魔族の殺戮
戦いは、恐ろしいほどの早さで終わりを迎えた。気付けば俺が立っている広場に、魔族の姿が皆無となった。
「倒し、たのか……」
自分でも信じられなかった。それと共に、口の端を歪ませて笑う……それは、自嘲的なものだった。
「逃げる敵を追う必要はなかったんじゃないか……?」
そんな考えも浮かぶ。だが、もし残せば報復のために人間達を襲うかもしれないと考えると、見逃す選択肢はなかった。
何より俺には逃げようとしても追うだけの力がある……女神の力は体内に充足し、今なら魔王にさえ挑めるという高揚感があった。
「でも、戦いは終わっていない……」
魔族を殺戮できた以上、俺はこの場を離れゼルシアに帰ることができるはずだ。でも、果たしてそれが正解なのだろうか?
「このまま可能な限り魔族を倒して回るのが正解じゃないのか……?」
そんな考えさえ浮かび上がった。俺の気配を察してか後続の魔族がやってくることはない。もし戦うのであれば、俺は自ら動かなければならない。
「……やれるだけ、やるしかなさそうだな」
俺は決断し、周辺の気配を探り始める。どこに魔族がいるのか……索敵の範囲を広げれば、おおよそ位置をつかむことができる。
そうした中で、この場所へ近づいてくる魔族がいるのを察知した。俺は森方向へ目をやると、様子を見に来たと思しき男性魔族が。
「……あ?」
誰もいない、という状況に魔族は目を丸くして――俺は、接近し容赦なく斬った。それで魔族は消滅し、俺は呼吸を整える。
「……やるしか、ないな」
自分にどれだけできるのかわからない。けれど、可能な限り戦い続ける。
そう決断し、俺は気配を頼りに森の中で飛び込んだ。
――そうして俺は、魔族を屠り続けた。気付けば夜になり、それでも有り余る体力によって魔族を斬っていく。だが、同時に思う。本当に、こんなことをしていいのだろうか?
魔族だからと誰彼構わず斬っていくのは、自分もまた魔王と同じようにやり口になっていないのだろうか? 罪のない魔族さえも屠り、俺の方もまた悪の道へ突き進んでいるのではないか――
「……ああ、そうかもしれないな」
そんな風に呟きながら、俺は剣を強く握りしめる。ここまで来てしまった以上、もう他に手段はない。それこそ、魔族を根絶やしにする……そうでもなければ、人間と魔族は泥沼の報復合戦となるだろう。人間の町へと襲い掛かった、あの魔物が大量に差し向けられるかもしれない。そうなれば――
だから俺は、ひたすら剣を振るう。もはや魔族の気配であればどんな存在ですらも容赦なく斬っていた。そうしなければ人間がやられるため……ゼルシアの町を思い出す。魔物の襲撃によって大きく壊れてしまった町。そして犠牲となった人々……それを思いだし、俺は剣を振り続けた。
そして朝日が昇り始めた時、俺は数え切れない魔族を滅ぼした。それは周囲の索敵をしても一切気配が感じられないほどのもの。魔族の領域から魔族が消えた……そんな錯覚を抱かせてしまうほどだ。
ただ、唯一残っている場所がある。それは圧倒的な魔力を放っている漆黒の城塞。そこには間違いなく魔王がいて、俺はそれを避けるように魔族を倒し続けた。
城の周辺にも気配はあるが、あえて近寄らなかった……だが、気配が喪失してしまった今だからこそ、俺はとうとうそちらへ足を向ける。
「魔王……」
勝てるのかどうかわからない。女神リュシアの力はとんでもなく、俺はまだ疲労すらしていない。だが、この力が魔王に通用するのかは不透明だ。
俺は周囲を索敵しながら城へと近づいていく。やがて転移した神殿まで戻ってくると、俺はそこで一度休憩をした。
「……城内にいる魔族を倒し、再起するのに時間が掛かるようにすればいいか……」
俺はそう頭の中で作戦をまとめる。魔王との戦いを避けつつ、魔族だけを倒していく。それがおそらく理想型だが、果たしてそう上手くいくのかどうか。
城の内部構造まではわからない以上、俺はどうするべきか……そんな風に考え事をしていると、神殿の入口から気配がした。即座に俺は剣を抜き戦闘態勢に入ると、
「戦うつもりはない」
コツコツ、と長身の男性が俺へと視線を重ね、口を開いた。
その魔族は……貴族服に身を包んだ礼儀正しい紳士のような印象を受ける存在。とはいえ腰には剣を差しており、俺を射抜く視線は相当警戒している。
「お前は誰だ?」
問い掛けながら、なぜ神殿の入口から……と、内心疑問を抱いたがこれについては何のことはない。神殿内に設置された転移魔法陣のどれかに乗ってここを訪れただけだ。
あちらが質問に答えるより先に剣で斬ることもできるが……俺はここで、踏み込まなかった。今までであれば問答無用に斬撃を叩き込んでいたはずだが、相手はまったく隙がない。物腰は柔らかそうなのに、発せられる気配は足を前に出すことを躊躇う。
「……お前は」
再度こちらは問い掛けようとした。だがそれに対し相手は、俺のことを手で制した。
「自己紹介くらいはさせてくれ」
態度を変えないまま、彼は俺へと告げる――そして、
「私は……魔王だ」
俺にとって思いもよらぬ言葉が、相手の口からもたらされた。




