再会
魔人を倒した後、俺は後方で戦いを眺め続けていたフィーナ達――最後まで彼女を守っていた男性騎士に話し掛けられ、説明を要求された。
けれど、大したことは答えられない。なぜなら俺だって何が起こったのかよくわかっていないのだ。半ば混乱したまま花畑で女性と出会ったことを話し……正直、信用してもらえるとは思えなかったのだが、
「なるほど……そうか……」
「あの、信じてもらえるんですか?」
どこか納得した表情をする騎士に俺は逆に驚いた。自分でも頓狂な説明だと思うのだが。
「無茶苦茶な説明だと私も思うが、目前で起きた出来事を考えれば、そのくらい突拍子もない出来事があっておかしくない」
「あの……何が?」
「順を追って話そう。君が『炎の魔人』の前に立ち、交戦を開始し……君自身もわかっているとは思うが、食い止めることはできていなかった」
それはそうだろう。握っていた剣が溶けて消えるような攻撃だったのだ。無駄死にも同然である。
「私は君が死ぬ……それどころか体も消えてなくなるだろうと予想した。けれど次の瞬間、炎に包まれた君は、魔人の魔法によって生じた爆発と共に、吹き飛ばされた」
「俺は無事だった、と」
「そうだ。しかも明らかに様子が違っていた。その腰に差した剣だ」
俺は自分の腰にある剣を見下ろす。正体不明の女性からもらった剣……ただ、目を凝らしてもこの剣から魔人を倒した魔力を感じ取ることはできない。
「剣を見せてもらっても?」
騎士の問いに俺は頷き、剣を差し出す。それを手に取った相手は柄を握り、剣を抜き、刀身を見据える。
「……ふむ、何ら特別な力がこもっているようには見えないな」
「俺も同じです」
俺が言ったと同時、騎士は剣を抜き放つと近くの岩へ剣を振り下ろした。ガキン! と一つ音がして……剣は岩を傷つけただけで終わる。
「刃はあるため、なまくらというわけではないが……単なる普通の剣でしかない。魔力を込めてみたが、ほとんど刀身に宿らない……金属であればある程度は魔力を吸うはずで、それだけで極めて特殊な素材だとわかる。そして、私には扱えない」
騎士が俺へ剣を手渡す。そこで今度は俺が剣を握り、岩へ向かって振り下ろした。
魔力は込めたが特段力を入れたわけではない……が、岩を何の抵抗もなく両断した。
「これは……」
「理屈はわからないが、君だけにしか扱えない剣のようだ」
騎士の言葉に俺は困惑する……理由は不明。いや、夢のような世界で出会ったあの女性の仕業なのは間違いないと思うのだが……。
「どういう経緯であれ、君はあの『炎の魔人』を倒した……それは紛れもない事実。その力、今後エルーシア王国のために使ってくれることを期待しよう」
「それは……もちろん」
答えながら、俺は女性の姿を思い出す。女神とさえ思うほどの存在であり、最後……消えゆく寸前に俺へ何かを言った。声は聞き取れなかったが、口の動きで何を伝えたいかはわかった。あれは――
「……魔人の気配が消えたため、退いた騎士や兵士は戻ってくるだろう」
そう男性騎士は告げ、俺へ視線を向ける。
「戻り次第他に敵がいないか、周囲を調べることにしよう。少しの間、ここで待機していてくれ……ああ、そうだ。もしよければ、聖女フィーナと話をするかい?」
「あ……はい」
半ば呆然となりながら俺は頷く。待ち望んでいた状況。しかも騎士から提案されるという最高の形。ただ今の俺は何が何だかわからない状況であるため、混乱しきりだった。
男性騎士はフィーナの所へ案内する。彼女は洞窟を支える岩の柱に背を預けて座っていた。
見た目上、怪我などはなさそうで内心安堵する。そして俺のことをじっと見据え、こちらはその態度に緊張した。
どう話しかけるべきか……などと思っていた矢先、彼女が立ち上がる。
「あ……」
「……どうして」
次いで彼女が放った声は、悲しそうな響きを含んでいた。
「どうして、あんなことをしたの……?」
問い掛けに、俺は何も答えられなかった……いや、いくつも言葉は思い浮かんだ。けれど、フィーナの言葉を聞いて、俺は一つの可能性を感じ、口が止まってしまった。
もしかして、これは……。
「あの……その、もしかして、俺のこと――」
「わかるよ!! だって幼馴染みでしょう!?」
洞窟に響き渡る声と共に、俺は完全にフリーズした。
――色々と、想定はしていた。出会い方によってどう話をするかなど考え続け、もし短時間しか話せなくとも、どうするか……そういうのは考えていた。
けれど、こんなシチュエーションを想定したことは未だかつてなかった。その上で、俺のことをわかっていた……その事実により、何も言えなくなってしまった。
けれど、何か喋らないと……追い立てられるように、口を開く。
「その、ごめん……俺も、無事では済まないとわかっていたけど……何かやらないといけないって……」
フィーナを見た。今にも泣きそうな表情で俺のことを見ている。
「……知り合いだったのか」
近くにいた男性騎士が声を上げた。俺は頷く以外にできることはなく、何を話せばいいのか思考がまとまらない。
そうした中で、男性騎士は告げる。
「ならば、積もる話もあるだろう。できれば時間はとってあげたいが……残念ながら、あまり余裕はなさそうだ」
どこから人の足音が聞こえてくる。おそらく逃げていた騎士などが戻ってくる。
「とりあえずどうなったかの状況を説明して――」
「あの、一ついいですか?」
ここで男性騎士へ提案する。
「俺のことは……話すことなく、聖女フィーナが倒したということにしてもらえませんか?」
「なぜだい?」
「俺自身、この力がどういうものなのかわかっていないですし……なんというか、下手に目立つと何が起こるかわからないというか……」
無能、最弱……そんな風に言われ続けた俺が突然功績を上げたとなれば、冒険者界隈でも浮いた存在になる。それに『炎の魔人』を一撃で倒した力……そんなものがこの世に突然出てくればどんなことになるのか……下手すれば危険視される可能性もあるのではという判断だった。
男性騎士は数秒黙考する。そして、
「……確かに、正体不明で説明できないものだ。君が懸念するのもわかる。ただ、この場の秘密というわけにはいかない。少なくとも事の顛末は国の上層部へ報告はする……君は聖女フィーナの知り合いなのだろう? であれば、少なくとも敵対することはない。その事実があれば、身の危険などは回避できるだろう」
「ありがとうございます」
「礼を言うのはこちらの方だ。本当にありがとう……彼女を救ってくれて」
俺はフィーナを見た。なおも相変わらず泣きそうな顔をする彼女に対し、俺はやっぱり何も言えなかった。
そしてこの場の戦いを黙っておくなら、俺が彼女に近くにいることもまずい。よってフィーナから視線を外し、男性騎士へ目配せする。後は頼みます……そんな眼差しを彼はすぐに理解したか深々と頷いた。
フィーナ達から離れて、俺は小さく息をつく。足音はもうすぐそこまで来ている。後はいつもと同じように勇者達と接するだけで――
「一つだけ、いいか?」
男性騎士が、最後に俺へ質問した。
「今後もこのように戦うだろう……また、手を貸してもらえるか? 都合の良い頼みだとは思うが――」
「もちろんです」
快諾に、男性騎士は一度礼をして……ようやく兵士や騎士、勇者が戻ってくる。
途端、ダンジョンの最深部が喧噪に包まれた。