世界を変える力
先ほど遭遇した天霊の紳士は滅ぼしたと言っていた。けれど実際は――
『最初に言っておくけれど、本体は既に消滅しているの。ここに残っているのは、わずかな力のみ』
そう彼女は俺へ告げた。
『こうして話をするくらいしかできないけれど……最後、あなたに会えるまで残っていられたのは、良かった』
「……それは……」
『最後に、あなたにいくつか話をしておこうかと。ああ、その前にあなたの力について説明しないと。なぜ、あなたは天霊に対してすら圧倒的なのか。これはそれほど複雑な話ではない。単純に、あなたにそれだけの力を注いだから……もっとも、他ならぬ私自身も半信半疑だったけれど』
そう言いながら女性は小さく笑った。
『魔王と戦えるだけの……天霊と渡り合えるだけの力を与えた。けれど、私自身ここまで深く干渉したことはなかったから、自分の望む通りの力を与えられているのか、不安だった』
「でも結果的に、成功した」
『そうね。あなたはそれこそ、この世界を変えるだけの力を持っている』
その言葉に対し、俺は……何も声を発しなかった。正直、戸惑いの方が大きい。
『ピンと来ていないようね』
「それはまあ、そうだな」
『当然、でしょうね』
「最大の問題は、この力によってフィーナの代償を消し去ることができるのか、だ」
俺の言葉に女性は沈黙する。それはやはり――
『……力を行使することによる影響ならば、対処はできるでしょう。けれど力を使うことによる代償……根本的に、力を手放さない限りは本来は難しいでしょう』
「でもフィーナは、聖女だ。代償を背負おうとも絶対に力は手放さない」
『そうね、あの子は間違いなく、聖女として人生を全うするでしょう……可能性があるとすれば、新たに彼女へ力を付与する』
「力を……付与?」
『彼女が持っている力を上書きする。代償を消すのではなく、例えば力を使うことで記憶が消えるという代償に対し、新たな力を付与することで逆に消えた記憶が戻るようにするとか』
「つまり代償そのものを消すのではなく、別の何かで補完すると」
『そういうことね』
「……でも、俺にそれはできるのか?」
『私が持っていたこの領域を自在に操作する権能……その鍵があれば、可能かもしれない』
――先ほど、紳士の天霊が語っていたことか。
『ただし、これはあなたにもう一つの代償を与えることになる』
「それは?」
『権能を手にした時点で、あなたは人の身を捨てることになる』
……つまり、俺自身が天霊になるということか。
『他者の記憶から消える代償……それにより、あなた自身人が暮らす場所で生き続けることは難しい、と考えていることでしょう』
「そうだな。俺の存在は厄介の種にしかならない」
『ある意味、そういう性質だからこそ、人の身を捨てることも構わないと考えるかもしれないけれど……天霊というのは、膨大な力を持っているにしろ非常に不自由な存在よ。力を持っているが故に、様々な制約も存在する』
「オススメはしないって言いたいのか?」
『そうね。正直なところ、天霊には――』
「でもそれが、フィーナを救う残された方法なんだろ?」
その問い掛けで……女性の口が止まった。
『どうあっても、彼女のことか』
「おかしいと思うか?」
『……あなたにとって、聖女フィーナが大切な人であるのは私も理解している。けれど、本当に……本当に、全てを捧げてまでやることなの? あなたが全てを背負う必要は、あるの?』
「……傍からすれば、異様と感じられてもおかしくはないと自覚している」
女性の問い掛けに、俺は苦笑しつつ答えた。
「それと一つ勘違いしないで欲しいのは、俺は彼女に振り向いてもらいたいからやるとかじゃない。これは完全なる自己満足だ」
『……あなたは、彼女のことが好きだったわよね?』
「ああ、そうだな。今でも好きだ。でも、そういう気持ちに加えて、色々な感情……その全てが混ざって、俺はここまで来た。そして、権能を手にして彼女を救うと決めている」
――女性にとって、俺の言葉はどう感じたのだろうか。そこからは長い沈黙があった。俺はただ彼女を見据え、次の言葉を待つ。
『……どうあっても、やり遂げようというつもりみたいね』
「そうだな」
『でも、彼女がこの世界から消えたら? 天寿を全うし、彼女が世界から別れを告げたら……あなたはどうする? 天霊となる以上、あなたは人の寿命を遙かに超えて生き続けることになる。その時――』
「正直、どうなるかわからない……でも、フィーナが色んな人々を救ったように……俺も、人を救い続けると思う」
『……そう』
女性はそう呟いて、再び沈黙した。
けれど今回の静寂はそう長くはなかった……やがて女性は、
『なら、私は……あなたに鍵もありかを教えて消えることにするわ。あなたの旅路……果てのない旅に幸あることを、祈っているわ――』




