戦争と政争
行軍については街道をゆっくりとした速度で進んでいく。その規模は『炎の魔人』を攻略した時とは比べものにならないほど多く、スベン王子が出陣していることを含め、エルーシア王国がどれほどこの戦いに賭けているのか如実に物語っている。
その中でフィーナについては、彼女の護衛騎士を含め理路整然としており、士気も高い。特に中核を成す面々は騎士エッドを始め、魔人と相対した経験のある者達。砦の攻略をする際、重要な役割を持つのは間違いないだろう。
その中で俺はどういう役回りを……と、色々思案する間に隊列に変化があった。部隊はスベン王子達が先頭なのだが、どうやら王子一行が先頭から移動した。その目的はおそらく、フィーナと話をするためだろう。
「さて、どう出るかな」
ゲイルが小さく呟くのを俺は聞き逃さなかった。場合によっては騒動になるのだろうか? と内心で懸念を抱く間に、スベン王子がフィーナへと話しかける。
会話内容は距離があるため聞き取れないのだが……横に騎士パトリがいることからも、フィーナ側は多少なりとも警戒しているのがわかる。そんな様子を見て俺は一つ疑問が生まれた。
「……何でああまで警戒するんだ?」
「指揮権を完全に奪われたくないんだろ」
と、ゲイルから解説が入った。
「今回の戦いはスベン王子の部隊が主導で動く。その中に聖女と彼女の部隊を組み込めば盤石になるが、騎士エッドを始めゼルシア所属の騎士達は、王子の指揮により聖女を危険にさらしたくはないって話だろ」
「危険に、か」
「騎士エッドからすれば、敵の強さは身にしみている……けれどスベン王子にはそれがわからない。アレス君の情報だって回っているはずだが、それでも今回の討伐軍の先頭を進んでいるということは、少なくともアレス君達より自分達は強いと自負しているわけだ」
ああ、なるほど……俺はなんとなく理解した。スベン王子にいくら魔人や魔族の強さを説いても無意味であり、それに巻き込まれてフィーナを危険にさらしたくない……という構図なのだ。
俺としてもそれには同意するが、もし指揮権が一つにまとまらなかったら、必然的にスベン王子達は独自に動くということになり、もしその力が敵に通用しなければ、多数の犠牲が生まれる可能性も――
「ま、好きにやらせればいいだろ」
しかしゲイルはどこか突き放した物言いをした。
「例えばの話、敵が想定以上に強くても、自分達の身は自分で守れるくらいの実力はあるはずだからな」
「……まあ、そうだな」
というか、それしかないわけだが……と、ここで俺達に近寄る騎士が。それはスベン王子の側近であるエザ=マディアだった。
「お前が『英雄』だな?」
……その体躯は、鎧の上からでもわかるくらいに見事。そして短く刈り上げられた黒髪と壮健な顔つきは、歴戦の勇者であったことを物語っている。加えて彼に帯同した複数の騎士。そちらもまた王子を守る精鋭なのか、相当な実力者であるのがわかる。
ただ、雰囲気としてはアジェンのように華やかさはない。数々の戦場をくぐり抜けてきた猛者……そんな感じだ。
「俺の名はエザ=マディアだ。聞いたことはあるだろ?」
知っていて当然だよな? という無言の圧がある。それにこちらは小さく頷く。それで相手は満足したか、
「そうだろうそうだろう。何だ、魔人を倒したことで増長でもしているのかと思ったが、なかなか殊勝じゃないか」
もし、気に入らない回答をしたら剣を向けてきそうな雰囲気である。俺としては何でそんなに喧嘩腰なのかと疑問に思うところだが……、
「今回、俺達が主導的な役割を果たす」
俺の内心をよそに、騎士エザはさらに続ける。
「お前は後陣にいて、俺達の戦いを眺めていろ、いいな?」
有無も言わせぬ口調だった。それ、国が指示したのかと思いつつも、ここは首を縦に振らないと穏便に済まされないと判断し、黙って頷く。
「よしよし、いいだろう……お前、どこの人間か知らないが、聖女に近づこうとすればどうなるかわかっているよな? 身の程をわきまえておけよ」
言い捨てて去って行く……フィーナのことは関係ないと思うんだけど。
「コントみたいだな」
ふいに、横にいたゲイルが俺に言及した。
「物語の中にいるよな、大言壮語を吐いた挙げ句に窮地に立たされて悲鳴を上げるようなヤツ」
「……あの人は実力もある。そうなるかどうかはわからないけど」
「本当にそう思っているか?」
俺は無言になった……魔人を二体倒し、俺は感じることがあった。
おそらく、砦にいる魔人や魔族も、同じような強さだろう。そうだと仮定した場合、スベン王子達が勝てる可能性がどれだけあるのか。
「……ま、色々と対策はするだろ」
そしてゲイルは俺へ告げる。
「いくらこっちの話を聞かないにしても、王子達を失うわけにはいかない。聖女様を始め、騎士パトリなんかも対策に乗り出すはずだ」
「それで、大丈夫なのか?」
「わからないが、そこは魔人二体の実力を把握した聖女様達を信じるしかないな」
不安ではあったけど……まさか、魔王との戦いにおいてこんな形で面倒ごとが起きるとは、予想できなかった。
「戦争なんて、そんなものさ」
と、さらにゲイルが続ける。
「魔王を討てば、それこそ次期国王になれる……かどうかはわからないにしても、王位を手に入れるレースには大きくリードできる。スベン王子としてはそういう狙いがあるのは間違いない」
「俺達からすれば良い迷惑だけどな……」
「仕方がないさ。政争というのはいつだって切り離せない。俺達にできることはそういうものがあるとわかっている前提で戦うことだけだ」
「……なんというか、詳しいな」
俺のコメントにゲイルは笑みを浮かべる。何かを悟っているような……いや、もしかすると関わったことがあるのかもしれない――
「俺のことに興味があるのか?」
ゲイルの方から水を向けてきた。気にならないと言えば嘘になるけど。
「いや、戦いとは関係のないことだから、遠慮しとく」
「そうかそうか。まあ、今後の戦い次第では、話すことになるかもしれないな」
「今後……?」
聞き返したが、ゲイルはそれ以上話す気はないのか小さく肩をすくめただけだった。なんだか消化不良感が残るけど、本人が言わないのであれば俺としても深くは追求しない。
そもそも俺は手を貸してもらった立場でもあるしな……ただ、幾分か思わせぶりな態度をとるのは、怪しい……とまではいかなくとも、疑問には残る。
態度からして俺やフィーナに敵意を向けてくる可能性は低そうだけど……色々な思惑がありながら、俺達は進んでいく。魔族との戦い。それについては間違いなく読めないし、厳しい戦いになるだろう、という予測はできた。
「敵は、俺のことを分析しているよな?」
その呟きに、ゲイルは「かもしれない」と応じつつ、
「だが、その分析をものともしない方法が一つある」
「それは?」
「アレス君が今以上に強くなることだ」
……それしか、ないか。
魔王との戦い、どれだけ鍛練を積んでも足らないだろう。俺の能力は強力だが、魔王に勝てるかどうかはわからない……ならば彼の言う通り、ひたすら強くなる。それに尽きると思いつつ、俺はひたすら進み続けたのだった。




