行軍開始
デートと称してフィーナと町を見て回った翌日から、俺は彼女やゲイル、さらに騎士パトリとエッドというメンバーで訓練を始めた。主な目的は能力の検証……なのだが、結果から言えばあまり成果は上げられなかった。
「結局、わからないことがわからないという結論にしかならないな」
そう騎士エッドは告げた……うん、色々やってみて俺も同意見だった。
二体の魔人と交戦した結果を踏まえ調べた結果、とにかく女性からもらった剣に魔力を込めれば無茶苦茶な切れ味となる。俺が込める魔力量によって多少切れ味は変えられるし、その加減についてはできるようになった……というか、体に叩き込んだというべきか。
これについてはちゃんとやっておかないと、訓練相手を剣で両断しかねないからだな……ちなみに加減をする訓練はゲイルに手伝ってもらった。俺自身相手を傷つける可能性があるため怖かったのだが彼は「大丈夫大丈夫」と言って進んでやってくれた。結果、俺は彼に怪我させることなく手加減を習得した。
得られた技法が手加減だけというのが微妙なところだけど……ちなみに魔法についても訓練はしたけど、やっぱり剣で斬るような威力は出せなかった。この辺りは今後の課題だとして――いよいよ、出陣の日がやってきた。
俺とゲイルは城を出て、さらに城門を抜けて町の外へ。そこには既に多数の騎士が騎乗し、今か今かと待っていた。
「アレス君、ゲイルさん」
ふいに名を呼ばれた。見れば騎士エッドが俺達へ近づいてきていた。
「体調の方はどうだ?」
「良いですよ」
俺が返答するとゲイルも小さく頷いた。
「二人とも問題なさそうだな……質問なんだが、二人は馬に乗れるのか?」
「俺は問題ない」
ゲイルが先んじて答える。そして俺は、
「俺も……どうにか操作はできます」
「もし危なそうだったら、俺が指導してやるよ」
「ありがとう、ゲイルさん」
礼を述べると彼は「いいって」と笑いながら応じた。
「それでは問題なさそうだな……直に演説が始まる。その後馬を渡そう」
エッドが立ち去る。演説、というのは今回の魔族クバス討伐に先立ち、聖女であるフィーナが騎士へ呼びかけるということになっていた。
これはどうやら急遽決まったらしく、名目上は戦意の高揚ということらしいのだが、
「騎士エッドとしては、演説をすることでフィーナの立場が一番ということを示したいのかもしれんな」
俺達は集合する騎士達から少し離れると、ゲイルが俺へ解説を始めた。
「今回、スベン王子が出陣するだろ? しかも配下には荒くれ者、と表現しても構わないような連中がいる。そういう人に戦いはあくまで聖女フィーナや、ゼルシアにいる騎士達が主導的な役割だ……と、言いたいわけだ」
「なるほど、な……」
と、会話の間に別の人影が城門から現れた。それは騎士アジェンと、さらに勇者オルトとその仲間だった。
「お、彼らも参加するのか」
俺達は城門から離れたため、両者がこちらへ気付くことはない……そういえば『刃の魔人』撃破後、二人とはまったく喋らなかった。俺が何をしたかは当然彼らも知っているはずで、どう思っているのか――
「ん、何か気になることがあるのか?」
俺の様子にゲイルが問い掛けてくる。そこで、
「……オルト達が俺のことをどう考えているのか、少し気になっただけだ」
「あー、そういうことか。まあ向こうは無視するんじゃないか? さすがに魔人相手に啖呵を切ってあっさり負けて、アレス君が倒してしまった。前みたいに上から目線でどうこう言うことはできないだろ」
「そう、だよな」
「アレス君は気にしているのか?」
「別にざまあみろ、なんて言うつもりはないよ。ただ、向こうの態度次第では厄介ごとになるかもしれない、と思っているだけだ」
さすがに干渉してくる可能性は低そうだけど……正直、俺がどうだと言われるのはいい。元々、最弱無能の冒険者として活動してきた。悪口陰口は気分は良くないけど、言われ慣れている。
突然強くなって、英雄なんて呼ばれるようになった俺に対し、思うところはあるだろうし……などと考えている間に、城門からフィーナが姿を現した。勇壮さと可憐さを併せ持った鎧姿。その雰囲気に初めて見た騎士からはどよめきが上がる。
『――ついに、この時がやってきました』
そしてフィーナの声……魔法を使っているようで、風に乗ってずいぶんと響いていた。
『長年、エルーシア王国が挑んできた魔人が潰え、ルダー砦へと足を向けます。幾度、この国は攻撃を仕掛けたでしょう。けれど、一度として砦へ足を踏み入れることはなかった。ですが、今……私達は得ようとしている。魔王討伐の足がかりと、今まで成しえなかった得がたき戦果を――』
「……この戦い、どう思う?」
俺はフィーナの口上を聞きながらゲイルへ尋ねると、
「君の力は、おそらく魔族にも通用する。そういう意味で、砦の戦いに勝利する可能性は十分ある……けど」
「けど?」
「相手もさすがにアレス君の情報は得ているだろうし……まあ、俺達が予想するような戦いになる可能性は低そうだな」
「つまり相手も何らかの策を……」
「魔族からすれば、人間相手に策なんて用いたら同胞に嘲笑される感じだが、今回は魔人を二体も討伐している。敵も相応に警戒はするはずだ」
「なおのこと、フィーナを守らないといけないな」
その時、鬨の声が響いた。スベン王子を中心とする騎士達だ。
「……正直、真正面から戦って勝つのは厳しいと思うんだけど」
「そこは俺も同意する。ま、危なくなったらさすがに退くだろ」
俺の呟きにゲイルはそう応じつつ、俺の肩に手を置いた。
「たぶん、犠牲者を減らすには君の活躍が必要だ」
「……可能な限り、頑張るさ」
そこでフィーナの演説が終わり、騎士や勇者が声を張り上げ沸騰した。士気は極限まで高まった。エルーシア王国側としてはやるだけのことはやっただろう。後はそれが実を結ぶかどうか。
「……なあ、ゲイルさん」
そこで俺は、作戦会議をした時の内容を思い出す。
「今回の作戦、スベン王子が出るってことはエルーシア王国は総力戦くらいの構えだと思うんだけど」
「ああ、そうだな」
「その、王子と対立していた人については……」
「詳細はわからないが、たぶん後方支援に徹しているんじゃないか? 最前線で戦う以外にも、やることは多いだろうし」
つまり、スベン王子と相対していた人物は、別な仕事をしていると。
「正直、今回はそれで良かったと思うぜ」
「……どうして?」
「エルーシア王国軍の力がどこまで通用するのか。そして敵の力量がどれほどのものか、それを推し量ることができる最後の機会だ。もし魔王城へ攻め込む際、スベン王子が真正面から攻めてどうにもならなかったら……本当に、どうしようもないからな」
確かにそうだな……やがて、軍勢が動き出す。俺達はどうするのかと疑問に思っていると、騎士エッドが馬二頭を引き連れて近寄ってきた。
「馬はこちらになる……そして二人は、私達と帯同して欲しい」
「いいんですか?」
てっきり後方からついていく形になるかと思っていたのだが。
「他ならぬ英雄と共に組むのは、当然の話だろう?」
騎士エッドは言う……ここについては騎士とフィーナの間で話し合って決めたはずだ。俺が拒否する理由もないし、
「わかりました。よろしくお願いします」
俺の返事にエッドは頷く。そして軍勢はスベン王子を先頭にする形で進軍を開始。その中で俺とゲイルは、フィーナと彼女を守る騎士団の近くで、馬を歩ませることになったのだった。




