最弱無能な冒険者
剣を学び、魔法を学ぶ間に俺は幾度となく言われ続けた……お前はどれだけやっても強くなれない。最弱から這い上がることはできない。それはひとえに俺を諦めさせるための言葉だった。しかし、それでも剣と魔法を学び続けた。
魔力をほとんど持たない人間でも、明かりを生み出すとか、小さな炎を生み出すくらいのことはできるし、俺も使える。だが雷撃を放ち、突風を発生させ、剣に魔力を込め魔物を両断する……そんな芸当はできないし、未来永劫不可能だ。
だから俺は、最弱の剣士などと呼ばれている……それでもこうしてダンジョンに踏み込んで勇者や騎士と共にいるのは、戦歴のおかげだった。
どんな危険な場所でも冒険者として踏み込んだ。魔物一匹倒すのさえ苦労する俺にとって全てが命がけだった。無能などと呼ばれるほど実力がない以上、無傷で済んだ仕事なんて数えるほどしかない。常に死と隣り合わせで戦い続けていた。
でもそれにより得た経験から、的確な援護ができるようになった。その支援能力を勇者に認められ、足手まといとわかっていても彼の戦いに帯同している。
俺は自分の装備を改めて確認する。革製の鎧と腰には鉄製の剣。体を耐刃製の衣服で首から上と手のひら以外を覆っている。これは可能な限り防具で肌を守りたいという目的からだ。町にある治療院で傷は跡すら残らず治せるが、金も掛かるし極力怪我はしたくない。何より可能な限り死のリスクを減らしたかった。
必死に、自分にできることを遂行し続けて……その努力が今、報われようとしていた……俺は視線を前へ移す。勇者と騎士が肩を並べ魔物と交戦していた。
「はあっ!」
勇者が先陣を切り、獅子のような体躯を持つ魔物を一撃で倒す。それに対し、騎士達はまるで競い合うように別の魔物を瞬殺する。
そうした騎士達の中で、とりわけ目を見張る女性がいた。周囲が白銀の鎧に身を包んでいるのに対し、彼女は薄い青色の鎧。肩を越える程度の茶髪を持ち、小柄ながらその剣閃は周囲を遙かに凌駕している――俺の目では追いきれない速度の斬撃で、瞬く間に二体の魔物を撃破した。
しかし、後続からさらなる複数の魔物が――刹那、彼女が握る剣が発光した。それと共に彼女の剣が薙ぎ払われ、魔物は等しく消え失せた。
おお……と、周囲の騎士や勇者の取り巻きからどよめきが上がる――俺は遠目ながらその姿を確認し、面影があると思った。
彼女こそ、聖女フィーナ――俺の幼馴染みであり、女神リュシアの再来と呼ばれ、今は剣を握り戦うエルーシア王国最強の戦士だ。
その容姿は、遠目からでもわかるくらい昔の面影を残していながら、周囲の人々の目を引きつけるほど、魅力的に映っている。肩に掛かるくらいの長さを持った栗色の髪をなびかせながら歩むその姿は、鎧姿でありながら可憐に思わせる。
立ち振る舞いも騎士として、また同時に高貴な人物として作法もしっかりしており、自然と周囲に人々が集う……そんな存在だった。
「さすがだな、聖女フィーナ」
勇者が魔物を倒し声を掛ける。周囲の騎士が他に敵がいないか警戒する最中、剣を鞘に収め彼女へ近づいた。
「この調子なら、お目当ての魔人も……倒せそうだな」
「そうかも、しれませんね」
戦闘直後だからかやや硬質で――それでいて心の内へ染み入るような、淀みのない綺麗な声が洞窟内に響いた。
「勇者オルト、そちらは大丈夫ですか?」
「ああ、問題ない。仲間についても……怪我はないな」
勇者――オルトが返答すると同時に、周囲にいた戦士や魔法使いは笑い始めた。まだまだ余裕だというアピールだ。
それを後方で俺は眺める……戦闘で役に立たない俺は、オルトから後方にいろと命じられ、自分にできることをこなしていた。ただ、もしかすると……戦闘で役に立たない俺をパーティーに入れていることを、隠したいなんて思惑があるかもしれない。
俺は改めてこの戦いについて振り返る。目的はこのダンジョン奥にいる魔王軍の幹部……通称『炎の魔人』と呼ばれる存在の討伐だ。フィーナはここまで、エルーシア王国に存在する魔物の巣などを破壊し、文字通り目を見張る活躍をした。その力を信じ、国は魔王討伐の作戦を立てた。
現在は魔王の居城へ向かうための準備段階。魔王軍の幹部がいる拠点を狙い、このダンジョンへと踏み込んだ……今、フィーナは人々の期待を一身に背負い、戦っている。それがどれほどの重圧なのか……俺には想像することすらできない。
そうした中で俺は、仲間や騎士のバックアップを行っているわけだが……俺は彼女を見据えた。騎士と共に歩む姿は、ダンジョンの中でも神々しいとさえ思えた。
さらに彼女の周囲にいる騎士達へ視線を送る。最初、俺は騎士になろうと考えた。けれど魔力をほぼ持たない俺は士官学校すら入学できず、冒険者として武器を手に取るしかなかった……分の悪い賭けだったし、いつ死んでもおかしくなかった。けれどそれが実を結ぼうとしている。勇者の支援役としてこの作戦に同行したことで、目標を達成する最大のチャンスが生まれた。
今回の討伐隊は全部で五十人ほどで、三十人が騎士団、残りは勇者オルトとその仲間や、彼が推薦した人員だ。ただ、俺のことをみて侮蔑的な視線を送ってくる冒険者もいる……何で無能な俺がここにいるのかと。けれど俺はそれらを無視し騎士達についていく。そもそも視線を気に掛ける余裕すらない、という表現が正しいだろうか。
前方では再び勇者達とフィーナ達が魔物と交戦を開始した。それと同時に脇道から新たな敵が出現し、こちらへ迫ってくる。それは赤い体躯を持ち、角の生えた悪魔……俺なんて拳一つで木っ端みじんになるほどの強敵だ。それに対し後方で待機していた騎士が激突し、まずは敵の動きを数人がかりで押し留めた。
けれど、それでは止まらず――騎士数人がまとめて弾かれ、悪魔の視線が俺へ向いた。来る、と直感したと同時、拳が放たれた。
「くっ……!」
よけるだけで精一杯だった。俺は必死に体を動かし悪魔と距離を置く――
「おらっ!」
それと共に、近くにいた冒険者の一人が悪魔の頭部へ向け蹴りを叩き込んだ。通用するのかと疑念を抱いたが……どうやらかなりのダメージになったらしく、悪魔は動きを止め――前衛から駆けつけた勇者の仲間である戦士の一撃で、悪魔は消滅。前方の戦闘も終了した。
「大丈夫そうだな」
戦士は周囲に怪我人がいないか見回し……俺を一瞥した後、興味なさそうに前の方へ戻っていく。俺は自分の状況を確認。怪我はとりあえずなしだ。
もっとも、ここに来るまでにいくらか負傷し、薬草などを使っているけど……手持ちも限りがある。できればこれがなくなるまでに……そう思うのと同時に、進み始めたフィーナの後ろ姿を見た。
――儀式の日、彼女は神官に連れられて帰ってこなかった。村に戻れば彼女の家族もいなくなっていて、儀式を境に村から消えてしまった。
それと共に、俺はずっと隣にいたフィーナという存在がどれほど大きかったのかを認識し、だからこそ……もう一度、ちゃんとした形で再会するという目的のために、剣を握る決意をした。
どれだけ無能だと言われようが、馬鹿にされようが構わない。もう一度、彼女と話をする……その一心だけで、ここまで来た。
今はまだ遠巻きに眺めているだけ。十年で俺の姿も変わってしまったから、俺だとわからないだろう。さすがに勇者の取り巻きの名前なんて全員憶えているはずもないし、彼女から近寄ってくる可能性はゼロ。でも、チャンスはある……それと同時に思う。おそらくこれが彼女と話ができる、唯一の機会だと。
どうやって、いつ話しかけるべきか……けれど普段は周囲の騎士が阻んでいる。女神の恩寵を持つ彼女に悪い人間が近寄ってこないよう、護衛がいる。だから今はまだ、何もできない。
よって俺は少しでも、騎士団から信頼を得ようと……ただその機会はもうほとんどなくなっている。いよいよ最深部に近い。この仕事も終わりにさしかかっている。
もちろん冒険者としての仕事はきちんとやる……だからこそ、フィーナに近づく余裕もなかった。焦燥感を募らせながら、ダンジョンの中を進み続ける……そして、
「到着だな」
勇者オルトが不敵に笑う。俺達の目前に、両開きの扉が現れた。
天然の洞窟を利用したダンジョンの中で、それだけ異様なまでの人工物だった。色は黒で、扉の奥……そこから放たれる醜悪な魔力は、俺達を明らかに威圧していた。
「全員、戦闘態勢に」
フィーナの近くにいた騎士が指示を出す。それと共にフィーナが一歩進み出て最前線に立った。加えて勇者であるオルトも足を出す。他にも腕に自信がある面々は前に出た。
決戦――多くの人間が緊張する中で、フィーナを始め先頭に立つ者達だけは、不敵な気配を漂わせていた。『炎の魔人』討伐は目標の過程に過ぎない……そう、ここからだ。
エルーシア王国は魔王に幾度も侵攻を受けてきた。けれど今回は違う。自分達が、魔王を滅ぼすための戦い……反撃の狼煙を上げるべく、こうして魔人を打倒しに来たのだ。
俺はゴクリとつばを飲み込みながら事の推移を見守り、フィーナ達が扉へ近づこうとした時……扉が、突如ゆっくりと開き始めた。
奥には、大部屋が一つ。外から部屋の全てを確認することはできないが、部屋の奥に装飾過剰な椅子……いや、玉座のようなものか? そういうものが存在し、魔人はそれに座っていた。
その見た目は、頭部から二本の角が生え全身は漆黒……鎧で身を固めているような姿であり、また頭部は深紅の瞳だけが存在し、目も鼻もない不気味なもの――魔人というのは悪魔がさらに力を手にし、魔王に認められた存在。凶悪な気配が、大広間を覆っている。
放たれる魔力は、まさしく強者の風格を備えている。もし俺が正面に立ったら気絶……いや、威圧感だけで殺されるのではという、圧倒的な力。
魔人が立ち上がる。俺達が既に戦闘態勢に入っている中で、ずいぶんと悠長……騎士はタイミングを見計らい突撃するだろう。俺はそれを後方で眺めしかやることはないのだが――
「……進め!」
次の瞬間、騎士が叫びフィーナやオルトが動き扉を抜けた。彼女達の力ならば……誰もが期待した時、それは起きた。
『――オオオオオオォォォォ!』
地の底から湧き上がる、雄叫びのようだった。魔人が発したので間違いなく……同時、これまでとは比べものにならないほどの強烈な魔力が、突風と共に俺達へと叩きつけられた。
それは……まるで全身に刃を突き立てられたような感覚。剣を握りしめる右手は突如震え始め、恐怖が津波のように押し寄せてくる。
そして……その恐ろしさを、騎士や勇者も体感する。一気に終わらせようとした彼らが、圧倒的な気配によりその足を……止めたのだった。