襲撃
俺は鐘の音を耳にして、はっとなった。町で鐘の音が鳴るのは、太陽が頂点に差し掛かったのを教えるなどあるが、今回は回数が多いし時間も違う……魔物が襲来したという警報だった。
即座に身支度を済ませ部屋を飛び出す。城に常駐する騎士達が慌ただしく動いており、俺はどうすべきか近くにいた人に尋ねようとしたのだが――
「アレス!」
フィーナが近寄ってきた。俺はそちらへ駆け寄って。状況を確認する。
「魔物、だよな?」
「うん。山側から悪魔と飛竜の混成部隊が来ているって」
「規模は?」
「それが――」
数を聞いて俺は顔を険しくした。ゼルシアの防衛力ならなんとかなるとは思うけど、下手な町ならあっという間に火の海になる。
「対空系の魔法を城壁に仕込んでいるから、空から強襲されても問題はない……はずだけど」
「魔人のように強化されている可能性は否定できない。迎撃に出るべきだな」
フィーナは頷いた……が、ここで俺は問題に気付く。
「でも、俺はどうすればいい? 俺の剣はあくまで刃に当てないと効果を発揮しない。魔法とかでは普通の魔物でも通用しないから……」
「敵は北側から攻めているから、城壁に待機して欲しい。結界で町へ侵入させないようにするから、城壁に接近してきた魔物を迎撃して」
その言葉で俺は踏ん切りがつき、頷くと急いで城壁の上へと向かう。
鐘は鳴り続けており、町からは喧噪が聞こえてくる。騎士がどうにか対応しているだろう……とはいえ、人を城外へ出すのも難しそうだ。
「あれか……」
黒い体躯を持つ悪魔に加え、翼を広げ空を飛ぶ飛竜……空を埋め尽くすレベルではないにしろ、その数は防備などない町など消し飛ぶだけの軍勢だった。
「真正面から相対していたら、とんでもないことになるな……」
俺はそう呟きつつ、どう立ち回るのかを考える。その直後、城壁に沿うように魔力が生まれ……結界が構築された。
大地に存在する魔力を用いて、大規模結界が発動した……魔王の領域に一番近い町ということで、こうした防備がゼルシアにはたくさんある。その中でも人々を守る盾……それが今、発動された。
それは城壁の内側全てを覆うものであり……逆に言うと、城壁の上にいる俺達は入っていない。強固な結界は外と内を特定の連絡通路以外封鎖するため、城壁の外側まで覆うと攻撃ができない。そのため、あえて内側だけを守る形にしている、と城の人から聞いた。
そして結界の外側にいる俺達へ、悪魔や飛竜が狙いを定めた――刹那、城壁の上、その足下からいくつもの魔法陣が浮かび上がる。
「――攻撃開始!」
騎士の一人が号令を発した。すると魔法陣から魔力が溢れ、それが練り込まれ大きな矢となった。子供の身長くらいある長さを持ったそれは金色の輝きを放っており……それが向かってくる悪魔や飛竜へ向け、一斉に射出された。
太陽の光によってキラキラと輝くそれらは、悪魔の体へ着弾すると爆ぜた。結果、その体を抉り、悪魔は飛ぶ力をなくして墜落を始める。その途中で、魔力が尽きたか塵となり消え失せた。
「使用する魔力は気にするな! とにかく、撃ち続けろ!」
騎士がさらに指示を出す。絶え間なく光の矢が放たれ、それらによって悪魔が射抜かれていく。ただ、飛竜は一撃とはいかない。一度着弾しても体が削れることはない。どうやら相当強固な皮膚を持っているらしい。
ただ、二撃、三撃とヒットしたら話は別だった。翼を穿ち、首元を射抜かれた飛竜は動きを止め声を上げた。その間にも矢が幾度となく突き刺さり――やがて、爆ぜた。そうして飛竜もまた墜落していく。
ただ、矢の発射数には限界があるため、悪魔や飛竜はそれを回避しながら確実に近づいてくる……そして悪魔の一体が城壁に降り立った瞬間、俺の出番が来たと悟り、そちらへ走った。
「はっ!」
駆けつけた瞬間に、悪魔が動き出す前に剣を一閃する。相手は回避できずそのまま俺の刃によって両断……光の矢を受けて墜落することを踏まえると、どうやら魔人のように強化は受けていないらしい。
「そこは良かったけど、数が多い……気を緩めることはできないな」
続けざまに城壁に降り立った悪魔を瞬殺しながら、俺は呟く。飛竜はまだ城壁に近づいていないが、この調子だと時間の問題だ。
あれだけの巨体を一刀両断するのは難しいため、頭部や心臓を狙って一撃で仕留めないとまずい。下手に傷を負わせて暴れられたらそれだけで相当な被害が出てしまう。
やがて魔法の矢以外にも、騎士達が弓を構え始めた。ただつがえる矢は魔法であり、放たれるとそれは真っ直ぐ、本物の矢とは比較にならないほどの距離を飛んだ。
そしてそれが、飛竜へ当たる――と、突如その体が爆発した。魔法による仕込みをしているらしく、飛竜はそれによって動きを止める。
さらに魔術師が魔法を行使して、雷撃を生み出した。光の矢を避けた悪魔にそれが直撃し、こちらも動きが大きく鈍る。どちらも一撃とはいかないが、動きを鈍らせたことで二の矢、三の矢が当たりやすくなり、実際攻撃を受けた飛竜と悪魔は追撃により墜落していった。
ひとまず、城壁に到達した個体は少ないが……と、俺は一つ気付いた。魔王の居城がある山脈方向。そこから、かなり小さいが翼を持つ何かが近づいてくる。
「援軍だ!」
騎士の誰かが叫んだ。第二陣……さすがに一度では終わりじゃないか。
「補給部隊は魔法陣へ魔力の装填を急げ!」
指揮官が声を上げると、伝令の兵士がすぐさま城壁を離れる。その間にも光の矢は放たれ続け、魔法陣に秘められた魔力がどんどん少なくなっていく。
けれど――魔力が突如、膨らみ始めた。おそらく城壁の下側で何かしらの方法で魔力を補給している。これが先の騎士が言っていた装填……その時、とうとう飛竜が一体、城壁を砕きながら着地した。
「くっ!」
俺はすぐさま走り始め、飛竜へ向け城壁の上を駆け抜ける。敵が近くにいる騎士へ攻撃を仕掛けようとした、その寸前――間一髪間に合った俺は、飛竜の頭部を全力で切り飛ばした。




