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純白の剣

 花々が咲き誇る丘の頂点にいる人……近づくにつれ容姿もわかってくる。ほのかに微笑を浮かべるその姿は周囲の異様な光景も相まって、まるでこの世のものとは思えない雰囲気を発している。

 やがて丘の頂点に到達すると、さらに異様なものがあると気付いた。花畑の一角に、白いテーブルと椅子が二脚、対面するような形で置かれている。さらにテーブルの上には、ティーポット一つとティーカップが二組。どういうことなのかと俺が立ち止まった瞬間、相手の女性は手招きをした。


 ……少し躊躇した後、俺は女性の近くまでやってくる。相手は柔和な笑みを向けた後、手で椅子に座るよう促した。


「……あなたは……」


 神々しい雰囲気にもしや女神なのでは――などと考え問いかけたのだが、女性は笑みを浮かべたまま声を発することなく着席し、ティーポットへお茶を注ぐ。

 俺が椅子に座った瞬間、彼女は無言でお茶を差し出した。女性は何も言わず、ただ俺へお茶を飲むよう促す。ここまで来てお疲れ様、とでも言いたいのだろうか。あるいは、何か他に目的があるのか。


 内心で首を傾げながらも女性に従ってお茶を一口飲んだ。紅茶らしく、暖かい液体が喉を通り、体の芯へと向かっていく。普段からあまり飲まないので美味しいのかよくわからない。ただ、味が少し気になって、勢いのまま飲み干してしまった。

 そしてカップを置いた直後、体に異変が生じた。ドクン、と一つ大きな鼓動を感じた矢先、体全体が熱を帯びたようになった。


 けれどそれは、例えば風邪を引いた時とは違う。まるで血液が沸騰し始め、活性化されていくような感覚。それと同時に、自分の力が……魔力が、高まっていくように感じた。

 俺は女性を見る。相変わらず笑みを浮かべる女性の手に、いつの間にか一本の剣が握られていた。白い鞘のそれを、彼女はテーブル越しに俺へと差し出す。こちらは体の異変が治まらない中で、それを躊躇いつつも受け取った。


 その瞬間、先ほどお茶を飲んだ瞬間と同じように、体の芯が熱くなった。俺はただその状況を受け入れる他なく、黙ったまま女性を見返すことしかできない。

 微笑を浮かべる女性に対し、俺は口を開こうとするが……それもできず、差し出された剣を眺める。純白であること以外、特徴はない。装飾だってシンプルで、さらに言えば端から見て魔力が備わっているような雰囲気もない。


 俺はゴクリと一度つばを飲んでから、ゆっくりと剣の柄に手を掛け引き抜く。綺麗な白銀の刀身で、まるで吸い込まれそうなくらい透き通っていて、刃を見る自分と目が合った。

 そして俺は女性を見ると、変化があった。彼女の口がわずかに開き、何か言おうとしている。どんな声なのか……耳を澄ませ聞こうとした矢先、彼女の背後……花畑が、白い光に飲み込まれていくのに気づく。


 これは――動揺する中で、女性が何かを告げる。けれど声は聞き取れなかった。でも、口の動きで……何を言いたいのかはわかった。


「一体――」


 俺は問い掛けようとした。けれどその直後に女性もまた光に飲み込まれ――俺の意識も、途切れた。






「――大丈夫か!?」


 男性の声がした。はっと目を開けると、俺は洞窟の地面に倒れ込んでいた。

 慌てて自分の状況を確かめる。先ほどの魔人の攻撃……それで俺の体は消し飛ばされたはずだった。けれど、五体は無事。それどころか、先ほど以上に快活であるとさえ感じられた。


 次に真正面を見据え『炎の魔人』が超然としている姿を確認……どうやらその視線は俺に向けられている。なぜ死んでいない――そんな風に語っているような気がした。

 俺は……攻撃を受けて、間違いなく死んだはずだった。けれど、生きている?


 それと同時に、異変に気づいた。腰には剣が鞘に収められた状態で差している。だがその剣は……先ほどまでいた、あの花畑にいる女性からもらった純白の剣に変わっていた。


「何だ……これ……?」


 動揺する中、魔人の咆哮により、俺はすぐさま戦闘に意識をシフトさせる。とにかく考えるのは後だ。目先の脅威をどうにかしなければ……!


 反射的に剣を引き抜いた。この剣にどれだけの力が備わっているかわからないが……体の中には、先ほどの女性から受けた力の高揚感が存在している。無論、目の前の魔人が発する力と比べたら微々たるものだ。後方にいるフィーナ達がどうなっているのか確かめる暇もない。先ほど男性の声がしたけれど、それは間違いなく騎士のものだ。ということはまだ近くにいるはずだが……そちらを構うよりも先に、足を前に出す。


 魔人が吠え、腕をかざす。その手先に存在する爪で剣ごと引き裂こうという魂胆なのだと直感した。けれどこっちは止まらなかった。俺はすくい上げるような軌道を描き剣を放つ。勢いでどうにか魔人の攻撃を防ぐ。仮に防げなくても衝撃で少しくらい勢いを削ぐことができれば……! そんな目論見の一撃だった。

 身の内にある力を用いれば、少しは抵抗できるのでは――そんな予測と共に放った剣。けれど、それはあまりにも予想外の結果をもたらした。


 俺の剣と『炎の魔人』の腕が激突した。その瞬間、違和感があった……いや、その言い方は違う。より具体的に言うと、何一つ感触がなかった。

 何が……刹那、俺は見た。自分の剣が、易々と魔人の放った腕を両断する光景が。


 咆哮が響き渡った。それは紛れもなく『炎の魔人』が痛みを紛らわすためのもの。そこでここしかないと直感した俺は、前に出た。次の一太刀で魔人の体へ刃を入れる……!

 それを察した相手は、どうやら一度距離を置こうとした――騎士や勇者に圧倒していた魔人の、予想外の行動。相手にとっては屈辱的かもしれない動きに対し、俺は問答無用で追随する。


 以前の俺なら、相手が逃げれば追うことなどできなかった。魔人が動けば僅かな動作で剣の間合いから大きく脱したはずだ。けれど俺は足に力を入れ追うと、あっさりと懐に潜り込むことができた。

 だから俺は、さらに力を込めて目前にいる敵へ向かって剣を薙いだ。それに魔人は魔力を高め、残る左腕を盾にして防ごうとする。その魔力の高は先ほどとは比べものにならない。まさしく、全力の防御だった。


 俺はそれに構わず剣を振り下ろす。通用するかどうかもわからない。正直いけるという手応えもない。だが……渾身の一撃を放った。

 魔人の腕に刃が当たる。そして――先ほどと同様に一切抵抗はなかった。手の先から伝わってくる感触は、皆無。紙でも切るように……腕を両断する。


 全力の防御も、膨大な魔力も無意味だった。俺は勢いそのままに剣を振り抜き、魔人の体に斬撃を入れた。直後、再び敵の声。だがそれは甲高く……間違いなく、断末魔の悲鳴だった。

 魔人の体に、縦に一筋俺の刃が通り、動かなくなった。俺はさらに剣戟を加えようかと一歩足を出したが……攻撃は必要なかった。


 『炎の魔人』は力をなくし、倒れ伏す。そして塵へと変じていく……俺の、勝利だった。しかもそれは、あまりに圧倒的なものだ。

 何だ、これは……と、心の中で呟きながら俺は自分が握る剣を見た。間違いなく、夢の中で遭遇した女性からもらった剣。いや、あれは夢ではない……現実に起こったことだ。そうでなければ、剣があるはずもない。


 わけがわからない状態ではあったが……俺は、魔人を倒すことができた。あまりに唐突ではあるが……どうやら、勇者ですら逃げ出すほどの脅威を倒せるだけの力を、得てしまったようだった。


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