訳ございません」

「いえっ、こちらこそすみません……。事情を知らないとはいえ……」


 飛鳥の言葉に、バルドリアスが笑った、ような気がした。


「では陛下、私は司令部へ行ってまいります」

「あぁ、頼んだぞ。飛鳥、アーニャ、お前たちも今日はゆっくり休んでくれ。エミリア、案内を頼む」

「りょーかい!」


 エミリアが元気よく敬礼する。

 まだ具合が悪そうなアーニャを連れ、飛鳥は部屋へ向かった。

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