天霊との戦い
――こちらが敵意を発した瞬間、紳士は視線をこちらへ向けてきた。
「何やら、嫌な気配が漂っているな。ああ、もしかするとあの女から力でも賜ったか? まあそれなら不快に感じても仕方がない……が、もし仕掛けてくるのであれば容赦はしない。返り討ちにして、逆にその力を取り込んでやろう」
……正直、目の前の天霊がどれほど強いのかわからない。勝てるのかどうかも……だが、俺はなんとなく思った。ここで何もせず終わるのは、絶対に後悔すると。
紳士は自然体で俺を見据える。いつでも仕掛けて来いといった様子であり、圧倒的な力の差を見せつけてやろう、だから先手はやる……といった感じだ。むしろさっさと来いとでも誘っている雰囲気すらあった。
もし、俺に勝機があるとすれば……相手に攻撃させず、一撃で仕留めること。もっとも、それができるのかなどわからない。紳士から発される気配はわずかだが、そこから感じ取れる魔力だけでも強大であり、さらに言えばこの男は俺に力を与えた天霊の女性を滅ぼしたほどだ。
力を持っていても、魔王の配下達を蹂躙できるほどの力を有していても、果たして勝てるのかわからない……だが、逃げるわけにはいかないと思った。
ただ単純に、俺に力を与えた女性を滅ぼしたから……彼女に対する恩義とか、そういうものでもない。だが、許すことはできない。様々な感情を超越した何かに突き動かされるように……俺は、剣を抜いた。
紳士は反応した。だが俺の剣が届く方が圧倒的に早かった。相手としてはこちらの剣を受け流して仕留める……そういう意図があったはずだ。
けれど、攻防の結果は――双方にとって予想外の展開となった。刃に対し紳士は腕をかざした。防具などなくても俺の剣は防げる……そう確信しての動きだった。
しかし、刃が腕に入った瞬間、俺は感触もなく剣を振り抜いた……直後、紳士の腕が、これまで魔族を相手にしてきた時と同じように、何一つ抵抗なく両断した。
「が……ああああああっ!?」
驚愕の声が、紳士から発せられた。俺の方もあまりの展開に目を丸くしたが……すぐに我に返って足を前に踏み出した。
「ま、待て――」
即座に紳士は声を上げた。このままではまずい――という確信から発せられたはずだが、俺は止まらなかった。追撃の剣が紳士の体へ叩き込まれる。それもまた容易く相手の体を抉り、
「馬鹿な、その力は一体何だ――!?」
そして声を発しながらどうにか逃げようとする。しかし、俺はなおも執拗に攻撃を仕掛ける。次で仕留める……そういう強い意志を伴い、俺は渾身の剣戟を放った。
紳士は傷を負ったことで動きが鈍り、もはや声すら発する余裕はなかった。結果、容赦のない一撃は紳士に入り――
「何故、だ――」
そういう言葉を残し、天霊の紳士は消滅した。
あまりに予想外の、圧倒的な決着……俺に力を与えた天霊の女性は、それほどの力を所持していたのか? それとも、何か他に要因があるのか?
様々な疑問はあったのだが、その全てを解決することはできない。なぜなら話をしようとしていた天霊の女性は、消滅しているためだ。
ならば、俺はもう……たった一人になってしまった部屋の中で俺は俯く。剣を取り落としそうになるくらいに力は抜け、これからどうするべきか考える。
ここに来た意味は、なくなってしまった。だからといって帰るつもりもない。そもそも、俺が辿ってきた足跡は代償によって消えている。少しでも離れれば記憶から俺という存在が消える……ならば、人間と関わらない方がいい。
では、どうすればいいのか? 人間というのは、一人では生きられない。社会を形成してこと人間であり、俺の特性はその全てを否定する。
力を得たことに対し、後悔はないし恨みもしない。だが、もうこの世界に……俺の居場所はどこにもない。
ただそうは思っても、俺の心は絶望などなくどこかさっぱりとした寂しさだけがあった。俺の力によって救えた命もある。ならば、俺はどう生きるべきか……そして、どうすればフィーナの代償を消すことができるのか。
様々な思いが巡る中で、俺はやがて剣を鞘に収めて……そこで、一つ気付いた。
「ん……?」
気配を感じた。ただそれは、儚く神経を研ぎ澄ませなければ気付けない程度に薄いもの。
けれど、一度感じてしまえば察することができる……気になって俺は歩き始めた。それは部屋の外……この城のどこかから発せられている。
城内をくまなく歩き回り、気配の根源を探す。やがて見つけたのは、城の一階にある部屋の中。
扉まで近づくと儚げな気配が少しばかり明瞭になった。俺はまさか、という予感を抱きながら扉に手を掛けて、開ける。
そこにいたのは――
『……ようこそ、私の城へ』
天霊の女性が、笑みを浮かべながら俺へ歓迎の言葉を投げかけた。




