幼馴染み
互いに笑い合った瞬間から、フィーナとの間にあった壁が、はっきりとなくなった気がした。昔みたいに接していいんだと思い……その考えが、迷いを氷解させた。
「フィーナから見て、俺の能力はどう映っているんだ?」
とはいえ、さすがに突如彼女の近況とか聞いてもあれだったので、まずは俺の身の上について尋ねる。彼女は俺が握る剣を一瞥した後、
「正直、私もわからない。迷宮の戦いで同行していた、研究もやっている宮廷魔術師にも尋ねてみたけど、その人もわからないって」
「専門家も首を傾げるレベルか……」
「とはいえ、魔力を暴走させなければ問題はないだろうって。アレスの素性のこともあるし、交流を深めておけば大丈夫だろうって話」
「暴走……って、それだけか?」
「うん」
国側の人、ずいぶん楽観的に見ているような気もするけど……。
「それだけアレスを信頼しているって話だよ。ギルドの評価も良かったし、国の人は安心しているみたい」
……正直、拍子抜けな部分もあった。フィーナとの関係性が良い方向に働いているのは確かみたいだが、これまで活動してきた意味もどうやらあったらしい。
まあ、これまでの努力が無駄ではなかった……喜んでおこう。
「……そっか。なら、魔王との戦いに尽力するだけだ」
「アレスは……魔王と戦うために剣を?」
問われ、俺はどう答えるか迷った……フィーナと再会するためにここまで来た。そんな風に喋って、彼女はどう思うのか。
呆れるかもしれないし、どうしてそんな無茶をしたのかと怒るかもしれない。少なくとも「私のために戦ってくれてありがとう」なんて言うわけもないし、俺自身別に望んでいない。ここまで来たのは、ただ俺がそうしたかっただけの話だからだ。
近くにいるゲイルに伝えたようには……本人に言ってこそ、なんて見解だってあるかもしれないけど、もし言うにしても、今ではないと思う。よって、
「……俺の能力で、魔王に挑むなんて無茶にもほどがあるさ」
肩をすくめながら、フィーナへ答えた。
「でも、儀式の日、フィーナと別れてから考えた……とんでもない力を持っている。しかもそれは古の魔王を倒した女神の力。だったら、魔物と、魔族と、魔王と戦うんじゃないかって。だから俺も何か……何か、できることをって考えて冒険者になった。無謀なのはわかっていたし、正直フィーナからしたら迷惑だったかもしれないけど――」
「アレスのことを、私が決められるわけじゃないから」
彼女は俺へまずそう言った。
「本心としては、普通に暮らして欲しいって思いはあった……けど、アレスが戦うということを選択したのなら、私はアレスがやっていることを知ってても止めなかったと思う」
そう述べた後、フィーナは俺としっかり目を合わせた。
「でも、命を投げ出す行為は許さない」
「……そこは、ごめん」
反省の色を出した俺にフィーナは「ならよし」と応じた。魔人に対しかばった一件はそれで終わりらしい。
なら、今度は俺から……意を決したように俺は問う。
「フィーナは……聖女と呼ばれ、剣を手にして、戦うことをどう考えているんだ?」
「私? アレスからしたら、嫌々戦っている風に見える?」
「そうは思わないけど……どう考えているのか、本心を訊きたくて」
幼馴染みだから、という理由で答えてくれるかわからなかったけれど――フィーナは、答えを提示した。
「村を離れて十年……色々あったけれど、今こうして剣を握ったことに、後悔はないし、私が選んだ道だよ」
「そっか」
なら、それでいい――俺自身、冒険者になった目的は果たした。これからは……手にした力を使い彼女を守る。そのために戦おう。
幼馴染みである彼女を、死なせたくはないから……決意を改めた時、俺は頭をかきつつ一つ言及した。
「でも俺からしたら、フィーナが最前線で戦うなんて想像していなかったよ……剣を握ったのは、何か理由が?」
「魔法も使えるよ」
「……へ?」
「剣と魔法を両方学んで戦う際、状況に応じて切り替えているだけ」
開いた口が塞がらなかった。な、なるほど……どちらか片方じゃなくて、両方極めていると。
「――話によると、その成長性はめざましいものだったようです」
と、俺達の会話にパトリが入ってきた。
「私は数年前から騎士としてフィーナ様にお仕えする身ですが、それよりも前の話は、宮廷内でも語り草となっています」
「なんだか恥ずかしい……」
照れるような顔をするフィーナ。色々とエピソードがあるらしい。
「女神リュシアの再来……そう呼ばれる力をお持ちだったわけですが、当然そうであっても鍛錬は必要です。アレス様ならおわかりかと思いますが、フィーナ様は元々剣はおろか魔力すらも操ることはできませんでしたが……女神の力による恩恵か、あるいは元々の素質か。勉学に励み、剣を握り始めたその時から、他とはあまりに違っていたとのことです」
「あー、噂をいくつか知ってるぞ」
ふいにゲイルが発言した。
「剣のお師匠さんは修行開始から五年くらいでもう教えることはない、至らない人間ですまないって、泣きながら謝ったらしいな」
「そこまで思い詰めなくても良かったと思うんだよね……」
「他にも魔法訓練の際、全く違うアプローチで威力を大幅に上げたことにより、魔法使い側は面子が丸つぶれ。呆然と立ち尽くしたなんて話も……」
「あれはなんというか、単に偶然発見したというか……」
「とりあえず、噂どころか真実ではあるんだな……」
俺の指摘にフィーナは苦笑する――表情がコロコロと変わるその様子は、紛れもなく年齢相応の女性であり、加えて俺が知る彼女であった。
話が一段落した後、俺達は森の中を見て回る。二度ゴブリンと遭遇したが、問題なく対処した。
「ふっ!」
剣を一振りすれば魔物が等しく消えていく……楽勝と言って差し支えないが、もちろん油断はしない。また、二度目の戦いの際にフィーナもまた参戦した。その動きは流麗で、一切の淀みがない。鍛錬した剣術が、達人級であることを意味していた。
優雅に、そして可憐に剣を振るう。迷宮における戦いとは異なり、魔力を剣にそれほど加えず、純粋に技量だけで魔物を倒す。思わず見とれてしまうほどのもので、もし今後強くなろうとするなら、剣術ももっと高めていかないと、などと思ったりもした。
「アレス、魔法の検証もしてみたら?」
戦いの最中、ふいにフィーナから助言を受けて魔法を使ってみた。剣と同等の威力が出てしまったら、とんでもないことになる……そう思いつつ俺は魔法を使ってみた。結果、ゴブリンを一撃で倒すことはできたが、威力は相当低かった。
おそらく、岩を砕くくらいの威力しか出ていない……剣を得る前はそれすらもできなかったので、威力は上がっているのだが、どうやら剣のように魔人を倒すほどの力はない。いや、悪魔にも通用しないレベルで間違いないだろう。
「魔法はやり方を変えないといけないのかな?」
戦闘後、フィーナは俺の左手を見据えながら呟いた。
「魔力の流れが剣を振る時と違うみたいだし……それによって、剣の威力と大きく違うみたい」
「……魔力の流れ、わかるのか?」
「うん」
何でもないことのように言っているけど……たった一度魔法使っただけで、そこまで解明できるのは――やはり彼女は聖女であり、女神リュシアの再来なのだと認識させられる。
「アレスは、持ってる魔力を自在に操れるみたいだね」
さらにフィーナは言う。俺はそれに頭をかきつつ、
「とりあえず、魔力制御の訓練はしていたからな。魔力は持っていなかったにしろ、鍛錬はした。役立っているなら何よりだ」
「なら、色々と応用が効くよ。例えば足に魔力を集めて移動速度を向上させるとか、あるいは頭部とかに魔力を集め、思考を鋭敏化させるとか」
「なるほど、参考にさせてもらうよ」
そうしてアドバイスをもらいつつ、ゴブリンの討伐が完了。俺の能力についてはわからないことも多いし、まだまだ検証の余地はあるけれど、一定の成果は得た。フィーナも「満足のいく結果」と言ったため、俺もまた「そうだな」と返事をして……森を出たのだった。