記憶
俺が立ち尽くす中で、魔王はいなくなった。こちらはただ呆然としていたが……周囲に気配がないことを確認し、
「……ひとまず、戻るしかないか」
魔王が語った内容が真実なのかわからない。俺がここにいる中で、魔物の襲撃などを行っているかもしれない……潮時だと判断し、山を下りるべく動き始めた。転移魔法陣は当然使えないので、自分の足で山を脱することにする。
とはいえ、それ自体は難しくない……魔王が語った話が本当ならば、俺を狙ってくる存在は皆無。だとすれば障害となるのは野生の魔物くらいで、さしたる問題にはならないだろう。
ただ、もし魔王の語っていたことが嘘で、実際は攻撃を開始しているのなら……俺はそれを確認するためにも、走り始めた。魔族を斬り続けたというのに、体にはまだ余裕がある。もしかすると、体力は無尽蔵……いや、さすがにそれは言い過ぎだろうか。
とにかく、何の問題なく移動できている。いつか糸がぷっつりと切れてしまうように倒れるにしても、おそらく今じゃない……とにかく、動ける内に町へ戻らないと。
フィーナ達の様子が気になりつつ、俺はふと魔王が放った言葉を思い出した。俺が力を受けたことによる代償。それがどういったものなのか魔王は理解していた。
それは俺の魔力を観測したため、だろうか? 嘘である可能性もあるけれど……なんとなく、全てを知っているような気がする。
なぜ魔王が女神リュシアの力を――と思ったが、魔王にとっても因縁の相手なのかもしれない。色々と胸中で考えながら、俺はひたすら足を動かし続けた。
俺が山を下りたのは魔王と出会ってからおよそ一日。本来はルダー砦から戻るべきなのだが、最終的に別の場所から森の中を進んだ。途中、川を見つけたので軽く水浴びでもしてから町へと戻った。
ゼルシアは現在進行形で復興している最中だった。俺が離れてから魔物は出現していないらしく、人々も戻っていた。ただ、その表情は決して明るくない……まだ数日だ。鎮魂が町に広がっているのだろう。
俺は不安げな表情を浮かべる人々の横目に、城へ向かう。よくよく見れば城もまたかなり破壊されており、復旧には相当時間が掛かるだろうと思った。
そして俺は城の入口に到達したところで――門番が声を掛けてきた。
「止まれ」
その門番は俺も知っていた。見知った顔だったし、問題なく通れると思ったのだが――
「何の用でここに来た?」
問い掛けてくる。その声がひどく硬質であったため、俺は少し戸惑いつつ、
「調査から戻ってきた」
「調査……? 何の調査だ?」
逆に問い返してきた。門番には情報がいっていないのか? そこまで考えて単独で魔族の領域へ入る……なんて説明するのはさすがに無理かと思い直す。
「あ、えっと……とりあえず――」
フィーナかゲイルを呼んでもらうべきか……そう思った矢先、
「ん、どうした?」
ゲイルの声がした。振り向くと、買い物でもしたのか紙袋を持ったゲイルが立っていた。
「あ……」
俺は挨拶しようとして――違和感があったため中断した。俺を見る視線。それが今までと明らかに違う。
その原因は……すぐに判明した。
「ゼルシアの状況を見て駆けつけた傭兵か? 初めまして」
――ゲイルの言葉を聞いて、俺は体の中に稲妻が走ったような感覚を抱いた。同時に、これが代償なのだと理解する。
フィーナの場合は、自分の記憶を削るという代償があった。膨大な力を持つのと引き換えに……俺の場合はどうかというと、逆だ。
俺の魔力は特殊過ぎる故に、力を発露する……そして、その影響から脱した人は、俺のことについて記憶がなくなる……おそらくそういう理屈なのではないか――
「……どうも」
咄嗟に俺は返事をした。怪しまれるとまずい、と内心で思ったためだ。
「その、周辺調査の依頼で城からの依頼だったんですが……冒険者ギルドへ行った方がよさそうですね」
「調査? あったかな、そういう仕事……まあいいや。ここまで来てもらって悪いけど、あいにく城には入れないんだ。さすがにこんな有様で新たな魔物の攻撃が来るかもしれないからな。最大限に警戒しているし……」
その時、町から歓声が湧き起こった。注目すると、何か称えるような声が聞こえてくる。それは――
「ああ、聖女様が町を見て回っているんだ」
と、ゲイルが俺へと解説をした。
「人々を安心させるためだろうな……と、俺はこれで失礼するよ」
ゲイルは俺に手を振った後、門番の横を通り過ぎて城の中へ。そこで俺は、少し動揺しながらも黙ったまま町の方へと歩き始めた。
「……フィーナ」
彼女もまた、完全に忘れているだろうか? いや、そもそも記憶を削っているという事実を考慮すれば、俺のことをいつ何時忘れてもおかしくはない。
でも、ここで別れた時、彼女はまだ俺のことを憶えていた。そこから戦いがあったわけではないから、普通なら憶えているはずだ。
なおかつ、同じ女神リュシアの力を持っている彼女なら……いや、ゲイルですら忘れていた。だが彼女とゲイルでは力の大きさも違う。
もしかして、彼女なら……そんな思いを抱きながら町へ赴くと、人々に囲まれるフィーナの姿があった。
その姿は、間違いなくゼルシアの……いや、この国の希望そのものだ。俺は遠巻きのその姿を見た。人々に微笑を浮かべる彼女……女神リュシアの再来と呼ばれた力を持つ、聖女。
そうした彼女と顔を合わせるべく俺は歩みを進め……近づこうとした時、俺は彼女と目が合った。




