鍛冶の能力者
その後、結局フィーナと顔を合わせることができないまま、俺はゲイルと共に町の外へと出た。もし魔王軍から攻撃が入った場合は、即座に連絡がとれるような手はずを整えているし、何があっても大丈夫なようにした上での旅だ。
そして旅そのものは順調に進む……町から魔族が襲撃してきたなんて報告もなく、俺はとある町へ辿り着いた。
「ここにいるのか?」
「ああ。話は通してあるし、俺は顔見知りだからすぐに作業は始められるはずだ」
ゲイルは迷うことなく町中を進み、とある店へと入った。鉄を打つ音が耳に聞こえ、扉の音に反応したか相手がこちらを見る。
「おや、あんたかい」
老齢の男性がそこにはいた。足が悪いのかぎこちなく立ち上がると、俺達へ近づいてくる。
「とうとう出番が来たってことか?」
「そうだ。武器ではなく防具を作成して欲しい」
「ほうほう……それは構わんが――」
男性は俺を一瞥する。
「ふむ、ずいぶんと特殊な魔力を抱えている……まあ俺と同じなのは当然だが、それでも奇妙だな」
「わかるんですか?」
こちらの問い掛けに男性はニヤリと笑った。
「そんな大した話じゃない。こいつにはこういう剣が似合うだろうな、というのがなんとなくわかるようなものさ」
……経験と勘によってわかるってことか。
「この人は別に明確な数値とかを参照にして仕事をしているわけじゃないからな」
と、ゲイルから解説が入る。
「そもそも俺達の力は解析途中で、データを基にしてとかで作業はできない」
「それじゃあこの人は……」
「所持している魔力と技術で、どういう武具が良いのかを判断し作成する……理屈じゃないやり方だから、戸惑うかもしれないけどこれが存外良いとエイラ王女も言っていた」
「ま、そういうわけだから任せてくれ」
自信を覗かせ、男性は俺へと告げた。
男性の名はキーリ=ビントといい、生まれも育ちもこの町で……鍛冶屋としてこの場所に居続けた。冒険者として根無し草の旅をしていた俺とは対極の存在……まあ、フィーナと離ればなれにならなければ、今も俺は故郷にいて鍬を振っていただろうから、こういう人生もあり得たのかもしれない。
一通り俺のことを見た後、彼は「なんとなくわかった」と言って作業を始めた。それでゲイルは「食事でも行こう」と提案し、俺達は近くの店に入った。
「あれで大丈夫なのか?」
疑問を告げるとゲイルは肩をすくめる。
「わからん」
「おいおい……」
「エイラ王女も一定の信頼を置いているし、それだけの実績もある……この町でずっと暮らし、骨を埋めるつもりの人だけど、王室もその仕事ぶりは高く評価しているからな」
「……王族と関係があるのか?」
「元々、強力な武具を作成し騎士や勇者に提供していたんだ。その中で彼が作り出す武具が特殊な力を帯びていることがわかった。その検証については四苦八苦していたみたいだが、やがて女神リュシアの力について調べ始めたエイラ王女が力の源泉に気付き、今に至るというわけさ」
「長年解明できなかったものが、女神リュシア由来の力だと判明したのか」
「そういうこと。そしてキーリさんは力の正体を知って、さらに強力な武具が作れるようになった。その結果、騎士団もレベルアップしている」
「で、その能力で俺達の防具を、ということか……」
「そういうことだ……さて、キーリさんの事例からわかることを、一つ解説しておくか」
と、ゲイルは語り始める。
「ここで疑問なのは、いつ女神リュシアの力を得たのか。生まれつき? いや、それだったら聖女様のように儀式の段階で判明していただろう」
「ああ確かに……ということは、先天的なものではない。ジェノのように、後天的に得た力ってことか」
「それで間違いない。問題はいつ何時、力を得たのか……色々調査したところ、所持していた道具に力が宿っていた」
「道具に?」
「ああ。ただ道具自体は何の変哲もない……特別な物でもない。そこでエイラ王女が推察したのは、女神リュシア由来の金属を仕事のどこかで触れて、その影響によって道具に魔力が浸透。キーリさんもまた……という推察をした」
「女神由来の金属って……」
「ジェノの事例を踏まえれば、女神の魔力が込められた物というのは案外手に入る物なのかもしれない」
……どういった経緯でキーリの近くにそうした物があったのかは不明だが……いや、彼の仕事ぶりから国中のあらゆる人がやってきた。その中に、女神由来の何かが含まれていたということなのか。
「結果として、あの人は不思議な力が宿り、それによって仕事ぶりもさらに良くなった……色々不明点はあるが、現状で推察できるのはこのくらいだ」
「で、それがわかったから今回の魔王討伐でも仕事を……」
「そういうわけだ」
うん、納得はしたけど……問題は、良い防具ができるかどうか。
「後は俺の技術と俺達の能力。その二つが合致することを祈るばかりだ」
「……あの人は鍛冶屋だけど、防具というのは何を作るんだ?」
「依頼したのは金属製の腕輪だ」
「腕輪?」
「女神リュシア由来の力を道具に付与するというのは、現時点でできていない……いや、キーリさんならできているけど、そのメカニズムは解明できていないため、彼以外にできない。しかし彼なら力を付与して道具を作れる……どういった性質にするのかも彼は指定できるから、俺達の力を高めて防御に転用できるようにする……という効果を持たせる感じだ」
「鎧を着るわけではないんだな」
「身につけたら逆に動きづらくなるだろ」
うん、そこは懸念していたので良かった。
「俺の方も身のこなしが軽くないと存分に戦えないからな……それに、鎧を一つ作りよりも遙かに効率が良い。俺達二人が上手くいけば、聖女様を含め他の仲間にも武装させることを考えると、腕輪くらいに手軽な方がすぐに作成できるし、使える」
「うん、確かにそうだ……今日中にできるのか?」
「細かい調整などを考慮すると一日くらいは必要だろうから、食事の後俺は確認のために店に戻って確認するさ。アレス君の方は、宿を頼む」
「わかった」
頷いて、食事を終え……俺達は行動を開始した。




