たった一人の戦争
三人だけの行軍は恐ろしい速度で突き進み、駐屯地の砦から出発してあっという間にルダー砦近くまで到達した。朝に戦場で会った場所は静まりかえっており、戦場であった形跡など存在していない。
「ここまでだな」
ふいにゲイルは発言すると立ち止まった。合わせて俺やパトリが停止すると、
「これ以上進めば敵に察知される」
「わかるのか?」
「朝の戦いで周囲の魔力を探っておいたんだよ。ルダー砦から直線的に警戒網が張られている。しかし、迂回すれば気付かれずに侵入できるはず」
「すごいな……」
「冒険者として生き残るための処世術みたいなものさ。さて、ここから作戦開始だな……アレス君、覚悟はいいか?」
「ああ、もちろん」
力強い返事にゲイルは笑みを浮かべ、
「よし、頼む……魔族クバスまで出てきたら策としては成功だが、無理はするなよ」
「それは自分が一番わかっているよ」
「ま、君にこんな話をする必要もないか……騎士パトリ、行こう」
「はい。アレス様、ご武運を」
こちらが頷き返すと、二人は横手に存在する森へ入った。そして俺の方は、ゆっくりと砦へ体を向ける。
少し時間が経ってから、俺は歩き始めた。すると少しして、狼の遠吠えのようなものが砦から聞こえてきた。
「気付いたか」
相手はどうするつもりだろうか……もうこの時点で俺が一人であることは気付いたはずだ。しかも密かにではなく真正面から。さすがにこれでは俺を囮と考えているとしたら……いや、さすがに単身で乗り込んでくるのが囮とは思えないだろうか? この辺り、どう判断するのか。
そこで俺は砦へ向け走った。戦場であった大地を、無人の野をひた走る。魔力を高めたその速度は常人のそれを遙かに超えている。このまま勢いよく突っ走って、砦の近くまで到達できたら――
その時、砦の城門が開き奥から多数の魔物が出現した。朝攻撃を仕掛けたにも関わらず、その数は非常に多い。
即座に立ち止まって剣を抜き放つ。すると、城門から月明かりに照らされ魔族が出現した。
「確か、聖女フィーナの近くにいた剣士だね」
魔族クバス……内心で好都合だと思いつつもまだ距離があるため、攻撃はできない。
ここで襲い掛かってくるなら、反撃で手傷を負わせることができないだろうか……と考えていると、
「もしかして、ボクを倒せば呪いが解けると思っているのかい?」
俺は無言となりつつも、わざと身じろぎして暗に肯定の意を示す。正直上手い演技とは言いがたかったが……相手は引っかかってくれたようだ。
「思った以上に大胆なことをする……けどまあ、その実力を鑑みればこうやって仕掛けるのもおかしくはない、か」
魔族クバスの気配が、変わる。
「聖女フィーナの近くにいる人間だったから、疑問に思って少し調べてみたんだよ。こちらの認識不足……いや調査不足だったかな? まさか刃のそれを打倒した御仁だとは思わなかったよ」
なるほど、戦場での戦いぶりを見て調べたわけか……そしてこの事実によって、魔族は俺を倒すべき標的と定めた。
「理屈までは調べられなかったけれど、配下を一撃で倒すほどの力……それを用いて、今度はボクを倒す気でいると」
俺は無言に徹する。それに対し魔族クバスは、
「ふむ、そうだね……どうせなら楽しみたいな。ゆっくりとやろうじゃないか」
刹那、魔物が俺へ向け突撃を開始した。
「力に過信し、溺れた末路……それをしかと、教えてあげよう」
魔族の宣告と同時に俺は戦い始める……たった一人だけの、戦争が始まった。
とにかく、時間を稼ぐこと……ゲイル達に目を向けさせないために、戦い続けること。それが何より重要だが、消極的になってもいけない。別に目論見があるということを察知されてはいけないため、ある程度足を前に出さないといけない。
ただ、常識的に考えれば勝てるわけがない……いかに強かろうとも、魔物を一撃で倒せようとも体力的な限界があるはずだ。
どんな風に立ち回ればいいのかまだ迷いはあるけれど……とにかく今は、目先にいる魔物達を倒し続ける!
「はあっ!」
一閃と共に魔物が例外なく死滅していく。魔物は決して弱くない。しかしそれを、文字通り全て一撃で倒しクバスの下へ進もうとする。
一方の魔族は高みの見物とばかりに砦の城門から俺の戦いぶりを眺めている。砦から見て俺は下にいて、高台から見下ろしているような状況だが……視線と共に漂ってくる魔族の気配が、俺は認識できた。
問題は呪いの魔法。それだけは絶対に防がなければならないため、俺は剣を振りながらも防御に気を遣っている。その時、
「これは……」
ふいに強い魔力を感じ取った。真正面にいるトロール型の魔物。それに剣を叩き込もうとした時、多量の魔力を感じた。
多量、といっても戦場で剣を振る時に気づけるかどうかわからないレベル……魔物が襲い掛かり混沌とした状況で、察知するのは困難だろうか。
これこそまさしく、フィーナに付与した魔法と同種のものだ。俺は剣を振り魔物を撃破。刹那、両断された場所から魔力が噴出し、俺へ取り付こうとした。
けれど俺は体に存在する魔力を維持。すると魔力は俺の体を舐め回すように取り囲んだ後、自然と霧散した。防御を意識していれば、相手の呪いを食らうことはなさそうだ。
「聖女よりも面倒な……いや、対策しているというわけか」
魔族クバスは事態を察知し、俺へ告げる。
「単なる無謀な戦士というわけではない……か」
クバスの呟きを聞き取る間も、呪いの魔力は様々な魔物が持っていることに気付く。おそらくだが、こうした個体が朝の戦場に多くいたのだろう。一度の攻撃では通用せず、何体もの魔物を用いてフィーナに魔力を付与していった……騎士達を魔法で麻痺させたのも、意識をそちらへ向けるためだ。実際、後方を守るために俺もフィーナも全力で戦った。そちらに意識を向け、敵の魔力については一撃で倒せることからも警戒が薄かった。
改めて、魔族のやり方……その手法に悪辣さを感じながら、俺は剣を振る。注意を払っていればひとまず呪いは問題ない。ただ……魔物を倒す度に、俺は一つ感じ入ることがあった。




