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命を懸ける

圧倒的な気配――百戦錬磨の勇者や騎士でさえも『炎の魔人』を前にして、足を止める……けれどその中で唯一、フィーナだけは戦意を失わず前へ進み、騎士や勇者の先頭に立った。

 彼女の動きに呼応する人がいたら……しかし結局、誰も追随しなかった。騎士も勇者も先ほどまでの余裕は消え失せた。この場にいる者は克明に理解した。ダンジョンの主である魔人の――実力を。


「っ……ぜ、全員――」


 騎士が号令を掛ける。それは攻撃しろなのか、退却しろなのか……どちらかわかるより先に、魔人が右手を掲げた。

 直後、その周囲に光が生まれた。それが炎熱魔法だと誰もが認識した直後、騎士は何事か叫ぶ。俺には聞き取れなかったが、それをきっかけに騎士は後退を始めた。


 さらに勇者であるオルトとその仲間さえも退き、入口周辺にまで到達した瞬間……魔人が魔法を放った。目の前が白く染まる。その中で俺は何もできないまま、白い光が炸裂し……轟音と共に俺の体は吹き飛ばされた。






 ゴオオオオオ……と、熱を持った風が吹き抜ける音と共に、俺は目を開ける。最初に地面が見えた。倒れ込んでいるらしい。


「う……」


 なおかつ衝撃で地面に体を打ち付けたらしく、痛みが全身から湧き上がってくる。それでもどうにか立ち上がり、状況を確認する。

 魔法が着弾したことにより、景色が一変していた。俺を含め後方にいた人間は広間へ通じる扉はくぐらず、動向を窺っていたのだが……全員が吹き飛び、なおかつ扉がなくなっていた。炎による爆発が、扉を木っ端みじんにしていた。


 そればかりではなく魔法が着弾したためか、それとも余波なのか、ダンジョン内の地面があちこち抉れているのもわかった。爆風で粉塵が舞い、その奥で魔人はなおも超然としている。一方で前線にいた者達は――


「大丈夫、ですか……!?」


 その声は、フィーナの傍にいた女性騎士のものだった。見ればフィーナは片膝立ちとなり肩で息をしている状況。そして彼女の目の前には、薄緑色の魔力……結界が存在し、役目を終えたためかき消えた。

 魔人の魔法を、フィーナが真正面から受けた……それを防いでも余波により、扉が破壊され広間の入口に大穴ができた。これが『炎の魔人』の力……たった一度の攻撃をフィーナでさえ防ぐのがやっと……敵の恐ろしさは、明瞭だった。


 騎士や勇者達は、圧倒的な力を前にして挑もうという気配すらない。魔力による威圧と魔法一発。それだけで、戦局を決定的なものにしてしまった。


「ど、どうする……!?」


 オルトの近くにいた戦士が声を上げた。このまま戦っても……最悪の想像をしていることだろう。俺もまたこれはとてもじゃないが――そう心の内で呟いた時、魔人はさらに動いた。

 それは、ただ魔力を発するだけの威嚇行為……まず全身が鉛を乗せたかのように、重くなる。それと共に、首筋に刃を突きつけられるような感覚。


 騎士や、勇者、フィーナでさえも口が止まる……ここでとうとう、騎士の誰かが叫んだ。


「た、退却――!」


 その言葉が呼び水となり、戦士、勇者、騎士……ありとあらゆる人物が魔人に背を向け走り始めた。一秒でも早くこの場所から逃げるために……魔人が迫る恐怖に怯えながら、全力で、滝の汗を流しながら逃走する。


 その中で俺は……たったの一歩も動けなかった。ここに至り俺のことを心配するような人は誰もいない。もう記憶の片隅ですら思い出せなくなっていることだろう。

 無論俺も逃げるしかない。無能、最弱と呼ばれ続けた俺にできることはない。冒険者の中には残る人間もいたし、騎士の中にもフィーナを守ろうとする人物がいたけど、俺には何も――


 同時に一つ察した。フィーナは……まだ戦意はある様子で、ゆっくりと立ち上がった。


「私が、時間を稼ぎます」


 そう彼女が明言するのを耳にした。退却する人達を守るために……だがこのまま戦えば、魔人が迫ればフィーナは――


 頭の中で瞬時に理解した直後、俺の足は自然と前に出た。もし……満足に魔物と戦うことすらできない俺が、戦いで役に立つとしたら……命を懸ける以外にない。

 魔人の攻撃を、身を盾にして一度防ぐ……俺なんて消し飛ばされて終わりだ。だけど、それが彼女を守ることに繋がるなら……腰にあるポーチからいくつもの道具を取り出す。それは魔法攻撃などを防ぐための魔石や闇の力をはね除ける聖水だ。


 魔石は魔力を少し込めれば砕け、使用者に一時だけ力を与える。聖水は、魔法を防ぐ効果がある……俺にとっては敵の攻撃を防ぐ数少ない手段。それを惜しみなく使用し、少しでも魔人の攻撃に耐えられるように準備をする。

 フィーナが剣を構え直し、魔人と対峙する。その周囲に二人の騎士と、駆けつける一人の冒険者。一方の魔人は背にある翼を広げ、いよいよ終わらせるべく魔力を高めた。


 正直、背筋が凍るほどの恐怖があった。あそこへ飛び込んで何になるのか……けれど、それでも足は動いた。剣を強く握りしめ、俺は駆け出す。

 そして――魔人がフィーナ達へ突撃し、両腕が光り輝いた瞬間、俺はフィーナ達の横を通り過ぎた。彼女達は後方からの足音に気づいていたとは思う。けれどまさか――前に出て盾になるなんて予想はしていなかっただろう。誰も、俺のことを阻む人はいなかった。


「今のうちに――」


 声が届いたのかはわからない。真意が伝わったかも不明だった。けれどもう魔人が迫ろうとしている。俺にできることは、少しでも時間を稼ぐことだけ。

 だから俺は、今まで感じたことのない絶望的な魔力を一身に受けながら、剣を魔人へかざした。引き裂かれバラバラになるか、それとも光に飲み込まれて消え果てるか。どちらにせよ俺は死ぬ。


 けれどもう、恐怖はなかった。むしろ無能だと、最弱だと言われようが冒険の果てがこれなら……少しは、世界のために役に立ったのか、などと思った。

 それは勝手な自己満足に違いないが――思考が中断する。魔人の両腕に宿る魔力が炎を発し剣に触れる。しかし、抵抗はほとんどなかった。なぜなら剣が炎に触れた瞬間、溶けるように消えていったからだ。


 でもせめて、俺の体でほんの少しでも時間を稼ぐことができれば……足を前に出す。無謀という領域は既に越えていた。それはもはや、狂気に近い行動。

 だが、俺はなおも足を……刹那、俺の視界は魔人の炎によって完全に塞がれた――






 ――そして、目が覚める。えっ、と思いながら俺は……自分が倒れ込んでいるのだと自覚した。視界に映るのは一面の青……これは、青空か?

 なおかつ柔らかいものに背を預け倒れていることに気づく。ゆっくりと上体を起こし確認すると、花や草の上に寝転がっていた。


「え……?」


 何が起こったのか理解できず、しばし呆然となる。視線を移すと、俺の腰くらいの長さを持つ花々が咲き誇っていた。

 自分の体を確認。体は無事……装備は剣と腰にある鞘がなくなっているけど、他はそのままだ。


「これは……一体……」


 戸惑いながらも俺は立ち上がった。その瞬間サアアア、と風が流れ花々が揺れる光景を目にする。

 立っている場所は一面の花畑だった。綺麗な青空に色とりどりの花々。故郷でも見受けられないほど鮮やかな世界であり、ここに来て俺は自分がどういう状況なのか、理解し始めた。


「天国……とか、そういう場所か?」


 呟きながら先ほど繰り広げた『炎の魔人』との戦いを思い出す。いや、それは戦いと呼べるものではない。俺が一方的に迫り、盾となった。フィーナは無事なのか……確かめる術はないけれど、逃げられていると良いなと思った。


 俺はひとまず周囲を見回して……おかしなものを見つけた。真正面は丘のようになっており、なだらかな上り坂となっている。そして丘の頂点に、人が立っていた。

 白いローブを着た金髪の女性だろうか。太陽光に照らされ、俺へと体を向けている。まるで俺のことを待っていたかのように。


 そして目が合った――いや、距離があるからわからなかったが、相手がこちらに気づいたのは間違いない。次の瞬間、相手は俺へ向かってまず手を挙げた。こちらに来いと、誘っているらしい。


「あれは……」


 どうすると考えたけれど、どちらにせよ死んでいるんだ。他にやることもないし……などと結論づけて、歩き出す。花々をかき分けるようにして突き進み、坂を上っていくことにした。


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