漆黒と剣
魔族クバスの視線は俺を射抜いていながら……その力についてどこまでも警戒している様子。対する俺は間合いを詰め、動きは止まらなくなった。この攻防で倒せなければ、俺は窮地に立たされるかもしれない。
だが、不思議と恐怖はなかった。いや、そればかりか確信があった。この戦いの結末がどのようなものか……それを予期しているからこそ、俺は攻撃を仕掛けたという判断をしたので間違いなかった。
そして――魔族クバスが持つ剣と俺の剣がぶつかった。同時、俺の手先に伝わる感触は……魔人を斬った時と同様、何もなかった。
魔族クバスの刃を、俺は易々と両断する……敵はそれを瞬時に悟った様子で、恐ろしい速度で届こうとしている俺の刃に対し、魔族の判断は早かった。
俺の剣がまさに首元へ到達しようとした寸前、魔族クバスは回避した……残像すら生まれるか、というほどの回避速度であり、魔王から得た力を存分に使っているのだとわかる。
だが、それを攻撃に使う暇を与えない……! 俺は追撃を仕掛ける。さらに踏み込んで逃れられないよう肉薄しようとする。
だがそこへ、横から魔物が襲来する。魔族クバスが俺を足止めするために差し向けたもの。だが俺はそれを魔族へ迫る中で剣を振った。足の速度がわずかに緩んだが、魔物達は一切合切が消えていく。
その時、魔族の表情に変化があった。怒りとも、あるいは恐怖ともつかない……いや、それらを混ぜ込んだ顔。なぜこれほどの力を――そして、この自分を圧倒しているという事実に、腸が煮えくり返る思いのようだった。
それに対し俺は、無言で間合いを詰めることで応じた。ただただ、自分の役目を全うしようという感情と共に、迫り来る魔物を倒し、目前にいる魔族を倒すべく、突き進む。
それに対し相手は――逃げながら、両手をかざした。剣では通用しない。ならば魔法を、という考えの様子。
それは間違いなく、魔族にとって渾身の魔法に違いなかった。収束したのは黒。月明かりが照らす現状でも明瞭にわかるほどの、漆黒。虚無と言うべきその魔法は、俺の眼前に出現し槍のような形状となる。
「これで、終わりだあ!」
それはもしかすると、自分を鼓舞するような意味合いがあったかもしれない。魔王からもらった力を再び集め、俺の力を凌駕するかもしれない――もし内心で恐怖していたのなら、一縷の望みを託したのか、あるいは力にすがり、それに溺れてしまったのか。
それに対する俺の行動は一つだった。これまでと同様、迫り来る存在を、剣で叩き切る。剣先に漆黒が触れた時、勝敗がどうなるのか瞬時に理解できた。
剣を振り抜く。漆黒はあっさりと消し飛び、魔力の余波……衝撃が残って俺へ襲い掛かろうとしていた魔物の動きを鈍らせる。
――俺を倒すための、最強の魔法だったはず。だがそれが通用しなかったことで、一転危機的状況となった。魔物の動きが遅くなり、俺と魔族クバスの間に阻むものが、完全になくなった。
間合いを詰める。今度こそ、という気持ちと共に俺は魔族を、
「ま、待て! 聖女の呪いは――」
聞く必要はないと確信し、俺は一変の容赦もなく魔族の体を、斬った。
「――アアアアアア!」
悲鳴のような声を発し、魔族はあっさりと倒れ……消滅した。これで一段落か……と思った矢先、周囲にいる魔物から殺気が噴き出した。
全ての個体が一斉に、俺へ視線を向ける。魔族クバスが最後に命令をしたのか、それとも魔力を抱える存在と認識し、倒すためか……理由はわからないが、周囲に散らばるのではなく、明確に俺を倒すために行動を始めた。
ならば――俺はこの場に留まり、魔物を倒すことを決意。回転斬りによって近寄ってきた個体を一斉に倒した後、とにかく俺と距離を詰めた魔物を片っ端から斬っていく。
剣を振る度に数は減っていくが、さすがに全てを倒すには時間が掛かる……魔法を使えれば話は別だが、今の俺にはどうしようもない。
その時、砦の中から魔物の声がした。ゲイル達が潜入しているはずだが、大丈夫なのか……と不安に思っていると、城門から魔物が抜け出てくる。魔族が消えたことにより、思うがまま活動し始めたということだろうか。
俺はそこで、剣に魔力を集めた。砦からの魔物が拡散すれば周辺にある村や町に影響が出る。だから俺を標的にしてもらうため……その目論見は成功し、魔物は俺へと体を向けた。
ただ、一斉に体を向けるその光景は異様とも感じられる。そこで、俺は一つ考えついた。
「魔物とかを引き寄せる魔力なのか……?」
俺が得た力がそういう性質を持っているのだとしたら……思考しながら魔物を倒し続ける。体力はまだまだある。というより、余裕さえ感じられる。魔族クバスと死闘を繰り広げたはずだが、俺はこのまま戦い続けることができる。
一体、女性からもらい受けたこの魔力は何なのか……疑問がさらに膨らむ中、魔物が接近し片っ端から倒していく。この調子だと、砦の中にいる魔物を全て誘い出せるかもしれない。
俺は剣に魔力を込め、さらに斬撃に乗せて拡散させる。一振りで魔物が消えると同時に、魔力の粒子とも言うべきものが周辺に漂う……それが功を奏したか、砦からさらに出てきた魔物は、俺のいる方角へ注意を向ける。
「これなら、潜入している二人は問題なさそうだな」
さらに魔物の数を減らしながら俺は一つ呟いた……体力が続けば、確実に砦の中にいる魔物を全て殲滅できそうだ。
ならば、それを果たそう……気合いを入れ直し、魔物を屠り続ける。それと共に、俺は戦いながら魔力の検証を行う。どうすればさらに強くなれるのか……魔族クバスはあっさりと倒してみせた。だが、これからの戦いで同じように続くとは限らない。
フィーナは呪いが解けたら、魔王との戦いを再開するだろう。ならば、魔王を倒すまで、一切の緩みはできない……ひたすら、強くなり続ける。
少しずつ数が減っていく魔物を見据えながら、俺は改めて決意する。そうして月明かりの下、俺は魔物と戦い続けた――




