彼女を守る
「おそらく、あなたやフィーナがいることで、エルーシア王国は魔王を討つ絶好の機会を得ていると確信しています」
エイラ王女は俺達へなおも語る……ただ、彼女としても懸念はしているようで、
「しかし、魔王もまた動いている……私達が本格的に魔王討伐へ舵を切ったのは敵の動きを観測したから、という点もありますが、それ以上にフィーナという存在が魔王を討てるだけの力を持っていると考えたから……ただその推測は――」
王女はフィーナへ視線を向ける。
「……少なくとも本人は、外れていると考えているようですね」
「自信は、少しあったんだけどね」
苦笑するフィーナに対し、エイラ王女はどこか無念そうに一度目を伏せた。
「私達の見立てが甘かった……というより、魔王の策が想像以上の効果を発揮したということなのでしょう。現在、魔人と魔族に対し大幅な強化が施されている。検証は今も進めていますが、どうやら元々持っている力を増幅させるという効果のようです。これにより、高位魔族であればあるほど、力がより高まる性質を持つ」
「元々強い存在が、さらに強くなるってことか……」
俺が呟くとエイラ王女は深々と頷いた。
「はい、弱者を強くするのではなく、強者がさらに力を得る……そういう性質であるため、あれだけ強大な力を得たと考えることができます」
「それの対策については?」
こちらの疑問にエイラ王女は難しい顔をする。
「現段階ではようやくどういう強化を施したのか、ということが解明できただけですからね……なおかつ、これは例えば大気中の魔力をどうするかとか、あるいは他者から魔力を吸収して、とかそういう類いの技法ではありません。純粋に魔王の技術によって、魔族や魔人が強化されている。よって、対策といってもできることは――」
「別に難しくないと思うが」
と、ここで言ったのはゲイルだった。
「とんでもない能力増強であることは間違いないだろ? であれば、それに対するデメリットもあるはずだ」
「強化による弊害、ですか」
「そう。元々強大な魔力を抱える魔人や魔族でも、考えなしに技術を取り込めば確実に体に支障が出てくるだろう。間近で魔人の動きなどを見ている限り、何かしら制約みたいなものが存在している雰囲気だ。そこを突けば、対策になるかもしれん」
制約……俺はまったく気付かなかったけど……いやまあ、俺は自分のことに必死でそこまで頭が回らなかったか。
「対策、ですか。しかし、ゲイル。雰囲気では意味がありません。もっと言語化してもらわなければ」
「あー、そうだな……魔力は膨大だし、力も極限まで高まっていた……が、あれは無理矢理魔力を膨張、放出して力を高めているって感じだった」
「つまり、魔力消費量が多いと?」
「そうだ」
「ならば長期戦……と考えるところですが、根本的な力が強すぎる以上、どうしたって対抗するのは――」
「逆を言えば、長期戦に持ち込めれば勝てるかもしれないわけだ」
ゲイルの言葉にエイラ王女が黙する……とはいえ、戦力差を見れば無茶もいいところだ。
ただ、俺やフィーナの力に頼り切りというのがまずいのも確か。エルーシア王国が独自に対策を講じることができれば、状況は大きく変わるし、魔王討伐というものを現実にできるかもしれない。
「……やれやれ、無茶を言いますね。とはいえ、何かとっかかりがあれば敵に対抗することは夢物語ではないでしょう」
と、エイラ王女は踏ん切りがついた様子。
「女神リュシアの力を所持する人を探すのと同時に、相手の技術に関して精査しましょう。単純な力の増幅であるため、対抗魔法を生み出すのは難しいかもしれませんが……」
「できそうだけどね、エイラなら」
と、ぽつりとフィーナが言う。俺は王女が何をしているのかよくわかっていないけど……フィーナがそう言うだけの何かを、王女は持っているということなのだろう。
「……こちらは、全力で準備を進めます」
エイラ王女はなおも語り続ける。
「現状では、エルーシア王国が総力を挙げても魔王に勝てる道理はないでしょう。この場にいるフィーナとアレス様のお二人に頼るような戦いでは、国としてもまずい……だからこそ、魔王と戦えるだけの準備を進めていきます」
力強い口調で王女は明言する。
「ここからは私が陣頭に立って指揮をします。兄については退場してもらう形になるでしょうね。現在ルダー砦の制圧を進めているわけですが、それが終われば兄には一度王都に戻ってもらい、守護役をお願いすることになるかと」
……ずいぶんと辛辣なやり方だな。まあ妹が陣頭指揮を行うって形だと、さすがに兄であるスベン王子の立つ瀬がないし、そういう形になるのは当然なのか。
「アレス様、フィーナ。今後もその力を頼ることになりますが……なおかつ、二人の負担にならない形で戦いを進めていきます」
つまり、政争は絶対にやらないってことだろう。まあ魔王が技術によって魔族や魔人を強化しているような状況である。人間同士で争っている暇などないってわけだ。
「特にアレス様のお力は、今後の戦いでも重要な位置を占めることになるでしょう」
「……俺は、最後まで戦うつもりです」
その言葉でエイラ王女は笑った。それは……何も語っていないにしろ、俺の内心を――つまりフィーナを守るという意思を、しかと理解しているためか。
「ありがとうございます……決して一筋縄ではいかない戦い。しかし、必ず果たせると……そのように信じています。悲願を成し遂げるため、ご協力をお願いします」
非常に丁寧にエイラ王女は語る……これからの戦いについては、スベン王子のような邪魔する人間はいなくなるだろう。その代わり、戦いの先頭に立つのはフィーナであり、また俺だ。
ただそれは、今までと変わっていない……正直、女神リュシアがなぜ俺に力を与えたのかわからない。けれど、この力をどう使うかは決まっている。代償を受けながら……記憶を削りながら戦うフィーナを救う。ただそれだけだ。
何度目かわからない決意と共に、俺は両の拳に力を入れる。おそらく――ここから、本格的に魔王との戦いが始まろうとしていた。




